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俺の翻訳機能がバグってる 〜異世界観光、時々デバッグ〜  作者: シンカワ ジュン
俺の翻訳機能がまだバグってる 〜光の国・ライティ〜
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第十五話 麓へ

「……ハ?」


 え、うん? あたしの読み間違いかしら? 嘘でしょ? ……ええっ!?


 ルルが混乱した様子でそう言うのも無理もないと、目の下にうっすらと隈を作っている祐介は思う。「え、え」と言葉にならない声を漏らすルルの様子を祐介はぼんやりと見つめながら、彼女がそうなってしまった原因を思い出していた。


  ***


 昨日王城へと飛び立ったピーターが宿に戻って来たのは、そろそろ日が昇ろうかという早朝のこと。その時間、クレアとルルはまだ夢の中であったが、祐介はことの行方が気になって仕方がなかったためか、ほとんど眠ることができないままにピーターを出迎えることとなった。目の下にうっすらと隈をこさえた祐介を見たピーターが「もしかして心配掛けたかい!? ごめんね!」と、自分も疲れているだろうに秘蔵の滋養強壮薬を取り出すと彼に与えたのだが、その薬の味といったら筆舌に尽くしがたい。良薬口に苦しとは言うが、これは苦すぎる上に生臭く、薬でなければ一生口にしたくない代物だと必死に飲み込みながら祐介は思っていた。

 祐介が薬のあまりの不味さに寒気を感じ体を震わせていたその時、ふぁ、と小さいあくびを一つしてルルが目覚めた。どうやら二人のやり取りで起こしてしまったらしい。


「ンモウ、ウルサイワヨ……メガサメチャッタジャナイ」


 ルルは小さな手で目をこすり、ううんと伸びをする。そしてピーターを視界に収めると、ぱぁっと可愛らしい笑顔を浮かべた。


「ア、ダーリン! オハヨウ!」


 ルルは彼女の体の大きさに合っていないベッドから降りると、軽い足音を立ててピーターに近付く。そこで何かに気が付いたのか、うん? と小さく首を傾げた。


「アラ、ダーリンッタラ、ハネノツヤガヨクナイワ。チャントヤスメタノ?」


 疲労回復の魔法を掛けてあげようか?


 その言葉に、祐介とピーターの二人は曖昧な表情を浮かべることしかできなかった。何せ、ピーターが疲労しているのは事実だからだ。

 昨夜ルル達が寝静まってから、ピーターは王城へ向けて飛び立った。暗闇の中の飛行は兵士であるピーターでも通常よりも神経を使う。そうして神経を尖らせたまま日を跨いだ頃に王城にたどり着いた彼は、内心申し訳なく思いつつも一人の文官を叩き起こし、ファンナで出会ったライティの光の巫女であるルル、そして彼女がウィンディアへとやって来た目的を伝えた。それからピーターは少しばかりの休憩に入ったのだが、その間国の上層部はてんやわんやの大騒ぎであったそうだ。


「はは、実はさっきまで所用で外出してたんだ」

「マアッ! ダーリンッタライソガシイノネ。デモ、ヤスメルトキニハチャントヤスマナキャダメヨ?」


 君のせいで用事ができたんだけどな、祐介は喉まで出掛かっていたその言葉を飲み込んだ。


「心配してくれてありがとう。ルルは優しいね」

「ンモウッ、ダーリンッタラ、クチガジョウズナンダカラ!」


 きゃっ、と可愛らしい声を上げて頰を染めるルルは実に可愛らしい。そんな彼女の姿を見て困ったように笑うピーターは、先ほどまでのやり取りを踏まえてもやはりいい男である。

 ピーターは笑顔を浮かべたまま小さく息を吐き出すと、意を決したように一つ頷いた。そして腰に提げている少々大きめのポーチから、何やら一通の手紙を取り出す。その手紙にはウィンディア王家の紋章で封蝋――祐介にはそれが王家の紋章だと即座に理解できなかったが――がなされており、その物々しい雰囲気から重要な文書だということが一目で分かるものだった。

 その手紙を視界に収めたルルがえ、と声を漏らし、思わずといった様子で小さな両手を口元へと持っていく。そして恐る恐る、少しだけ震える声でピーターに尋ねた。


「アノ、ソノオテガミノモンショウッテ、マサカ……?」

「ああ、光の巫女であるルルはやっぱり知ってたかい。うん、これはね、ウィンディアのクリストファー殿下が君宛にしたためた手紙だよ」


 まさかの言葉にルルだけでなく祐介も仰天する。実はこの騒動、最終的には就寝中だった国王であるアーロンや王太子のクリストファーも巻き込んだらしい。真夜中の騒ぎで目覚め、報告された内容に頭を抱えただろう両名の姿は想像に難くない。そしてそんな二人のうち、王太子であるクリストファー自ら異国の巫女であるルルに手紙を書いているのだから、その内容も祐介が想像しているものでおおよそ間違いはないだろう。


