24話 『梟VS狼』 Ⅲ
オウルズとウルフェンズの試合は、ある意味で淡々と進んでいった。
初回の先頭打者本塁打から始まり、オウルズは要所を抑えきれずに少しずつスコアを離されていき、7回時点で2-5という点数がバックスクリーンに映されていた。
ヒットの数自体はどちらも大差はない。
しかし、こちらはヒットこそでれど、連打が続かない。
流れを持ってこれず、ランナーを貯めても本塁に返せない。
噛み合わないオウルズの攻撃と比べて、ウルフェンズは効率的に得点していった。
四球、進塁打、スクイズ、長打……あらゆる得点パターンを見逃さずに噛み付いてくる狼に比べると、梟のそれは稚攻が過ぎた。
単純な保有戦力とチーム全体の意識の差。
つまりは今まで勝ち続けてきたチームと前年最下位のチームの細かさ、丁寧さ。
それが浮き彫りとなったかのような試合展開が、ここまで繰り広げられていた。
「それはどういうことですか? コーチ」
国奏の声がブルペンに響いた。
正面に立つ投手コーチは、顔色を変えずに先ほどと同じ文言を繰り返した。
「お前はこの3連戦じゃ使わん。そう言ったんや」
「……捨てたってことですか。試合を」
自然と声が低くなる。
コーチの話によれば、ウルフェンズとの試合で国奏を登板させる気は首脳陣にはないと言う。
既に勝ちパターン継投の一員である自分を使わない、ということは、そうとしか考えられない。
「落ち着け。これは色々とこっちで考えた結果の結論や。そないな怖い顔すんなや」
「ですが……!」
「今の不調期に入ったお前を連投させることは出来ん」
「っ……」
反論に言い淀む。
国奏自身、既に開幕期から続いていた好調のピークが過ぎていることは感じていた。
しかし、今までの試合で抑えて結果は残していた筈だ。
「俺はまだ大丈夫です! しっかり試合でも抑えて……」
「間近で見てるワシらに分かってないと思ってるんか? 制球、球威、どっちもこの数試合で明らかに悪くなっとる。ほれ、数字にもはっきり出とるわ」
目の前に取り出されたタブレットには、交流戦に入ってからの国奏の投球データが表示されていた。
諸々の指標が右肩下がり。
表面上の成績では失点していないが、各球種の解析データは国奏の不調を示していた。
「最近は今まで主観で判断していたことが数字で出せるようになって便利になったもんやわ。ええか国奏、一度や二度なら誤魔化せるかもしれんけどな。そんなもん長く続かん。原因は明らかに疲労なんやから、少し休め」
「だからって、俺が投げなきゃ勝てる試合も勝てなくなります」
国奏の声に反応して、相対するコーチの雰囲気が変わった。
「思いあがんなや。ウチの投手はお前だけちゃうぞ」
かつてトップアスリートとして活躍したその体躯からは明確な圧が発せられていた。
二人の間の空気が張りつめる。
が、それも一瞬。すぐに元通りの温和な表情に戻り、コーチの手が国奏の右肩を叩く。
「あのな、お前らの肩管理すんのもワシらの仕事や。シーズン途中に過登板で離脱が一番困んねん。分かったら黙って見とけ。お前のお陰でチームのブルペンはほんま助かってるんや」
「……」
言い分は理解できる。コーチの言う事は正解で間違っているのは自分の方だとも。
それでもこのカードだけは。ウルフェンズにだけは投げたかった。
その気持ちが今シーズンのモチベーションだったからだ。
「分かり……ました」
どう見ても納得していない、苦虫を噛みつぶしたかのような表情。
戦略としては至極まっとうで、ウルフェンズ戦までの交流戦のチーム成績が予想以上に好調だった事も国奏の温存を後押ししている。
この作戦をとれるのは、交流戦の勝率を高くキープするという作戦が成功している事の証でもある。
ある意味では、喜ばしい。国奏の立場からすれば、肩を休ませられるこの措置を喜んでもおかしくはない休日。
だが、国奏の表情はまるで打ち込まれて降板するかのような悔しさに満ちたものだった。
そんな国奏の様子を見て、国奏にとって残酷な通告をした彼は確信した。
オウルズはまだまだ勝っていけると。
勝ちにこだわる執念。強いチームに叛逆する決意。
勝てないチームに最も足りないもの。今までのオウルズに足りなかったもの。
国奏はそれをオウルズに呼び込める選手だと改めて確信したのだ。
(心配すんなや。絶対に今年のオウルズは日本シリーズに辿り着く。お前の出番はそこまでとっとけ)
「……どう思う? 水瀬」
「う~ん。3点差やろ? まぁここ最近の敵さんの傾向見てると来ると思ったんやけど」
「捨てたって事か?」
「まぁ、そう見てもええんちゃう、かなぁ」
7回表、コールされたのは想定していた国奏ではなく敗戦処理の投手だった。
4番から始まる打順。点差は3点。ウルフェンズの打線を考えると勝ちに来るならばここで投げさせる投手は確実に信頼できるリリーフでないといけない。
