3
色々と考え込んでも仕方ないという結論に達し、ユウカに続き他の3人も荷物をまとめる作業に入る事にした。
研究室と彼らの居住区は隣接しており、私物のほとんどが研究室に持ち込まれている。
居住区は食事と睡眠以外ではほとんど使っていないのだ。
その私物もそれほど多くなく、荷物はこの研究室から持ち出す機械や資料がそのほとんどを占めている。
研究室の備品もおかまいなしに箱詰めしていた。
「早く知りたいなー」
色んな物を箱詰めにしながらアーリスがつぶやく。
「何を知りたいんだ?」
シャミニが訊いた。
「何って、記憶喪失になった原因に決まってるじゃない。もしかして、自ら記憶を封印したくなるくらいすごかったのかも〜」
「すごかったって、何がです?」
「何がって、僕らの正体だよ。想像以上に異常な存在だったからショックでその記憶を封印したのかも。だって、謎の木と同じ遺伝子なんだよ?」
アーリスはぶるっと肩を震わせた。
どうやらかなり恐ろしい想像をしたらしい。
「また変な想像してるだろ」
シャミニが呆れた笑いを浮かべてアーリスを見る。
その様子を見てユウカはくすくすと笑っていた。
なごやかな雰囲気の中、のんびりと荷物をまとめる作業は続いていた。
数日後、遺跡の調査と称して単身デサリーへ行っていたシャルが戻って来た。
トップの連中は4人を今すぐどうこうしようとは考えていないらしく、状況は以前と全く変わっていない。
厳しく監視されている様子もなく、監禁されそうな雰囲気もなかった。
4人が脱出の準備をしているとは思っていないのだろう。
荷物をまとめ終えた4人は、シャルがメモリーカードを持って来るのを待っている。
「ところで、俺たちって人間じゃないのに血は流れてるんだよな」
シャミニがつぶやいた。
「ええ。外見だけでなく中身も人間に近いですね。内臓はもちろんですが、繁殖能力なんてないのに性器も人間の男と同じものがついてますし。もしかして、何か別の機能があるんでしょうかね」
少々複雑な顔でヒロカがうなずく。
彼らの体は人間の男と全く変わりなかった。
似て非なる存在、という表現がぴったりくるような感じだ。
精子の検査では生殖能力はないという判断がされたが、性器はちゃんとある。
そもそも『人間としての生殖能力がない』だけなので、本当のところどうなのかはわからない。
生理的な反応はあるので、それなりの行為に及べば性的快感も得られる筈だった。
「何らかの形で木と人間の遺伝子が融合したりしないかな」
アーリスが目を輝かせる。
「どうでしょうね。科学が発達している惑星なら不可能ではないと思いますが」
「じゃ、俺たちは人為的に造られたって事になるのか?」
「そっちの可能性も、記憶がない今は否定できませんね」
シャミニの疑問に答えて、ヒロカは向かいのソファに座るユウカを見つめた。
のん気にうたた寝をしている。
ユウカは一体どこまで記憶が戻って来ているのか。
彼に限って思ってしまうのが「ユウカはそもそも記憶喪失になっているのか」という事だ。
何故か、ユウカは全て知っているのではないかと感じてしまうのだ。
理由を訊かれても答える事はできないのだが、ユウカには何故かそんなふうに感じさせる雰囲気がある。
謎の多い自分たち4人の中で最も謎が多いのがユウカなのではないかと思う。
そんな事を考えながらしばらく見つめていると、ユウカはあくびをして目を覚ました。
それと同時にシャルが入って来る。
「あ、シャル」
ユウカがシャルに視線を向けた。
ゆっくりソファから体を起こす。
「メモリーカードを回収して来ましたよ」
シャルはそう言ってカードを差し出した。
「ちょうだいっ」
アーリスが急いで受け取り、コンピュータの前に座る。
全員がコンピュータの前に集まった。
「パスワードは“サンドワーム”でしたね」
ヒロカが言う。
「了解。よし、これで読み込み完了っと」
