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鈍金色のリリーフエース〜常勝球団で酷使されていた俺は、弱小球団のホワイト環境で無双する〜  作者: 筆箱鉛筆


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29話 『扇の要』 Ⅲ



「……よし」


 杉宮は自然に呟いていた。

 藤堂は球界屈指のヒットメーカーであり、9分割したゾーンでも穴がほとんどない選手。

 いくら相性がいい国奏が投げているとはいえ、杉宮からすればリードが非常に難しい打者だった。

 それをなんとか打ち取る事ができ、安心する。

 

 流れは完全にオウルズ。この7回を完璧に抑えきれば、後はホーム球場とファンが後押ししてくれる。


 打席に入るのはラビッツ4番のドミソン。

 外国人選手はどんなボールだろうと押し込める力がある。

 より慎重にストライクゾーンを使っていかなければならない。


「(初球は低めのフォークで反応を見る。ストレート狙いなら国奏さんのキレなら振ってくるだろう。振らなければ弱点のインを変化球で攻めればいい。その場合内野陣を左側にシフトさせて――――)」


 打者の弱点、打球傾向、打球速度、アウトコースインコースの対応、フライボールとゴロボールの比、見逃し率、空振り率、コンタクト率――――その他諸々。


 一瞬で大量の情報が杉宮の脳内を駆け回り、組み立てていく。


 野球とは確率のスポーツであり、プレイの結果を全て分析すると、ある程度の予測が立つのは真実である。


 無論、数字が野球をするのではない。

 あくまで選手の行動の結果数字がついてくるのであり、実際にプレーしている選手が自身の数字を過度に気にするのは意味がない。

 あくまで外側の人間、首脳陣やフロント、ファンが勝手に数字を使うのが普通。


 しかし、杉宮はキャッチャーという特殊なポジションには両方の視点が必要だと考えていた。

 ゆえに学んだ。

 野球に関する論文、専門書。

 深いものになると英語の文書しかなかったが、自力で翻訳しながら読み込んだ。


 そういう努力の末、杉宮はレギュラーとして扇の要に座り続けている。

 そして今年。

 杉宮がこの位置に座ってから、チームの成績も上がり、優勝も見えている。

 

 結果とは努力の返答であり、行った行動はいつかの自分に返ってくる。

 ただ自己を高めるためだけに。それが結果的に勝利につながると杉宮は信じている。


 ドミソンは分かりやすいバッターではあるが、同時に恐ろしいバッターでもある。

 弱点は明確で、調子の良し悪しにより極端に集中力が変わる。

 悪い時は簡単に打ち取れるし、多少甘い球がいっても打ち損じてくれるが、良い時はどんなに完璧なコースに投げさせても打ってくる。


 ストライク、ファール、ボール、ボール、ボール。


 一球一球の反応を杉宮は見極める。

 今日のドミソンの成績は3打席1安打1四球。

 ボール球にもあまり手を出してこず、狙い球を待って我慢出来ている。

 間違いなく"当たる日"だろう。


「(ストレート、インコースに、高さだけは注意して)」


 サインを出す。

 同時に両手を下に向け、低めを強調する。

 高さを間違えると一発で持っていかれる雰囲気がドミソンにはあった。 


 国奏が投球フォームに入る。

 ゆらりと持ち上がった腕が、すとんと振り下ろされ、一拍の間。そして気付けばミットに届いている。それが国奏の投球だった。

 

 杉宮から見て、国奏の投球の肝は"時間差"だ。

 普通の投手が投げるよりワンテンポ遅く球が放たれるように感じる。

 腕を振り下ろしきった後に球が出てくると表現するのが正しいのか。

 言ってしまえば、気持ちの悪い球。それが杉宮の感想だった。


 現代野球では、投手の投げるボールはアマチュアでも細かい数字を分析できる。

 国奏の投球のからくりもその数字からある程度予想がつくが、分かったからと言って簡単に打てるものではない。平均から逸脱しているとはそういう事だ。


 国奏の腕から、白球が射出される。

 横のコースは少しばかり甘めだったが、高さは完璧だった。

 彼の球威ならこれで抑えられるだろう。

 後はいつも通り捕球するだけ――――


 ガキャッ―――ガスッ―――


「――――?」


 おかしい。

 いつものパターンと違う。

 キャッチャーミットにボールが届く感触が来ない。

 

 バッターを見る。

 バットを振っていた。これは三振だ。なのに手に感触がなかったという事は自分が後逸したのか? 