上原からすれば、交流戦に入ってから調子の良いオウルズが"たった"の3点差で試合を捨てるのは予想外だった。
ウルフェンズの中継ぎは前年と比べて整備されたとはいえ、まだ付け入る隙自体は存在する。
特に勝ちパターン以外の継投は今シーズンもあまり上手くいっているとはいえず、少しでも流れがあちらに寄れば好調オウルズにひっくり返されると考えていた。
「どうやらうちのブルペンも大分評価されるようになったみたいだな」
「それもあるんやろうけど……うん、今日出さんって事はこの三連戦であいつが投げる事はない気がするわ」
いや、流石にそれはないだろう。と上原が反論しようとした瞬間、大きな打球音と共に歓声が上がった。
グラウンドでは、悠々とダイヤモンドを回る頼もしい4番の姿があった。
4番佐原のソロホームラン。2対6。4点差。
試合の流れを決定づける一発だった。
(あるニュースサイトから抜粋)
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【七岡氏の眼】突っ切ったウルフェンズ。押し込まれたオウルズ。
「阪京4-2西京」(9日、甲子園)
交流戦において好調だったカード同士の対決は西京の勝ち越しとなった。ウルフェンズは2勝1敗の勝ち越しを決め、交流戦勝率一位に躍り出た。
この3連戦を振り返ってみると、大きなポイントは一戦目にあったように思う。どちらも交流戦に入り勝ち越しを続けており、状態も良いチーム同士の対決。1戦目を取るかどうかはいつも以上に流れを大きく変えた。
初戦、ウルフェンズは先頭上原のソロホームランで先制。しかしオウルズの一回の守りは良かったように思う。出会いがしらの一発を貰った後、連打をくらわずに後続をきっちりと打ち取った。気持ちを引きずらずにしっかりと切り替えられた証拠だ。
オウルズとしては、島袋の右前打、杉宮の四球で1死一二塁と好機を作り出した場面での初球二飛。これが痛かった。最低限の犠牲フライをと打球を上げようとしていたが、天瀬のようなキレのある球に角度を付けようと意識しすぎるとこういう結果になりがちだ。ベンチからすればバットを上から被せてヒットを狙いに行ってほしかった場面と言える。
対照的にウルフェンズは3回と5回のチャンスにしっかりとゴロを打ち、ランナーを進めて追加点を挙げた。チームとしての意識が徹底しているからこそできる事である。
一場面をいつまでもあげつらうつもりはないが、結果としてここの凡退がゲーム全体の流れを決定づけてしまったと言える。
個人的に最も疑問だったのが7回の継投だ。3点差の場面で国奏ではなく佐藤。ここは勝ちパターンである国奏を投げさせてほしかった。
この初戦の大事さは分かっていた筈だ。3点差であれば十分逆転できる可能性がある。ここは絶対に失点しないという気持ちを持った方が良かったのではないか。結果として先頭の佐原にソロホームランを打たれ、点差が4点に広がってしまった。これにより相手の勝ち継投を温存させてしまう事にもつながり、ウルフェンズベンチにも大きな安堵感が生まれた筈だ。
2戦目は初回から両軍の先発が踏ん張り5回まで0-0の投手戦を繰り広げたが、6回に味方のエラーから2点を失点し、その後一点返すも最終的に1-2の悔しい負けとなった。
この試合も1試合目の延長線上といった感じの展開だったが、あえて言うとすれば9回裏のオウルズの攻撃、あそこが3者連続三振というのはいただけない。ハミルトンは確かに球が速く優秀なクローザーだが、相手の抑えに手も足も出ないでは後々の試合に響く上に相手に良いイメージを持たれてしまう。打てないならばバントで揺さぶるなど手を尽くしてほしかった。
3戦すべてに通じて見えたのは、ウルフェンズの徹底したチームプレー精神である。
主軸を張った打者だけでなく、下位を打つバッターも自分の役割を理解し、球数を投げさせたり進塁打を打ったりといったチームとして戦う意識が見て取れた。逆にオウルズには淡泊な攻撃が目立ったように感じる。
しかし、オウルズは全く手も足も出ず完敗という訳ではなく、3戦目には流れを断ち切って3タテされる事は回避したのは素晴らしい。前年までのオウルズだとあのままズルズルと引きずってしまう印象があったが、今年はこういう切り替えの良さが好成績につながっているのだろう。
逆にウルフェンズは悪い意味での余裕が見えたように思う。すでに勝ち越しを決めた状態で、主力を早々に下げた結果、後ろの回で逆転されて試合をひっくり返されてしまった。シーズンを戦っていくにおいて主力の休養は避けられない事ではあるが、何もあのような試合展開の時にする必要はないだろう。
これからもシーズンは続く。両軍の反省点を踏まえて改善していく事がこれから大事になってくるだろう。
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