パスワードを入力しデータの読み込みが完了すると、モニターにシャミニが現れた。
『どうやら無事に見つけたみたいだな。俺たちはこれからある重要な実験をする予定だ。ユウカ、説明』
シャミニが消えて、今度はユウカが現れる。
『えっと、ある実験とは、俺たち自身の事をもっと知るための、とても重要な実験なんだ』
「重要な実験······」
ヒロカがつぶやく。
『とりあえず、実験のせいで記憶喪失になったりした時の事を考えて、記憶回復プログラムを作成してあるからね。記憶喪失になってるならそれで記憶を取り戻してくれ。俺たちの遺伝子はかなり特殊だから、他のプログラムじゃ効果ない筈だからね。ま、記憶喪失くらいで済めばいいけど。それで、俺たちが行う予定の実験とは······』
モニターのユウカがにやりと笑う。
全員、息を飲んで次の言葉を待った。
『もし記憶喪失になってて、記憶回復プログラムを実行する前に知りたいならシャルに訊いてくれればわかるよ。じゃあね』
モニターのユウカはにっこり笑って、そして消えた。
「ええっ。何それ~っ」
アーリスが声をあげる。
「シャル。俺、記憶回復プログラムを使う前に知りたいな」
ユウカはシャルを見てにっこり笑った。
「同感だな。ソファでゆっくり聞こうか」
シャミニがソファに移動する。
続いてヒロカとアーリスも移動した。
4人とも、記憶を戻す前に知りたいようだ。
シャルは諦めたように肩を落とすと、ソファに腰掛けた。
そしてゆっくりと話し始める。
シャルの話を聞いた4人はしばし呆然としていた。
しかしすぐに我に返ると、今度は腹を抱えて笑い出す。
しばらくの間、4人は笑い続けていた。
一体、何の実験だったのか。
簡単に言えば「自分たちが本当に不老不死かどうかを調べる実験」である。
不老である事はわかっていたが、不死かどうかまではわからない。
つまり、死んでみようというものだったのだ。
結果は言わずもがなである。
記憶を失いはしたが、実験は成功と見ていいだろう。
4人が本当に不老不死であると証明された訳だ。
ちなみにこの実験を提案したのはユウカらしい。
命がけの、とんでもない実験である。
もちろんシャルは猛反対したのだが。
しかし記憶を失う前のユウカはかなり自信があったようだ。
ちなみに、万が一死んでしまった場合はシャルのように脳を合成体に移植して蘇る準備をしていたらしい。
「それじゃ、記憶喪失の原因もわかった事だし記憶回復プログラムを実行しますか」
ユウカはやはりいつもののん気な調子でそう言った。
「そうですね。記憶が戻れば私たちが何者なのかもわかるかも知れませんし」
ヒロカがうなずく。
「じゃ、記憶が戻ったらすぐに脱出計画を練らないとね」
「あ、それがあったんじゃん」
アーリスの言葉に、ユウカは思い出したようにつぶやいた。
「これが一番重要なんですけどね」
ヒロカがやれやれといった感じで肩をすくめる。
「別にいいんじゃないか?」
シャミニはのん気に笑みを浮かべていた。
「それじゃ、明日にでも機材を運んでプログラムを実行できるようにします」
「うん、頼むよ。くれぐれも上層部の連中にばれないようにね」
「わかりました。それじゃ」
シャルはうなずくと、研究室を出て行った。
翌日、すぐに機材が運び込まれた。
それほど大掛かりな物ではない。
大きさは普通のコンピュータと変わりなかった。
「こんなので記憶が戻るの?」
アーリスが怪しんで見る。
「大丈夫なんじゃない?」
ユウカは機材から伸びている電極のようなものをもてあそんでいた。
「じゃあ皆さん、ソファに腰掛けてください」
シャルが声をかけた。
4人はそれに従ってソファに腰掛ける。
そしてシャルは4人の頭に電極を貼り付けた。
「本当に大丈夫?失敗したりしないの?」
アーリスはまだ信用できないようだ。