 なら、まずい。今すぐにボールを見つけて、拾って投げないと。振り逃げが成立してしまう。


 ここまで考えたところで、杉宮は自分の異常に気がついた。

 やけに周りがスローに見える事に。


「――――がっ、ひゅ」


 プロテクターの上からとてつもない衝撃が胸に抜ける。

 ここにきて彼はようやく状況を理解した。

 後逸したのではない。バッターのファールチップが防具越しに自分の胸に当たったのだと。


 ――まずい。息ができない。


 マスクを外し、両手を地面につけて項垂れる。

 球場が騒然とするのを杉宮は感じた。

 審判がタイムを掛けた声がかろうじて聞こえたが、その他の音はまるで水の中にいるように濁って聞こえた。

 視界の端では、ベンチからトレーナーが出てくるのが見える。


 杉宮の周りに人が集まる。

 ダメだ。まだこの回は終わってない。

 まだ下がるわけにはいかない。

 そう目で彼は訴えた。

 

 しかし、声も出せぬ状況では杉宮の訴えは届かず、そもそも誰の目から見ても彼は尋常な状態ではない。


 意識はある。

 呼びかけにも反応がある事を確認したトレーナー達に支えられながら、杉宮はベンチに運ばれていった。










「――、おい! ――! 早く準備しろ!」


「おい! 大丈夫か!?」


 運ばれたベンチ裏では、慌ただしく人が動いているのが分かった。

 杉宮は端のマットの上に、ゆっくりと降ろされ、寝かされる。


「やっぱ当たって呼吸乱れてます」


「ゆっくり、ゆっくりゆっくり……そうそう」


 乱れた呼吸を整えるため、トレーナーの指示に従う。逸る肺を押さえつけるように、杉宮は息を吸った。

 脂汗が滲み出る。顔の上にタオルが掛けられた。


「大丈夫か?」


 監督の声だ。だが返事が出来ない。

 ちかりちかりと天井の蛍光灯が明滅する。

 自分の視界がおかしいのか、照明の調子が悪いのかは杉宮には判断できない。


「ベルト緩めるか? 大丈夫?」


 首を振る事しかできなかった。

 クソ。早くグラウンドに戻らないといけないのに。


「天井は? 真っ直ぐ見えるか? 嘔吐は? あるならすぐに吐いた方がいい」


「……大丈夫、です。いけます」


 体を起こし、立とうとした。

 その瞬間、意識が浮いた。

 

「おい馬鹿! まだ動くな!」


 気付けばまた両手をついていた。

 周りは何かを言っているが、フィルターを通したかのように上手く聞き取れない。

 

「気胸の可能性があります。替えましょう監督」


 チームドクターがそう言った。

 その言葉が、雑多めいた音を拾い続けていた杉宮の耳に、静かに届いた。


 それはダメだ。

 まだやる事がある。

 最後のアウトを、最後の一球を投げさせれていない。

 あのコースの球に反応したという事は、次はあそこに――――あの球種を投げさせないと。


「俺、なら……! 大丈夫です、いけます!」


 キャッチャーとして試合に出たからには、その責任を果たさなければならない。

 その試合で積み重ねてきたものを、まとめきる義務がある。

 

