1話 『シーズン101登板の男』
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
『さぁここでこの試合の大一番! ワンアウト満塁のピンチにマウンドに上がるのはウルフェンズのリリーフエース国奏! ここで抑えればウルフェンズの日本一。日本シリーズ三連覇の偉業は目前と思ってよいでしょう!』
――そのような事を実況してるんだろうな。と思いながら、国奏淳也は9回裏のマウンドに上がった。
球場のスタンドはこれでもかというくらいお客さんでいっぱいで、どっちのファンであれ、誰もがこの状況を全力で応援していた。
この球場は相手チームである東京ラビッツのホームであるから、全体の比率としては相手打者を応援する声の方が大きい。
しかし、日本シリーズ。
年間を通して行われる日本プロ野球143試合の集大成。
スコアは5-4でウルフェンズのリード。まさに分水嶺。
人数の多少に関わらず、熱意はどちらのチームの応援団もひとしおである。
――これが、正真正銘最後の試合だ。
重い体を引きずりながら、彼はマウンドで投球練習を始めた。
一方、解説実況席では、この名誉ある日本シリーズ最終戦をお茶の間にお届けするという大役を受け持った実況者と解説者。
その二人が、そろってモニター画面を見て渋い顔をしていた。
『解説の黒沢さん。この場面で国奏選手を登板させる七岡監督の意図、どう思われますか?』
『う~ん、まぁ一番信頼できるピッチャーなのは間違いないですからねぇ。この大場面は彼に任せると決めて送り出したんでしょうけど……ただねぇ』
言い淀む解説の黒沢。
彼は数年前に引退した元プロ野球選手であり、現在は解説業を主に活動している。
多方面に配慮した解説は安定感があり、引退してすぐに人気の解説者として地上波中継の仕事まで任されるようになった。
いわば解説界のエリートである。
そんな彼が、聞きようによってはウルフェンズ監督の采配批判とも判断されかねない言い回しをしたのには、理由がある。
モニター画面には、今マウンドで投球練習をしている国奏の成績が表示されている。
――国奏淳也(28) 左投げ――
勝利5
敗北7
防御率4.21
セーブ3
H40
HP45
登板 101試合
『『…………』』
異常。明らかに異常だ。
シーズン登板101試合。
前人未到の三桁登板は、当然のごとく歴代シーズン最多登板。日本野球の一つの歴史を塗り替えている。
悪い方の意味で。
思わず黙ってしまう実況と解説。
そして、極めつけは成績の下に表示される注釈の一文。
――――――――――――
国奏淳也。リーグ三連覇、そして三年連続日本一を目指す常勝軍団ウルフェンズのリリーフエース。
CSでは驚異の3連投でチームを日本シリーズに導いた。
日本シリーズでの成績:登板5 防御率3.13 勝利1 敗北2 セーブ1
――――――――――――
そう。国奏はクライマックスシリーズ3戦、もつれ込んだ日本シリーズ7戦。合わせて10試合のうち、8試合に登板している。
高校球児もかくやというレベルの酷使である。
――常勝軍団、埼玉西京ウルフェンズ。
そのチームを簡単に表すなら、『最強の野手陣と最弱の投手陣が集まった打撃特化型チーム』である。
あらゆる記録、打撃指標で12球団最強。
プロ野球史上最高とまで評された打線には、シーズン100打点を記録したバッターが2番から6番まで並んでいる。
メディアには『100打点クインテット』と名前を付けられ、ネット民からの俗称は"殺人打線"。
圧倒的破壊力で相手チームから点を奪い奪い、毟り取って勝ってきた。
対する投手陣は、最悪の一言である。
チーム平均防御率は5.97.最早6点台に届こうという数字。
先発陣は崩壊。
中継ぎはけが人続出。
点を取っては取られのどたばた花火大会、それが今季のウルフェンズである。
崩れかけたウルフェンズのブルペンを、国奏はシーズン一人で支えてきた。
すべては三連覇のために。間違いなく野手陣は黄金期を迎えているウルフェンズ首脳陣の苦肉の策が、唯一まともに計算できる投手国奏を使い潰す事だった。
そしてそのツケが、今この大舞台で回ってきている。
『さぁ、ツーボールツーストライク。……キャッチャーインコースに構えて、投げたッ! 三振ッ! 国奏まずは一人目を三振に切って取りました!』
興奮した様子で実況するアナウンサーの横で、解説である黒沢はぼそりと呟いた。
「あー球高いなぁ……」
国奏のコンディションは、明らかに良くは見えない。
当然と言えばそうだ。
シーズン100試合に投げて、ポストシーズンでも8試合に投げている。
最高のコンディションを出せという方が無茶だろう。
しかし、そんな事はプロとして言い訳にならない。
2番目の打者。
相手チームの中軸であり、今季セリーグ首位打者のタイトルを取った強打者を迎え、国奏は渾身のストレートを投じた。
キレは良い。球威も今日イチ。
しかしコースがまずかった。
真ん中高めに浮いた球は打者のバットの芯に捉えられ、まるでピンポン玉のように空を飛び――
『あ、いった、いった』
『入ったァ! 入りました! 逆転ッサヨナラッ満塁ホォームラン! ウルフェンズ、ここにきて痛恨のサヨナラッー! 東京ラビッツ4年ぶりの日本一奪還!』
――結局、試合はウルフェンズの負け。
国奏は日本一3連覇、V脱の戦犯となった。
グラウンドに出てきて監督を胴上げし始めるラビッツナインを尻目に、敗戦投手国奏はとぼとぼとベンチに戻っていった。
しかし、この話には続きがある。
大一番でやらかしてしまった国奏だが、ファンやマスコミはいくらか寛容的だった。
"まぁ仕方ないよ"
"100試合も投げてくれたんだし"
"今シーズンは国奏いないと終わってたしな"
"七岡と天瀬が無能なだけだろ"
無論批判的な意見がないわけではないが、ウルフェンズファンは大方その酷使っぷりを同情する方に傾いた。
しかし、この雰囲気がぶち壊れる出来事が、日本シリーズ最終戦の後に起こった。
"国奏、FA宣言。条件は金銭よりも起用法か?"
こう書き出された新聞記事には、国奏へのインタビューも同時に掲載された。
曰く要約すると。
「はい、そうですね。自分の評価を聞きたいっていうのが第一。あとは……起用法ですかね。だってもう100試合も投げたく無いですし(笑)。あんなに投げたらそりゃ(日本シリーズでも)打たれますよ」
FA宣言と同時に、采配批判。
逆転弾を献上した投手自らの、言い訳のような発言。
球団に土を掛けまくるこの発言は、熱狂的ファンの逆鱗に触れた。
お前、その言い方はないだろ。
ドラフト6位のお前を育ててもらった球団への恩義はないのか?
お前があの時打たれなきゃ日本一だったんだよ。
3連覇を逃したことで鬱憤が溜まっていたファンは烈火のごとく怒り出し、「防御率4点台の劣化した中継ぎなんか取る球団あるかよバーカ」とネットに書き込まれる事となった。