「危険はありませんよ。失敗したら、記憶が戻らないだけの事です。成功すれば、今の記憶も維持したまま過去の記憶が戻りますよ」
シャルは機材の点検をしながら答える。
そして準備が整うと、モニターを見ながらキーボードのキーを叩いた。
モニターには4本の線が波のようにうねり、一定のリズムで動いている。
「何だか不安だなあ」
アーリスはそうつぶやいて自分の頭に取り付けられた電極を触った。
「何怖がってんのさ」
ユウカが呆れた顔で言う。
「そのまま楽にしていて下さい」
シャルはそう言いながら4人を見た。
全員が目を閉じて安静にしているのを確認して、カタカタとキーを打つ。
波打つ4本の線に、赤い色をした線が重なるように現れた。
やがて2種類の線が同じ動きになっていく。
「これで大丈夫」
シャルはつぶやいて、最後に実行キーを押した。
4人は深い眠りに入っているようだった。
モニターを眺めつつ4人の様子を観察する。
何か不思議な感じがした。
外見も中身も普通の人間と全く変わらないのに、それを構成する細胞は普通の人間には見られない特殊なものばかりだ。
確かに上層部の連中からしてみれば興味深い実験材料にしか見えないだろう。
しかし彼らは外見だけでなく、思考も普通の人間と変わらない。
彼らの正体には自分も興味があるが、それ以上に彼らのこれからに興味があった。
ずっと一緒にいて、それを見守って行きたいと思うのだ。
しばらくして、ユウカが身じろぎした。
そしてゆっくりと目を開く。
薄い紫の特徴的な瞳がシャルを見た。
「目が覚めましたね。気分はどうですか?」
シャルはにこやかな笑みを浮かべてユウカを見つめる。
「悪くないよ」
ユウカもシャルを見てにこやかに微笑んだ。
どうやら成功したようだ。
シャルは内心ほっとしていた。
やがて他の3人も目を覚ました。
全員、記憶はちゃんと戻っているようだ。
「皆もちゃんと記憶戻ったね」
ユウカはソファに座りなおすと、皆の顔を見渡した。
「戻ってます」
ヒロカが頷く。
アーリスとシャミニも頷いた。
「記憶は戻ったけど俺たちの正体は謎のままかー。でもまあとりあえず、俺たちは頭部を切断しても死なないというのはわかったよねー」
ユウカは呑気にそんな事を言う。
彼等の、不老不死かどうかを調べる実験は、頭部を切断してみるという簡単なものだった。
見届け人となった不運な人間はシャルである。
「他の死に方も試すつもり!?」
アーリスがぎょっとしてユウカを見つめた。
「まあそれは追々ねー。とりあえずはここから脱出するのが先じゃん?」
記憶が無事に戻っても、ここから脱出しない事には先に進めない。
「追々って······とりあえず、まずはどこの星に逃げるか、だよね」
アーリスが言う。
「ここの上層部は主要な星の研究施設と繋がってますから、逃亡先は慎重に決めたほうがいいですよ」
シャルが4人の頭から電極を外しながらそう言った。
「誰も知らないような辺境の惑星がいいな」
シャミニが言う。
「そうですね。それなら惑星リスタールはどうでしょう」
ヒロカが言った。
「リスタールですか。あそこなら施設の息もかかっていないですね。少し遠いですが、逃げ込んでしまえば安全でしょう」
シャルがうなずく。
特に反対意見もなく、逃亡先は惑星リスタールに決まった。
「色々と情報収集する必要があるな」
シャミニがつぶやく。
「一応、運搬船の発着時間の表とクルーの名簿は手に入れてあります」
シャルはそう言って、メモ代わりの透明な板を差し出した。
ヒロカがそれを受け取る。
「アーリス、どう?」
ユウカが訊く。
「えっと、発着場の構造、警備員の人数と配置位置、監視カメラの数と位置、非常用シールドの開閉装置の位置、それを解除する為の暗号、荷物のスキャナーのチェックなどなど······」
アーリスは指を折って数えながら言う。
「シールドを解除するための暗号なら手に入りますよ」
