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第二話 再会

 なんか変な夢だったなぁ。これも高熱のせいだ、うん、そうに違いない。


 薄っすらと覚醒した意識の中で、祐介は先ほど目撃した内容を夢だと結論付けた。

 それにしても、と祐介は思う。とても現実味のある夢だった、と。己の貧弱な想像力で、どうしてあそこまでリアルな鳥男を生み出せたのか疑問にすら思っていた。

 祐介が想像の中で生み出したと思われるあの鳥男は猛禽類、それも鋭い眼光と(くちばし)を持つ(わし)のような風貌をしていた。顔を覆う羽の色は黒に近い茶色で、嘴は鮮やかな黄色。普通の鳥とは違い髪のようなものがあったのだが、それも顔を覆う羽と同じ色をしていた。その髪のようなものは頭の高い位置で一つに結ってあり、ゆらゆらと揺れていた。他には赤い胸当てのようなものを身に付けていた。その胸当ての材質は金属ではなく皮のようで、その下には布製であろう服を着ていた。残念なことに横になっている状態の祐介の視界では下半身は見えなかった。おそらくはそこが彼の想像力の限界だったのだろう。しかし、鳥男が背中に大きく無骨な弓のようなものを背負っていたのは覚えていた。胸当てと弓を装備していたことから、たぶん弓兵か何かだろうと祐介は見当をつける。狩人というには無理があるくらいに威圧感のある外見をしていたからだ。そこまで考えて、祐介は心の中で「もちろん全部俺の想像なんだけどね」と呟いた。


 ――だから、俺の頭上で交わされる謎の言葉の応酬は、きっと気のせいなんだ!


アイラ(アリア)アドゥオダフ(その異世)スオィオンニ(界人の様)ジアケシオノス(子はどうだ)?」

アウィアネマゼマダ(熱は下がったけど)モデカッタガサフテン(まだ目覚めないわ)

アクオス(そうか)


 祐介が夢の中で聞いた鳥男の声と、もう一つは女の人の声だろうか、二人の人物が何やら言葉を交わしている。まあ気のせいなのだが、と祐介は無視を決め込んだ。


ノトナ(アントン)エヌオォセ(あなたこ)ディアニエッ(の異世界)タクタイヌタ(人を雑に扱)ゾゥニジアケ(っていない)シオノカタナ(でしょうね)? アラカドニ(異世界人)オォアゴノマ(には繊細)ニアスネサヒ(な者が多)ンニジアケシ(いんだから)

エットゥアク(さすがの)タイニエニエ(俺でも人)タォネグニノメ(間は丁寧)デロォナグサス(に扱うって)!」

アカドゥオド(どうだか)……アタナ(あなた)イアナジュ(前科があ)ラアガクネズ(るじゃない)イニコトニィメ(エミーの時に)

アアイィ(いやぁ)アナラカッタ(あの時はま)カカウォメロ(だ俺も若か)アダマヒコトナ(ったからな)……」


 気のせい気のせい、と祐介は心の中で呟き続ける。しかしそんな祐介の思いも虚しく、彼の頭上で会話は続く。

 そしてとうとう、彼は我慢ができなくなった。


「……何言ってんのか分かんねーよ!」


 祐介は思わず叫んで目を見開いた。

 現実を受け入れられない祐介の目に飛び込んできたのは、夢の中で見たのだと思い込もうとしていた鳥男と、その鳥男とはまた違った文鳥のような顔立ちの、薄桃色の羽を持つ鳥女だった。

 突然起きて声を上げた祐介に驚いたのか、二人は目を丸くして彼を見つめる。祐介、鳥男、鳥女、三人の動きが固まりそのままの体勢でたっぷり十秒ほど経っただろうか。鳥女は艶やかな黄色の丸い瞳を戸惑いに揺らしながら、おずおずと祐介に話し掛けた。


アワッタコィ(目が覚めて)ェテマサゲム(良かったわ)オデカドロコテ(と言いたい)ィアティイオト(ところだけど)……アリサコナヌオト(今の言葉は本)ノハハボトコナミ(当なのかしら)?」


 落ち着いた鳥女の声に祐介は冷静さを少しずつ取り戻す。そして冷静になるにしたがって、目の前に広がるありえない光景に頭を抱えることとなった。


「おいおい、マジかよ……やっぱ夢じゃなかったのか……鳥人間とか嘘だろ……」

アー(あー)アニイサクタ(鳥人間っ)ナボトケット(て言葉懐)ネネグニニロト(かしいな)ァアナテドノユ(エミーもはじ)オソトコネロアウ(めは俺のことそ)ェミジャホミイメ(う呼んでたなぁ)

イアネルケテ(ちょっとア)ッタマダゥノ(ントンは黙)トナオットィト(ってくれない)?」


 頭を抱えた祐介を見て鳥男が何やら言うが、鳥女が睨みを効かせたことで口を噤んだ。それから鳥女は祐介をじっと観察し、一つ大きく頷いた。


ムゥ(ふむ)……エラキラッパィ(やっぱり彼)エニアティ(私たちの)ミアナラカ(言葉が分)ワガボトコニ(からない)タティサタゥ(みたいね)

アラカテク(精霊に見)ティメディト(放された)タテラサナヒ(土地で見)ミニエリエス(付けたから)アガッタディ(祝福がさ)アニエトゥオ(れてない)シミウラアヲ(のはある)ニアネテラサ(意味想定)グクフクィス(内だったが)……エナコヌラカ(それならな)ワウィニタテ(んでコイツ)ロアガボトコ(の言葉が俺)ヌティオケド(たちには分)ナナラネロス(かるのかね)?」