「エット、コレ、ヨムノ?」

「読んでもらわないと逆に困るかなぁ」


 ルルの疑問の声にピーターは柔らかい口調で答えるが、そこには有無を言わさぬ迫力がある。なるほど、これがイケメンのみが持つとされる圧か……などと、祐介はぼんやりと考えていた。

 祐介の視線の先には無言で手紙を読むルルの姿がある。心なしか顔色が悪いようだが、それはおそらく気のせいではないのだろう。


「ルルには悪いことしちゃったなぁ……」


 こそ、とピーターは祐介に耳打ちした。


「僕が彼女のことを報告したら、まあ当然だけど城が大騒ぎになってね。本当は光の大精霊様に拝謁する許可をいただく際に、陛下から預かった手紙をライティの国王陛下にお渡しする予定だったんだけど……」


 光の巫女であるルルが先にウィンディアに来ちゃったから、ピーターはそう言って苦笑する。

 祐介はもともとそういう段取りだったのかと、ここで初めて気が付いた。一言もそういった話を聞いていなかったのだ。内心複雑な思いもあるが、それよりも、とずっと気になっていたことをピーターに尋ねた。


「昨日から『光の巫女』って何回か出てるけど、具体的にはどういう人なんだ?」

「ああ、ユースケはまだ知らなかったか。光の巫女っていうのはね、神託で選ばれた女性だけがなれる、光の大精霊様に仕える神官のことだよ」


 ピーター曰く、光の巫女は教会の中でも特別な地位にあるとのことだ。彼女たちは教会所属ではあるが、光の大精霊の指示でしか動くことはない。たとえ自国の王や教皇であっても、光の巫女には命令を下せないのである。

 その説明を聞いた祐介の感想は「結構なお偉いさんなんだな」だった。それにしては、旅費をあまり支給されていないようだが。


「……ハ? エ、ウン? アタシノヨミマチガイカシラ? ウソデショ? ……エエッ!?」


 綴られている内容に混乱しているのか、ルルは手紙を何度も読み返す。彼女の視線は手紙と未だ気持ち良さそうに眠っているクレアとを行き来している。ルルのまん丸の可愛らしい空色の瞳は困惑で揺れていた。


「エ、ネェ、ホントナノ? クレアガ……ソノ、カゼノダイセイレイサマッテ……?」

「ああ、残念ながら、な」

「ウッソデショ……」

「まあ、そういうわけで僕たちはライティに向かってるんだ」


 ごめんね、黙ってて。

 ピーターのその謝罪の言葉は、ルルの耳には届いていないようだった。


  ***


「なんだ、妾のことを話してしまったのか」


 知られてはいけないのではなかったのか? クレアの疑問の声はもっともであるが、事情が事情のため仕方がないと祐介とピーターは肩をすくめた。


「こればっかりなぁ……ルルに悪いと思ったし」

「それに、光の巫女である彼女と一緒に居れば、光の大精霊様への謁見もスムーズになるんじゃないかっていうのもあるしね」


 二人の言葉にクレアは「ふむ、まあ良いのではないか?」とあまり気にしていないらしい返事をする。この旅に出る前に、ウィンディア国王であるアーロンから正体を隠すように言われているとはいえ、彼女自身は別に正体を知られても構わないと思っているのがよく分かった。


「まあ、そういうわけだから、これからライティまで彼女と一緒に旅をすることになったんだ」

「そうか。ふむ、よろしくな、光の子よ」

「エ、エエ、ヨロシクオネガイシマス、カゼノダイセイレイサマ」

「む、妾を『風の大精霊』と呼んではいかんぞ。妾は今『クレア・テア』と名乗っておる。お主もそう呼ぶがよい」

「ハ、ハイ、クレアサマ」

「うむ」


 昨日もこんなやり取りを見たな、そんなことを思いながら祐介は荷物を背負う。


「それじゃ、早いけど出発しようか。ご飯は近くに屋台が出てるみたいだから、そこで何か買っていこう」


 そう言ったピーターを先頭にして、祐介たちは格安宿を後にする。そしてその宿屋の近くに並んでいた屋台からは味付けした豆を包んで揚げた芋のパン、朝一から営業している青果店からは昨日も食べた柿の味がするりんごを購入して、それを朝食とした。


