第四話 子供たち
きゃらきゃらと笑う声が二つ、それなりに広い部屋に響く。その声の発生源である、ピーターと呼ばれた青い鳥男にしがみついて遊んでいる子供を祐介はぼんやりと眺めた。
焦げ茶色の髪を持つ子供だった。年の頃はまだ五、六歳程度だろうか。二人ともピーターにしがみついているため、顔はよく見えない。しかし髪の隙間から覗く輪郭と耳の小ささから、きっと小顔の可愛らしい子供なのだろうと祐介は想像する。そんな二人の顔の小ささとは裏腹にその両手は大きい。何せ、その両手は立派な茶色の翼だったからだ。
……ん? 翼?
祐介がそんな疑問を抱いた時だった。
「……? オカアサン、ソノヒト、ダレ?」
「ソノヒト、エリフ?」
カタコトの日本語が祐介の耳に届いた。
祐介がその内容を脳内で精査している間に、子供たちはトコトコと恵美の元にやって来る。そして子供らしい無遠慮さで、ベッドに座る祐介の顔をじっと見つめた。
ようやく見ることができた二人の子供は姉弟だろうか? 背が高い方が女の子、低い方が男の子のようで、祐介の想像通り可愛らしい顔をしていた。なんといっても特徴的なのはぱっちりとした二重だろう。そう、ちょうどそこにいる恵美の目元にそっくりだった。
「……ん? んんん~?」
そう。恵美にそっくりだったのだ。
「え、この子たちはどなたのお子様でいらっしゃいますか……?」
祐介が思わず丁寧語で尋ねてしまったのも仕方のないことだろう。それほどまでに彼は混乱していた。
両腕が翼の、恵美そっくりの顔立ちの子供。祐介はその茶色の翼もどこかで見た覚えがあった……いや、現在も視界の端にちらついていた。
祐介が子供たちを凝視していると、恵美が可愛らしくはにかんで爆弾発言を投下する。
「この子たちはミユキとナツキ。私とアントンの子供よ。だから、祐くんにとっては再従兄弟になるのかな?」
ああ、やっぱり。
祐介は与えられた情報量に耐えきれず、そのまま意識を手放したのだった。
***
「……あれ? 祐くん?」
体を起こしたままの状態で器用に気絶した祐介を見て、恵美は思わず声を掛けた。しかしもちろん返事が返ってくるはずもなく、その声は部屋の中で虚しく響くだけだった。
「気絶……してるみたいね」
アリアが祐介の顔を覗き込み反応がないのを確認すると、その体をそっとベッドに横たえさせた。
「元々ひどい高熱にうなされていたみたいだし、無理が祟ったんでしょう」
アリアは祐介の額と首元に手を当てながら言う。彼女の手のひらには祐介の高い体温が伝わっていた。
「いやーしっかし、この異世界人がまさかエミーの知り合いだったとは」
「うん。谷口祐介くん。私の従弟になるの」
アントンの言葉に恵美が頷く。恵美は二十年ぶりに再会した己の血縁者である祐介を見つめると、優しい笑みを浮かべた。その笑みを見たアントンは少しだけ顔をしかめる。そんな彼の様子に気付いたピーターが、からかうような声音でこう言った。
「たいちょー、アントン隊長ー。恐い顔してますよ? 嫉妬ですか?」
「うっせ! あと、お前は俺の部下なんだから、アントンじゃなくてアントニオと呼べ!」
「ケチー」
「ケチじゃねえよ!」
アントン……アントニオはピーターに対して叱咤するが、叱られた当の本人はどこ吹く風。アントニオはそんなピーターを見て、はぁ、と溜息を吐いた。
「とりあえず、この……えーっと、タニグチ・ユースケだったか? この異世界人についてもう一度上に報告してくるぜ」
アントニオのその言葉を聞いてアリアが祐介から視線を外す。そしてアントニオの方に顔を向けてこう言った。
「アントンは分かってると思うけど、彼、私たちの言葉が分かってないみたいだからそれも含めて報告お願いね」
「おう。しっかし、精霊から祝福されてないとこうも言葉が通じないか……でも、なんで俺たちにはこいつの言葉が分かるのかね?」
「理由なんて分からないわよ。そもそも、精霊に見放された土地で発見したんでしょう? あの土地で異世界人が見付かるなんて今までなかったのよ。彼が初めての事例だから、他にも何かイレギュラーなことがあるかもしれないわ」
「んじゃ、お前のその懸念も一緒に上に伝えておく」
アントニオはそう言うと部屋を後にした。それを視線で追っていたのは彼と恵美の子供であるミユキとナツキだった。アントニオを見送った子供二人は互いに顔を見合わせると、くいくいと恵美の服の裾を引っ張る。それに気付いた恵美がどうしたのだろうかと二人に顔を向けると、子供たちのお腹からくぅ、という可愛らしい音が聞こえてきた。
「おかあさん、おなかすいた」
「すいたー」
「あらあら、もうそんな時間なのね」
恵美は子供たちの頭を撫でてから、今は眠っている祐介の頭も撫でる。そしてアリアに向き直ると、ちらりと祐介を見てからこう言った。
「私、もう帰らなきゃ。祐くんのことお願いね」
「ええ、任されたわ」
アリアの頼もしい返事に恵美は小さく笑うと、子供二人を連れて部屋を出て行った。これで、部屋に残っているのは気絶している祐介を除けばアリアとピーターだけになった。
ピーターはゆっくりと祐介が寝ているベッドに近付くと、どこか不安そうにアリアに尋ねる。
「アリアさん、彼、高熱だってことですけど……大丈夫なんですよね?」
「ええ、大丈夫よ。まだまだ熱は高いみたいだけど、ここに連れてこられたばかりの時よりは良くなってるわ」
「そうか……それなら良かった」
ピーターはほっと胸を撫で下ろすと、自分も仕事に戻ると告げ部屋を後にした。こうして、この部屋には気絶した祐介とアリアだけが残される形となった。
規則的に上下する祐介の胸を見て、アリアはふう、と息を吐く。
「アントンは機嫌悪くなりそうだけど……彼の面倒はエミーに見てもらうことになりそうね」
雑な性格をしているくせに意外と嫉妬深い幼馴染の姿を想像し、アリアは大きく溜息を吐いたのだった。