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11話 『そして、幕が上がった』 Ⅱ

 


 7回表ワンナウト。

 ラビッツの三番打者である藤堂(とうどう)(かなめ)は、前のバッターが三球三振したのを見て、心を躍らせながら打席に入った。


 昨年のセリーグ首位打者。右打者シーズン安打数の歴代一位記録保持者。

 古豪東京ラビッツのレギュラーを高卒2年目から張り続けている天才。

 そして、日本シリーズMVPを受賞したラビッツ日本一の立役者。


 今マウンドに立っている国奏淳也から、逆転サヨナラ満塁ホームランを放った男である。


 ――やっと、万全のお前に挑戦できるな。


 その男の心を支配しているのは、どうしようもない昂揚感。


 数年前、ウルフェンズが27年ぶりの日本一を奪還した日本シリーズ。

 対戦相手は東京ラビッツであった。

 その時点で、ラビッツの上位を打っていた藤堂は、国奏との対戦経験がある。


 結果は、シリーズ通して4打数0安打3三振。完璧に抑え込まれていた。


 悔しかった。

 単純に打てなかったことも。ことごとく仲間が作ったチャンスを潰してしまったことも。


 試合の後半、大事な場面になれば必ず国奏がマウンドに上がった。

 そして、その度に対戦し、三振した。まともに捉えられなかった。


 若き天才。超人的なバットコントロール。将来2000本安打間違いなしのヒットメーカー。

 数々の形容で称えられた(エリート)のプライドは、この瞬間に踏みにじられた。


 その時、藤堂は誓ったのだ。

 必ず国奏淳也にリベンジすると。

 ――今この瞬間(とき)から、俺のライバルはお前だ。

 そう一方的に決め、ライバル視した。


 昨年の日本シリーズでは、誰に聞いても勝者は藤堂と答えるだろう。

 何しろ、国奏淳也からサヨナラホームランを打ったのだから。

 ポストシーズンでの打率4割越え。日シリでは7試合で4本のホームラン。

 堂々たる成績でMVPを獲得。

 彼の勝利を疑うものなどいない。


 だが。


 ――俺は認めねぇ。

 ――国奏淳也は、あんなもんじゃねぇ。あんなもんじゃなかった。

 ――疲労困憊したお前から打っても、俺の心は全く晴れねぇんだよ!


 他ならぬ自分自身が、勝利を認めてくれない。

 己のプライドがへし折られた瞬間。あの時の空を切るバットの感触は、未だにこの手に燻り続ける。

 全盛の、万全の状態の国奏を打つことでしか、彼は前に進めない。

 そう考えていた。


 だから、先ほどのストレートのみで三振を取る国奏を見て、彼は歓喜に震えた。

 はた目から見ても、キレのあるストレート。ダイナミックな投球フォーム。

 明らかに、昨年日本シリーズで対戦した国奏ではない。

 やっと、チャンスが回ってきた。


 ゆったりと、脱力した構え。

 ともすればやる気がなさそうにも見えるその打撃フォームは、天才(かれ)が10年間プロに揉まれて辿り着いた一つの打撃の形。


 国奏が振りかぶる。同時に藤堂も動き出し、美しくトップを作る。


 インハイのストレート。

 ゾーンには入っているが、見送る。


 ――やっぱりな。


 じっくりと見たその軌道は、藤堂の予想よりボール半個……いや、1個上の場所を通過した。

 藤堂にはスイングしながらバットの軌道を修正し、ボールに当てる技術があったが、これほどズレていると、当たったとしてもポップフライ。良くても外野フライに過ぎないだろう。


 いつもより高めに目付してこれだ。

 そのキレとノビは驚異的だと言える。


 しかも、彼の投球フォームは非常に球の出どころが見づらい。

 普通の投手と同じように構えていると、一瞬球が消え、気付けば手元にあるように見えるストレート。

 これが、彼が最速150km/hに満たないストレートで空振りを奪える理由だろう。


 ――間違いねぇ。こいつも成長してやがる……!


 そりゃそうだ。自分はあの時から本気で練習して、成長した。

 相手の実力が伸びてない道理はないだろう。


 それがたまらなく嬉しい。


 国奏が終わった選手ではない事の証明なのだから。


 真剣勝負中だというのに、思わず笑いが零れそうになる。


 正直に言うと、怖かった。


 シーズン101試合登板。登板過多としか表現できないその数字は、普通ならば間違いなく肩肘に故障を抱えるレベルの酷使だ。


 皆が言う通り、国奏にとってはあの日本シリーズの体たらくが今の限界なのではないか。

 数年前のあのピッチングは、もう二度と出来ないんじゃないか。


 だとすれば、自分はどうやってあの屈辱を晴らせばいい?