シャルが言った。
「それじゃ、そっち関係はアーリスに任せるよ」
ユウカはそう言ってシャミニとヒロカに向き直る。
そして何やら相談を始めた。
アーリスはわくわくと楽しそうにコンピュータの前に移動する。
コンピュータ操作は得意中の得意なのだ。
「まずはこの施設のメインコンピュータに侵入しなきゃね」
そうつぶやいて、キーを叩き始めた。
その横にシャルが来る。
「だいたいのセキュリティの暗号は知ってますから私に訊いてください」
「了解」
アーリスは元気にうなずいた。
そしてシャルに教えられた暗号でメインコンピュータに侵入する。
モニターに、シャトルや運搬船発着場の図面が現れた。
「まずは警備員の人数と配置場所。次は監視カメラの位置。シールドの開閉装置でしょ。格納庫なんかもあるね」
図面を見ながらアーリスはつぶやいた。
脱出など不可能なのではないかと思えるくらい、厳重な警備だ。
それほど、ここのトップ連中は情報が外部に漏れる事を恐れているのだろう。
「カメラとシールドはメインコンピュータが制御しているので、ここから解除する事もできますね」
「そうだね。ちょっと色々と細工しちゃおっと」
「荷物のスキャン装置にも何か細工をしておいたほうがいいですね」
「うん。えっと······後はこれでよし。これでいつでも侵入できるよ。ユウカたちの作戦に合わせて作動できるようにすればいいね」
アーリスは大きく伸びをした。
シャルはアーリスのコンピュータ操作に感心している。
いくら暗号がわかっていると言っても、侵入するのは容易ではない。
相手はこの施設のメインコンピュータなのだ。
侵入できたとしてもこんなに短時間でプログラムの変更をする事は、簡単にできる事ではない。
アーリスがコンピュータの操作を終える頃、どうやらユウカたちも相談を終えたらしかった。
「情報は手に入った?」
ユウカが訊く。
「ばっちりだよ。ここからメインコンピュータの操作もできるようにしたしね」
「頼もしいな。それじゃ計画を説明するよ」
そしてユウカはアーリスとシャルに計画の内容を説明した。
ユウカはにやにやと笑みを浮かべてシャルの反応を伺っていた。
「また大胆な計画を······」
シャルはため息をついて頭を抱える。
「面白そうじゃんっ」
アーリスは楽しそうに目を輝かせた。
「うん、面白いよ」
ユウカは自信満々にうなずく。
「運搬船のクルーの中に、懐かしい人物もいるようですしね」
ヒロカはそう言って意味ありげな笑みを浮かべた。
「ま、成功するんなら手段はどうでもいいんじゃないか?」
シャミニはのん気に無責任な事を言う。
「やっぱり、本当に記憶戻ってますね······」
シャルだけが複雑な顔で肩を落としていたのだった。
翌日。
運搬船へ運ぶ荷物を、係の者が研究室に取りに来た。
「すごい大きさですね」
係の男は、荷物の大きさに驚く。
3人がかりで運ばないといけないくらい大きな箱が2個。それより一回り小さな箱が多数。
「必要な物全部入れたからね」
ソファの上でユウカが答えた。
研究室の中はほとんど何もない状態になっている。
「かなり重いですから気をつけてください」
「一応、壊れ物も入ってるからな」
「ま、壊れる事はないだろーけどね」
「はいはい。丁寧に扱いますよ」
男はうなずくと、仲間を呼んだ。
数人がかりでそれらの荷物を運搬用カートに乗せる。
やがて荷物は全て運び出された。
ユウカたちはそれぞれくつろいだ様子でそれを眺めていた。
ユウカたちの荷物は厳しいチェックを受ける事もなく運搬船に運び込まれた。
しかしその頃、ユウカたちの研究室には非常用シールドが下ろされていた。
荷物の事を知ったトップ連中が、彼らが研究室を出る前にシールドを降ろしたのである。
4人は完全に隔離されてしまった。
そして、運搬船は彼らの荷物だけを乗せて施設から出発したのだった。




