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鈍金色のリリーフエース〜常勝球団で酷使されていた俺は、弱小球団のホワイト環境で無双する〜  作者: 筆箱鉛筆


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26話 『見えてくる』


 夏の真昼に行う試合は肉体的にとてもキツい。

 容赦なく降り注ぐ日光は体力を削りとっていく。


 肌を伝う汗粒がいくら拭っても次々と溢れてくる。


 ……大丈夫だ。安心しろ。ストライクに投げればいいだけだ。ストライクに。

 俺の球なら、それで抑えられるんだ。


『ボール、フォア!』


 主審のコールが響く。

 ランナーがそれぞれ進塁するのが視界の端で分かったが、俺の目線はベンチから出てきた監督の顔しか見えてなかった。

 嫌だ。やめてくれ。

 まだ投げられる。次こそ抑える。だから。

 

 ……。

 

 夏のマウンドは、本当に暑い。

 だというのに。

 何故か、身体は冷えていくのを感じた。


 





 選手寮には、基本的にドラフト後数年の間未婚の選手が入る。

 高卒と大卒で年数に違いはあれど、大抵の選手はプロ入りすればその球団の寮に入寮する。


 寮で生活している選手の生活は様々だ。

 一軍にいる選手は当然、夜の公式戦に出場していることが多い。

 2軍の選手は個人的にトレーニングをしたりプライベートを楽しんだりとある程度の自由は許可されている。

 

 自室の外の廊下から誰かの話し声が聞こえる。

 多分、これから外に飲みにでも行くのだろう。


 俺は、誘われたが断った。

 今日はそんな気分になれなかった。


 部屋に備え付けられたTVをつけ、チャンネルを回す。

 目当ては1軍の試合。

 最下位ウルフェンズと首位オリエントバックスの中継だ。


 既に6回まで試合は進んでおり、ウルフェンズは負けていた。


 それを、見続ける。

 自分に何が足りないのか。一軍で活躍する為に何が必要なのか。


 ずっと、ずっと続けてきた事だった。

 自分より上の選手を見て、自分もそうなりたいと思い、努力する。

 そうやってプロまで来た……。


『サヨナラー! 決着は近郷のサヨナラタイムリーヒット! プロ入り2年目の若い力が大きな仕事を成し遂げましたぁー!』


 TVから流れる大歓声と実況のセリフ。

 ヒットを打った近郷の周りに、次々と選手が駆け寄り喜んでいる。

 その中には一軍ベンチにいた佐原や水瀬の姿もあった。


 その光景を、俺はTV越しに見つめている。

 何をやっているのだろう。

 一番初めに活躍したのは、間違いなく自分だったはずなのに。


 ……いや、分かっている。本当は。


 俺は、見下していた。

 彼らを、他の選手を。


 ――俺たちでウルフェンズを優勝させよう。


 近郷がそう言った時、周りの奴らは呆れていた。

 俺は――心の中で、馬鹿にしていた。


 何を言っているんだ。俺より活躍できてない癖に。試合に出ていない癖に。


 1年目の俺は、ファームで優秀な成績を残した。

 シーズン後半には1軍に昇格し、4試合に先発として投げ、2つの勝ち星を得た。

  

 気持ちよかった。ドラフト6位の自分が他人より活躍しているという事実が。

 アマチュアで。甲子園で活躍し、将来を渇望されて入団した同期達。

 そんな彼らより、期待されていなかった自分が結果を残している。

 俺は順調に成長している。

 これからもっと強くなれる。そんな確信があった。


 ……2年目、俺は大不調に陥った。

 ストライクが入らない。リリースが安定しない。制球が定まらない。

 そんな投手として致命的な欠陥をキャンプ中に改善できなかった俺は、そのまま2軍スタートを通告された。


 今日の登板は、今までで最悪だった。

 四球、暴投、押し出し。1アウトも取れずにそのまま降板。

 

 原因は分からない。

 何度もフォームを見直し、何がダメなのか探ろうとした。

 恐らく、何かがほんの少しズレているのだろう。

 だが、そのズレが分からない。

 一体何がズレたのだろうか。今まで簡単に出来ていた事がとても遠くなる。

 

 ヒーローインタビューが始まる。

 お立ち台は当然近郷だ。

 俺はTVの電源を切った。




 ◇




 試合後のベンチ裏は活気に満ちていた。

 本日の試合はオウルズの勝利。

 グラウンドではまだヒーローインタビューを行っている。


 国奏ら試合に出た選手たちは、スタッフ、職員達とハイタッチをしながらロッカールームまで引っ込む。

 この映像は球団の公式SNSにアップロードされるだろう。


「国奏くん。見た?」


「何をですか?」


 ある意味で、珍しい組み合わせだった。

 国奏と不破。チーム内でよく話す二人であったが、こうして飲みに来た事はなかった。

 試合後、不破の方から国奏を誘ってきたのだ。長くはならない、軽く飲みに行こう、と。


 国奏の返答に、不破はカバンからスマホを取り出し、国奏に向けた。 


「ラビッツがローテーション編成を組み直すらしい。とうとう、と言う感じがするね」


 不破は微笑みながらそう言った。


 シーズンは後半戦に入り、既に残り試合は30試合にまで消化された。

 今日のオウルズの勝利で、首位ラビッツとのゲーム差は1.0。残った両チームの試合数は雨天中止により後半に回されたものを数えて7試合。これからは直接対決の勝敗が大きな意味を持ってくる。