 これから先、誰からヒットを打っても。

 国奏以上のピッチャーから打ったとしても、この両手に残る三振の感触は消えないだろう。

 だって、今の技術は国奏を打ち崩す事だけを目的として辿り着いたものなのだから。


 国奏対藤堂の、2球目。


 アウトローのストレート……いや。


 強打者の直感。

 感覚的な判断で、藤堂はこれも見送った。

 ほとんどストレートと同じ軌道で迫ってきたその球は、打者の直前で下に滑り落ち、ボールゾーンを通過した。


 1ボール1ストライク、並行カウント。


 今のも、日本シリーズでは見れなかった変化球。

 一級品のカットボール。


 素晴らしい。完璧だ。

 2ストライクで投げられていたら、間違いなく三振していたと言えるボール。


 気持ちが、どうしようもなく昂っていく。


 これだ。

 これじゃなきゃいけない。国奏淳也は。


 そして3球目、ボールは再びアウトローに来た。


 今度は直球。藤堂はこの打席で初めてバットを振りぬいた。

 手には鈍い感触。

 ダメだこれは。明らかに差し込まれている。

 藤堂の予想通り、打球は一塁線の右を転がり、ファールとなった。


 4球目、インハイのボール球。

 そんな吊り球に手を出すほどの拙い選球眼はしていない。


 2ボール2ストライク。

 勝負を仕掛けてくるなら、ここだろう。


 ――さぁ、何で来る? ストレートか、カットボールか。


 集中が深まり、周りの音が聞こえなくなる。

 国奏の一挙一動がはっきりと目に入る。

 踏み出された足から、腰、肩、指へ。下半身から伝わる力は、身体の捻りと共に増大し、国奏の腕に集まる。

 唸るように左腕が振り下ろされた。


 そして投じられたボールは。


 ――なっ! チェンジ、アップ!?


 予想にはなかった球種。


 ――まずい、止まれ、止まれ、止まれ!


 すでに動き出した体を、精いっぱいの抵抗で堪える。

 そのボールが18.44mを渡り切るまで。


 来ない。


 来ない。


 来ない――


 ……一体いつ、このチェンジアップは此処に辿り着く!?


 結局、ボールがキャッチャーミットに到着したのは、藤堂がバットを振り切った後だった。


『スウィングッ、アウッ!』


 審判の熱がこもったコールが球場に響き渡る。


「は、はははは」


 考えてみれば、あり得る選択肢。

 国奏がチェンジアップを持っている事など知っていたのに。テンションが上がりすぎて思い出せなかった。

 直前のバッターに投げたボールが、すべて直球だった事も関係しているだろう。 


 ストレートと全く同じフォームから投げられる、チェンジアップ。

 球速の差も一級品。

 何より、それをこのカウントで藤堂に投げる度胸。


 今回は、藤堂の負け。

 それは素直に認めよう。


 だが、今は二人とも同じリーグ。対戦する機会は以前とは比べ物にならない程多い。


 ――必ず、必ず打ってやる。国奏淳也!


 ベンチに引いていく藤堂の目は、ずっとマウンドの国奏を睨んでいた。







「っしゃ!」


 相手チームの三番、藤堂を三振に取り、国奏は大きくガッツポーズをとった。


 藤堂が国奏をライバル視している――もちろん国奏は彼がそんな風に思っているなんて知らない。


 しかし、彼は国奏にとって、サヨナラホームランを打たれた相手なのだ。

 いわば、これはリベンジマッチ。

 あの時喰らった屈辱のお返しである。


 そりゃ力も入るだろう。

 基本、ピッチャーなんて負けず嫌いだ。

 それは国奏だって例外じゃない。

 やられたまま終わるなんて、断固ごめんだ。


 という事で豪快にガッツポーズをとった国奏だったのだが、そこで周りの目線に気づく。


 内野陣や捕手の杉宮が、何やってんだこいつという目でマウンドを見ている。


 スリーアウトチェンジを三振でとってガッツポーズなら分かるけど、まだツーアウトだぞ。あと一人残ってんじゃん、それまで我慢しろよ。


 そんな気持ちのこもった視線を、ひしひしと受けていたら、ちょっと恥ずかしくなった。


「ご、ゴホン! んっんぅ」


 あからさまに咳払いをして誤魔化す。


「……。ハイッしまってこぉー!」


 内野に流れた微妙な雰囲気を、杉宮がめんどくさそうに断ち切った。


 続く4番の外国人打者を、危なげなく三振に取る。

 パワーで振り回すタイプのこちらは、藤堂よりは抑えやすかった。


 スリーアウトチェンジのコールと共に、球場に歓声が溢れる。


 国奏のオウルズ初登板は、三者連続三振の衝撃的なデビュー。


 マウンドを降りる国奏へ向けられたのは、オウルズファンからの歓迎の声援であった。








『三振ッ! 4番ドミソン、国奏の球に全くタイミングが合いません! 国奏選手、移籍最初のマウンドで全くラビッツ打線を寄せ付けません!』


『いやぁ、素晴らしい投球ですねぇ、はい』


 テレビでの中継。

 実況と解説の声と共に全国のオウルズファンへ届けられる映像。


『国奏選手の投球、どう思われますか?』


『いやぁ非常に良い感じなんじゃないですか? 腕もしっかり振れてますし。こういっちゃなんですけど、去年100……101試合投げたでしょ? あの~、非常に失礼ですけど、ちょっと今年は厳しいんではないかなぁと心配してたんですが、えぇ、全く杞憂でしたね。ハハッ』


 球場に来られなかったファンにも、国奏の投球は伝わる。


 何か、思ったより全然いい球投げるぞ?

 こいつ劣化してたんじゃないの?


 今はまだ、一部のファンにだけ。


 しかし、確かに。


 今日この日から、ホワイトオウルズの20番。


 鉄壁の男の伝説は始まったのだ。







 既に幕は上がった。


 長い長い年間143試合のペナントレースが、始まる。


ここが一つの話の区切りとなります。

月間ジャンル別の一位になっていました。

皆様の応援のおかげです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 藤堂、いいキャラですね。 青臭いと言ってしまえばそれまでですが、基本的に日本人の野球観ってロマンを求めがちですからね。 だからこそ甲子園とかの人気が高いわけで。 主人公も金銭より己の美学…
[一言] 久しぶりの熱いスポーツ小説!毎回楽しませてもらってます!のんびり更新待ってます!
[一言] 強打者相手に追い込んでのチェンジアップ、投げるのに必要なのは度胸だけとは言うたもんですな。
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