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鈍金色のリリーフエース〜常勝球団で酷使されていた俺は、弱小球団のホワイト環境で無双する〜  作者: 筆箱鉛筆


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28話 『扇の要』 Ⅱ



 マウンドに立つ男の球は相変わらず凄かった。

 国奏淳也。

 藤堂とはドラフトで同じ年にプロの世界に入り、それぞれ違うリーグで活躍したプレイヤーであり、過程とポジションは違えど一軍の場で戦い続けてきた相手だ。


 19歳の頃から一軍戦力として活躍していた藤堂と違い、国奏は20代半ばで台頭してきた選手である。

 故に初対決は3年前の日本シリーズが初めて。そしてその後はチームの巡り合わせの悪さから、交流戦でも対決する事はなかった。


 しかし、今年国奏はセリーグにやってきた。

 昨年の日本シリーズとは違う姿。より万全となった性能で。


 シーズン開幕戦。

 二人は対決し、そして藤堂の三振という形で一旦の勝負はついた。


 それはたった一試合の一打席だけの結果。

 

 しかし、その三振と共に、藤堂は必ず今年中に国奏を打ちのめすと決意したのだ。


「…………」


 打席に入る心に揺らぎはない。


 藤堂と国奏の対決は今シーズン既に13度あった。

 結果は12打数2安打1四球5三振。

 打率1割6分7厘、出塁率2割3分1厘。

 抑えられているといってもいい。事実これまでの対決で完璧に芯を食った打球を打てたことはなく、忸怩たる思いをしてきた。


 決して技術が足りていないとは思わない。

 ここまで磨き上げた自身の能力には自信を持っているし、国奏より上の球を投げるピッチャーから打った事もある。

 選手として、この表現に逃げるのは非常に腹立たしい事ではあるが……言ってしまえば、"相性が悪い"という事なのだろう。


 ゆらりとした力みのないフォームから、嘘のように鋭い直球が向かってくる。

 

 トップを作る。遊びを崩す。タイミングを足で合わせる。

 

 自身のイメージでは完璧だった。

 しかし、バットは空を切る。


 想像するイメージ。打者は何千回も投球を見てイメージを固める。

 直球の軌道。変化球の軌道。ストライクゾーン、ボールゾーン。

 

 リトル、シニア、高校、プロ。

 舞台が変わり、レベルが上がっても、やることは変わりない。


 すなわち、慣れだ。

 目が慣れれば、どんなに打てないと思った球も打つことが出来た。


 しかし、国奏の球はそうではない。

 何度見ても、平均からは逸脱している。

 科学的に分析した数字の話ではなく、致命的に目が合わない。


 インコースに入ってきた球を力感なく振り抜いた。

 乾いた打球音。

 打球は角度よく上がり、けれどもポール際で切れていく。


「ちっ……」


 これだ。

 感覚としては、今のは間違いなく叩き込めている球。

 それがズレる。

 ほんの数ミリ、脳が神経を通じて送る命令が手足に届く刹那(じかん)

 合わない。

 本当に、合わない。


 ここまでやりにくいと感じる投手は初めてだった。

 なんとなくだが、人間としても合わない気がする。


『ボール!』

 

 先ほどの大飛球を警戒したのか、攻めがボール中心となる。


「(どうくる? 四球覚悟でボールを続けるか。それとも……)」


 国奏が投じたボールは、外角低め。


 迷わず振る。今度こそタイミングは完璧に合っている。


「(いや……違う)」


 合っているのがおかしい。

 あれほど合わなかった投手の球に、いきなりドンピシャが来るわけがない。

 藤堂はストレートのつもりで振ったのだ。

 つまりはこの球は。


 バットの軌道を修正する。

 なるべく下に。体勢は前傾し、重心は下半身から霧散する。


 泳がされて打った変化の小さいカットボールは、ショートとセカンドの間、セカンドベースの若干左を浮遊する。


 無様なバッティングだ。藤堂の理想ではない。

 だが、


「(抜けろ、抜けろ、抜けろ――――!)」


 打球の行方を追いながら、願っていた。

 もはや自分の打席を自分のエゴのみに託せるほどの状況ではない。

 この戦いは、1位と2位の勝負なのだ。


 打たなければ負けてしまう。チームも自分も。


 打球が土に落ちる瞬間、横から切り込むようにグローブが入り込み、希望を奪っていく。

 試合後半のファインプレーというのは恐ろしいほど球場の雰囲気を決定づける力を持つ。


 今日イチの大歓声。

 それは藤堂の打球が捕球された事を意味していた。

 

 


 ◇




「……ふぅ。ナイスプレー!」


 藤堂が放った打球。

 微妙なところに飛んだが、野手のファインプレーに助けられた。

 

 国奏はスーパーキャッチしたショートを、グラブを叩いて称賛する。

 ああいう当たりがヒットになり、出塁されるのは投手からすると非常に気持ち悪い。

 どんなに調子が良くてもなぜか打たれる。そういう日は存在する。

 何時そうなるかは分からない。だが、得てしてそれは今のような打球から始まる事が多いのだ。


 それを長いプロ生活で国奏は十分すぎるほど承知していた。


 それにしても、危なかった。

 

 途中の大飛球ファール。先ほどの打球。

 どちらもスタンドに叩き込まれてもおかしくないものだった。


 大飛球の方は、インコースをえぐるつもりが甘く入り、最後の球はバックドアで外角ぎりぎりを狙うつもりが内に入った。

 

 だが、恐ろしいのは藤堂の対応力。

 最後の球は、完全に読みを外していた。

 相手はストレートのつもりで振った筈だ。だからこそあれほど姿勢を崩した。

 なのに、あわや安打にもなるようなヒットゾーンに飛ばされた。

 

 今の打席は運が良かっただけに過ぎない。

 国奏と藤堂の相性は、国奏から見れば間違いなく良い。

 投げていれば相手が自分の球に合っているかどうかはすぐに分かる。


 だからこそ気付く。

 対戦を重ねるたびに、藤堂が国奏(じぶん)に合ってきているという事に。


 12打数2安打1四球5三振。

 さっきの結果を入れれば13打数か。


 来年の自分は藤堂をこれほど抑えられないだろう。

 今までは国奏の投球スタイルと藤堂の打撃スタイルが合っていなかったからこその結果だ。

 あれほどの選手が、同じリーグの難敵を対策してこない訳がない。


 最後に藤堂に投げた球、あれは曲がりが小さい代わりにより球速を上げたカットボールだ。

 藤堂には初めて投げた球だ。

 それをヒットにされかけた。


「あー怖」


 自分はいつか、藤堂(あいつ)から気持ちいいぐらいの特大弾を打たれる気がする。


 それがせめて、今年でない事を祈った。




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