 それからルルを加えた祐介たち一行は、祐介が昨晩の気疲れと寝不足で本調子ではないことと、ここからの道程が昨日よりも険しくなることから、空籠を利用し(ふもと)の村まで下りることになった。いつか乗ったものよりも質の良い空籠なのは、祐介の尻に……というよりは、小柄な女性であるルルに対しての配慮であろう。

 空籠に乗り込んだ祐介たちは、なかなかに快適な空の旅を楽しんだ。薄雲を抜けた先に広がるのは、(つるぎ)のような岩山。その岩山を流れる清らかな川は命の運び手でもあるようで、上流から下流に行くにつれて剥き出しの岩肌が緑色に変化していた。更に標高が低い位置になると天然の森も増え始め、麓になると一部が樹海と言えるほどの緑の濃さだ。

 この空の旅、またしても空籠の運び手たちが何やら驚いたような表情を浮かべていた。やはり彼らも、先日の運び手たちと同様にいつもより調子が良いらしい。こうなるととても偶然とは思えず、祐介の視線が自然とクレアに注がれた。その視線に気が付いたクレアはというと、即座に否定の言葉を紡ぐ


「妾ではないぞ」

「……本当に?」

「むしろ、なぜ妾が我が子らに特別に力を貸さねばならんのだ」


 今の妾は己のことだけで手一杯だぞ!


 そんな風に力強く言われてしまっては、祐介もそれ以上の追求はできなかった。


 かくして予定していた時刻よりもはるかに早く麓の村に到着した祐介たちは、早めの昼食を摂ろうと移動を開始する。その道中、広場が何やら騒がしいことに気付き、いったいどうしたのだろうかと祐介たちは互いに顔を見合わせた。

 広場にはドニゥの男性たちが集まっている。そのうちの一人は腕に包帯を巻いており、まだ怪我が新しいのか赤い血が滲んでいた。


「なんで『ラオブ』が山を下りて来たんだ?」

「畑は無事なんだろ? なら、餌には困ってないはずだし……」

「あいつらの縄張りに入ってもいないんだよな。まさか、()()()が始まったってのか?」

「まさか! 凶星も出てないし、国からお触れもないじゃないか!」


 難しい表情をして話し合う男性たち。祐介はその内容に興味を覚えたのと同時に、凶暴化などという物騒な言葉に若干の恐れを抱いた。


「なあ、凶暴化ってなんだ?」

「言葉の通り、魔物が凶暴化することをいうんだよ。魔物は基本的に気性が荒いんだけど、こちらから彼らを刺激したりしない限りは襲ってくることはないんだ。だけど、時々凶星……黒い大きな星が空に輝くと、魔物が見境なく破壊活動を行うようになる。人も襲われるし、村や町が廃墟になるのも一つや二つじゃないんだ。まあ、僕も聞いた話なんだけど」


 ピーター曰く、最後に魔物の凶暴化が起こったのはもう三十年は前のことらしい。ウィンディア国内も荒れたが、山という天然の要塞もあってか他国よりは被害は軽微だったとのこと。


「先を急がないといけないのは分かってるんだが……」


 祐介は言いながらちら、とピーターに目配せする。その視線に気付いたピーターもどうやら祐介と同じ考えだったらしい。ふふ、と小さく笑うと仕方ないよね、と口を開いた。


「魔物が村まで下りてきてるなら兵士としては見過ごせないしね」

「俺が戦うわけじゃないから、ちょっと申し訳ないが……いいか? ピーター」

「もちろんだよ。そういうわけだから、いいかい? 二人とも」


 そう言って、クレアとルルに確認を取るピーター。二人は特に依存は無いようで、頷くことで同意を示す。


「ソレジャ、カレラニハナシヲキキニイキマショ。ツイデダカラケガモナオシテアゲルワ」

「いいのか? その、魔法での治療って結構高いんだろ?」

「キョウカイデウケルトナルトタシカニタカイケド、アタシハソコマデシュセンドジャナイワヨ。ヤスウリモシナイケドネ」


 魔物退治もしてあげるんだから、お昼ご飯くらい奢ってもらいましょ。


 あっけらかんと言い放ったルルは、早速男性らの元へと歩いていく。そんな彼女の後ろを祐介たちは慌てて付いて行った。


 こうして、祐介は初めての魔物退治に赴くことになったのである。

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