エノロコトゥ(それは確)ラニニキナキ(かに気にな)サタウェロス(るところね)エナワッ(でも困)タモコメド(ったわね)……アアジュニアニ(言葉が通じ)ジュウタガボトク(ないんじゃあ)イアナジアニ(説明したく)ケドメトゥカ(てもできな)ティシエムテス(いじゃない)()オメドゥ(でも)エラク()エネミオル(黒髪に)キニマコルク(黒い目ね)オデクルソミク(どことなくエ)レティニニィメ(ミーに似てる)ウカノトコドゥ(気もするけど)……アウィアネリ(もしかし)ソマクレティ(て彼女と同)カラキアケシジ(じ世界から)ャノオトジョナ(来てるかも)ケティサキソム(しれないわ)アウィイメ(今日は)アゥウオィク(エミーは)?」

ウレティモ(家で子)ゥウオドネモ(供の面倒)ノモドケデイ(を見てる)

イアドゥオ(急いで連)ィテティケテ(れて来て)ルテディオシ(ちょうだい)

イエヒエェ(へいへい)アドゥタィイア(相変わら)ラアギアクゾテ(ず人使い)ィフザラワキア(が荒い奴だ)


 鳥人間の二人は何やら会話を交わすと、男の方が部屋を出て行った。

 部屋の扉が閉まるのと同時に、辺りが静寂に包まれる。居心地が悪くなった祐介は、鳥女をなるべく視界に入れないようにして部屋の様子を眺めることにした。

 まず、祐介が横たわっているベッド。祐介が自宅で使用しているベッドよりもはるかにふかふかで全身を包み込むようでありながら、ほど良い弾力があるため寝返りも簡単に打てる。祐介の体を覆っているのもかなり上質な羽毛布団で、軽くて柔らかいがとても暖かい。あまりの寝心地の良さにこのまま二度寝を決め込もうかと祐介は考えたが、鳥女の視線が己に突き刺さっているのを感じて眠れそうにないと判断した。

 次に、祐介は頭を左に向ける。彼の視界に飛び込んできたのは、桶とタオルが置かれた木製のサイドテーブルと石造りの壁だった。次に右を向けば、薄いレースのカーテンで日よけのされた大きな窓が見えた。ベッドに横になっている状態では、窓からは青い空しか見えず、外の状態を伺うことはできなかった。

 今度は足元の方に意識を向けてみる。パチパチという音と木が燃えているような臭いが祐介の鼻の奥にツンと沁みた。室内で焚き火をするなどという馬鹿げたことはしないだろうから、これは暖炉なのだろうと祐介は考える。

 それにしてもずいぶんと広い部屋だ、と祐介は思った。目測だが、自宅の二倍以上の広さがあるように彼は感じていた。

 部屋を眺めてしまったら、他にやることが無くなってしまった祐介。彼は仕方なく目を閉じ、眠気が訪れないか試してみることにした。

 まぶたの裏を刺す光がじわじわと闇に飲まれていく。その感覚が祐介をなぜか不安にさせた。やがて光が全て闇に飲まれたその時、祐介の頭の中で声が響いた。


――エテクサト(タスケテ)――


 頭の中まで意味の分からない言葉に支配されてしまったのか。

 祐介はそんなことを考えて、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるのだった。


  ***


 ガチャリという扉が開く音と二人分の足音が聞こえたことで、夢の世界に旅立ちつつあった祐介は目覚めた。あの鳥男が戻って来たのだろうか、なら、もう一つの足音は誰のものだ? 祐介はそんな疑問を抱き、薄っすらと目を開けた。まだ頭がぼんやりするため焦点が定まらないが、頭を動かすくらいなら今の祐介でも問題なくできる。

 頭を動かし足音が聞こえた方へと目を向けると、若干滲む視界に先ほど部屋を出て行ったはずの鳥男と、明らかにヒトの形をした女性が立っていた。


エザティケテルト(連れて来たぜ)

ウオタギラ(ありがとう)

「アリア、彼がアントンが言ってた異世界人?」

エエ(ええ)


 ぼんやりとしていた祐介の耳に、もっとも馴染みのある言語……日本語が聞こえてきた。それを理解した瞬間、祐介は驚き思わず飛び起きる。そんな彼を見て、ヒトの女性が驚いたように目を丸くした。


「そんなに急に起きて大丈夫?」


 ヒトの女性は祐介に近付くと、心配そうに顔を覗き込んでくる。ようやく焦点が合った祐介の目には、彼女の姿がはっきりと映っていた。

 彫りは浅いが、それなりに可愛らしい顔立ちの妙齢の女性。艶のある黒髪をボブカットにしたその女性の顔に、祐介は既視感を覚えた。


 それは、幼い日の遠い、しかし忘れられない記憶。

 二十年前、己の目の前で突然消えた、大好きな従姉(いとこ)のお姉ちゃん。


恵美(えみ)姉ちゃん……?」

「あれ? なんで私の名前……んん? え、もしかして祐くん?」


 女性が祐介の名前を呼んだその瞬間、緊張の糸が切れたのだろう、彼の両目からとめどなく涙が溢れ出す。

 止めようと思っても止められないその涙には、祐介の二十年分の思いが詰まっていた。

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