 

「3位のドラーズは少しゲーム差が離れているとはいえ、まだまだ優勝が見える位置にいる。クライマックス争いもここから加熱してくる。多分、他のチームにも大きな動きが出てくるはずだ」


「ええ、ラビッツは当然ウチをマークして勝ちに来る。問題はドラーズが()()()()()()で来るか、ですかね」


 今シーズン、優勝が見えているラビッツとオウルズは当然両チームを蹴落とし合う。

 直接対決で叩く事が出来れば大きくゲーム差を広げる事ができるからだ。

 対して3位のドラーズの立ち位置は微妙だ。

 決して優勝が見えないわけではないが、かといって特定チームを徹底的にマークするほどゲーム差が近いわけではない。

 今シーズンのセリーグは、今のところ1位ラビッツ2位オウルズが優勝争い、その少し後ろに3位ドラーズがおり、4位5位6位は団子のように並んでいる。

 ドラーズの取るであろう方針は2つ。

 全力で上位チームを落としに行き優勝を狙うか、今の順位をキープする為に安全策を取り続けるか。

 3位以内に入りさえすれば、クライマックスシーズンに出場でき、日本シリーズの可能性も出てくる。

 オウルズの立場としては、是非ともラビッツをピンポイントで狙っていってほしいところだが、実際そう上手くはいかないだろう。


「ドラーズがクライマックス狙いになるのであれば、チームとして総力を掛けるべき試合が減り余裕ができる。逆に優勝を狙ってくるのなら、2位のオウルズはドラーズからも負ける事は許されなくなる」


 各チームの思惑が交差し、進んでいく。

 終わりは確実に近づいている。


「国奏くん。僕は今驚いているんだ」


「何の話ですか? 不破さん」


「オウルズの話さ。君が春にした挨拶。僕は冗談だと思っていた。でも、今は君が言った通りにオウルズは優勝争いをしている。そして、チーム全体がそれを当然の事として受け入れている。これはすごい事だ。戦力の話じゃない。前年最下位のチームに、このまま優勝できるかもしれないという雰囲気があるんだ。戦力がいくらあっても何故か勝てないチームというのは存在して、勝つチームには必ずそういう雰囲気がある。そしてその雰囲気を手に入れるのが一番難しいんだ」


「それは……過剰評価ですね」


 国奏は照れ臭そうに言った。


「そうかい?」


「はい。だって俺は一人の中継ぎですよ? 確かにチームを優勝させる気でやってますが、雰囲気を変えるなんて事はやっていませんし出来ません。今のオウルズの雰囲気は去年から積み重ねていた、元々あったものだと思います」


「それもあるだろう。僕たちはプロだからね。なんだかんだ言って、どんなに負けていようと勝ちたいし優勝したいと思って闘っている」


 不破は言葉を続ける。彼が頼んだビールはノンアルコールのもので、既にジョッキは空だった。頼んだのも一杯のみで、不破にはそれ以上飲む気はなさそうだった。


「君は今年ずっと凄い投球を続けてきた。チームのピンチを救い、勝ちを呼び込んできた。他の皆だって、ちゃんとそれを見ている。だから、今のチームの雰囲気は君が作ったんだ。新入りが本気で優勝目指してるのにやらない訳にはいかないってね」


「俺は29歳ですけどね。新入りって言うには老け過ぎでは?」


「確かに」


 二人して小さく笑う。


「僕はベテランだ。本当なら僕みたいな立場の人間がチームを引っ張らなければならなかった。ここ数年はその役目が出来なくて歯痒い思いをしていたけど、君のおかげで立ち直れた。でも、申し訳なく思ってるんだよ。例え意図していないとしても、国奏くんがその役目を引き受けている事に」


「不破さん……」


「オウルズは強いよ。間違いない。君が強くした。だから、このまま突き進もう」


 不破は「優勝しよう」とは言わなかった。

 あえて言わなかったのだ、と国奏は解釈した。

 それが自分の本当の目標ではない事に気付いているのだろう。

 

 残り30試合。

 パリーグでは予想通りウルフェンズが独走態勢に入っている。

 国奏が考えている"最高の舞台"は整いつつある。

 後は――勝ち続けるだけだ。



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