とんだ雨宿り
降りしきる土砂降りの雨
もはや意味を成さぬ傘を差し
三人の男女は夜道を駆ける
「降るなんて聞いてないわよ!?」
「全くだ!」
「…………」
夏休みを利用したテーマパークへの遠征帰り、使い過ぎたお金を節約するため、駅から徒歩で自宅へと向かう途中酷いスコールに襲われたのだ。ケンタ、レナ、トモエの三人はバスに乗らなかった事を酷く後悔しながら走り続ける。
街灯だけが虚しく照らす山の雨音道を駆けていると、三人の眼にチカチカと消えては点く電飾の付いた立て看板が見えた。
――ホテル 儒教の館――
「もうこの際泊まろうぜ?」
笑顔で問い掛けるケンタ。雨で濡れたその顔からは謎の笑みがこぼれていた。
「ちよっと何考えてるのよ!! バカなの!?」
レナの長い金髪は既に雨でなびく事無くシャツは肌に張り付き嫌悪感で満ちていた。
「……クシュン!」
トモエのミドルの茶髪からは水滴が絶え間なく雫となり垂れている。体は冷え手土産を握る手に力が入らなくなってきていた。
「他意はねーよ。このままじゃあ三人とも風邪引いちまうぜ? それとも後二時間頑張って走るか?」
時刻は夜の七時。体は冷え切り、空腹に襲われていた。食べようと思って買っていたハンバーガーは既にびちょ濡れで食べることが出来なくなっている。
「……トモエ、どうする」
「寒い……お風呂で暖まりたい」
「徒歩の言い出しっぺは俺だから、俺が出すから泊まろう。俺も限界だ」
レナは一つため息をつき、仕方ないと言った感じで古臭いホテルへと入っていった……。
「いらっしゃいまし!!」
自動ドアを抜けると眼鏡のこれまた胡散臭そうな細身の従業員が出迎えた。三人を見るなり事情を察した様子で急いでタオルを手渡し、部屋へと案内を始めた。
「こちらのお部屋をどうぞ♪」
ドアを開け、部屋へと入るレナ、トモエ。そしてケンタは従業員にこっそりと呼び止められた。
「可愛い子達ですね。へへ、これサービスです♪」
ケンタは手渡された小瓶を見ると、そこには『元気一発 赤マムシ』と書かれていた。
「あ、ありがとうございます……」
ケンタは微妙な気持ちになりながら眉をひそめた。
「それと……ヤる前に部屋にアトラクションがございますので、是非ともご利用下さい。盛り上がる事間違い無しですよ♪」
「は、はぁ……」
ケンタは渋い笑顔でドアを閉めた。
「ごゆっくりどうぞ~♪」
従業員のクドい笑顔がケンタを心なしか不安にさせた。
「店員何だって?」
部屋ではレナがシャツとズボンを脱ぎ、下着姿になっていた。ケンタはフイと目を逸らしハンガーに干されたレナのシャツへと目を移した。そして気付く。ベッドが一つしか無い事に……。
「へ、部屋に面白い何かが置いてあるってさ……。ところでトモエは?」
「シャワー浴びてるわ。覗いたり耳を澄ませたり嫌らしい事考えたら殺すわよ? そして殺すわよ?」
ケンタはレナの方を見ることはしなかったが、その顔は悪鬼羅刹の如く恐ろしい物になっていた。
「私も次入るから、アンタは最後よ」
「へいへい……」
挙動不審に動くケンタの目は、部屋の片隅に置かれた謎の円柱型のガラスケースに留まっていた。
「……合体マシーン?」
ラミネートで書かれた説明書きには『お互いの体がくっつくよ!』とあった。
「……アホくさ」
そしてケンタは脱衣所から聞こえてきた声に、思わず注意を奪われた。
「くっ! 何よこれ……何をどうしたらこうなるの!?」
「え~っ、レナちゃんのだって可愛いと思うなぁ~」
脱衣所から聞こえてくる女子トークに、ケンタは思わず息を吞み、ポケットから『元気一発 赤マムシ』を取り出し一気に飲み干した。
「ごめんね。お風呂先に入っちゃった」
出て来たトモエは昼間にテーマパークで買った可愛らしいウサギのキャラクターがプリントされた大きなシャツを着ており、シャツに隠れて見えないが下はパンツを履いている。
「いや、良いんだ。風邪引いちまうからな……」
ケンタはトモエの体から目を逸らし後ろを向いた。トモエの豊満な豊満の豊満豊満は正直に言うとケンタの目には猛毒であった。三人で誰かの家に泊まることは今までも度々あったが、ここまでガードが緩い服装は初めてであり、ケンタは並々ならぬ妄想に頬を叩いて正気を取り戻そうと必死になった。
「……それなぁに?」
トモエはテクテクと部屋の隅に置かれたガラスケースへと歩み寄った。濡れたままの髪がケンタの劣情を誘おうとする。何よりシャツに隠れて見えない下着と丸見えの生足がテトロドトキシンより遥かに危険な毒としてケンタの脳を刺激する……!
「……殺すわよ?」
「ヒッ!!」
ケンタは思わず情けない声をあげてしまった。いつの間にかシャワー終えたレナが後ろで腕を組み凄まじい笑顔でケンタを見つめていたのだ。トモエと同じく昼間に買ったシャツにプリントされた『スタープリンセス☆プリティラビット』が酷く不釣り合いだ。シャツはレナにピッタリなサイズなので、こちらはパンツが丸見えではあったがケンタは特に気にならなかった。
「レナちゃん、これ面白そう」
手招くトモエの隣に行き、ガラスケースを見るレナ。
「いや、全然……」
バッサリと切り捨てるレナ。
「一回だけ! 一回だけやってみようよ!」
ケンタは『一回だけ』の台詞に唯ならぬ何かを感じたが、トモエが一度ごね始めると止まらないのを知っていた二人は、渋々承諾した。
「一回だけだからね……」
「……何も起きねぇと思うけどな」
「へへ、何が出るかな♪」
三人は思い思いに円柱型のガラスケースへと入り、狭い空間に身を寄せる。
「変な所触ったら殺すからね。そして殺すからね?」
「はいはい……」
「スイッチ押すよぉ~♪」
トモエが内側のスイッチを押すと、上部から白い煙が噴射され視界が奪われた!!
「な、何よこれ!?」
「煙だな……」
「~♪」
暫くしてガラスケースの扉が開き、ケンタはヨロヨロと地面へと転がった。
「ゲホゲホ……! 大丈夫か二人とも!?」
「……な、何とかね」
「何か分からないけど楽しい♪」
煙が晴れ、視界が戻ったケンタの目に映ったのは驚きの光景だった―――
なんとケンタの右手がレナの上半身に変わってしまったのだ!!
「……へ?」
「……ん、どしたの?……って何よこれ!!!!」
慌てて左手で右手を触ろうとした瞬間、ケンタは更なる衝撃に襲われた―――!!
なんと、左手がトモエの上半身に変わってしまっていたのだ!!
「……えぇ~?」
「……え? 何々? ……アハ! 何これ♪」
パペット〇ペットみたいな状態に慌てふためくケンタ!
「なんだコレ!? 俺の手が! 俺の手がぁ!!」
部屋をバタバタと駆けるケンタ。同じく何が起きたのか理解に苦しむレナとトモエ。三人が落ち着くのに暫しの時を有した…………
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