「アホかっ! そんな状態で試合出れるわけないやろ! ……おい、救急車呼ぶ準備しとけ。このまま回復しないならすぐに搬送できるようにな。三谷、お前出る準備していけ」


 監督の指示に従うように、視界の端で他の捕手が装備を準備するのが見えた。


「(クソッ、クソッ、クソッ!)」


 これからどうリードするかも全部組み立て終わっていた。

 後はその通りやれば、この試合には間違いなく勝てるはずなのに。

 こんなしょうもないアクシデントで本塁の守りを空ける事が、とても情けなかった。

 

 キャッチャーがこんな中途半端なところで交代となると、投手も野手も大きく動揺する。

 後を守る捕手自身も、いきなり試合にでて完璧な指示が出せる訳がない。投手とのコミュニケーションもどたばたとしたものになるだろう。


 リード、配球というのは、その一試合4打席を通して組み立てていくものだ。

 1打席目にうった布石が、後の場面で効いてくる。

 途中出場の捕手が前に守っていた捕手の意図を完全に読み、試合を引き継ぐというのは不可能に近い。

 だから、接戦での捕手の交代は悪手なのだ。


「…………」


 思いとは裏腹に、身体は悲鳴を上げている。

 もはや杉宮にできる事はほとんどなく。


「三谷さん、すんません……あと、頼みます」


 不甲斐ない自分の後を継いでくれる先輩に、謝罪する事しかできなかった。


 


 ◇




「三谷さん、すんません……あと、頼みます」


 杉宮灯矢の掠れるような声を聞き、三谷(みたに)善治(ぜんじ)は眉を顰めた。


 その物言いが三谷の中の杉宮の印象と一致しなかったからだ。


 三谷は今年31歳になるオウルズ所属の捕手である。

 数年前まで固定できていなかったオウルズ捕手陣ではあるが、その中でも正捕手候補として多く起用されていた選手だ。

 2年前の杉宮の台頭から、彼と正捕手争いを繰り広げ、そしてレギュラーの座を奪われた。

 現在は一軍控え捕手として、ベンチに座る日々を送っている。


 今の自分の立ち位置についての不満は、三谷にはなかった。

 これは純粋な競争の結果、三谷が杉宮に負けたというだけの事であるからだ。

 自身の実力不足を嘆く事はあれど、杉宮に対して何かを思うような事はない。 


 ただ、三谷は思う。 

 杉宮はこのような事を言う性格だっただろうか?

 そうではなかった。少なくとも、自分とレギュラーを争っていた時は、年上である自分にも鋭く噛み付いてくる刺々しさがあった。礼節を忘れているといった意味ではなく、自分が誰よりも上手くチームを勝たせられるという自負が溢れ出ていた。

 そして事実その能力を生かし、今年はずっと正捕手として活躍していた筈だ。


 その印象と比べると、この杉宮の言葉は随分と殊勝に聞こえる。


 途中で試合を降りる事を申し訳なく思っているのか。


 いや、まさか。

 杉宮はそんなタマではない。

 あるとすれば、今まで動かしてきた試合を締めに行くという段階で他人に渡す悔しさ、それに積み上げてきたトランプを他人に壊されるかもしれないという不安だろう。


 つまり、杉宮(ヤツ)はこう思っているのだ。


 "自分以外が本塁を守ると、試合をひっくり返されるかもしれない"と。


 成程、その気持ちは三谷にもよく分かる。

 キャッチャーなんてポジションをプロでやっていこうとする奴は、大なり小なり性格がひん曲がっているものだ。

 自分の思い通りに打者が無様に翻弄されるのを見て、愉悦を感じなければ捕手なんてやっていけない。

 正捕手として一年戦ってきたのなら、自分が最も扇の要(そこ)を上手く守れると思うのも当然だろう。


 ――――ただ、流石にそれは舐められ過ぎだ。

 

「おう、任しとけ」


 三谷は杉宮に笑って返した。

 少しばかり調子に乗って、何でもかんでも一人で背負おうとしてる後輩に、ここいらで教えてやらねばならない。


 杉宮、お前は確かに凄いよ。

 だけどな――――


 お前のフォローぐらいは、俺達にだってできるんだぞ、と。



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[良い点] ええやん 熱いやんけ
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