幸せのクローバー
茶碗蒸し食べたいな……
午後の日差しも大分優しくなってきた。
「豆腐料理が食べたいわ」と思い出したかのように言い出したユカイを連れて、トレイシーは例の豆腐屋へ向かっていた。買い出しは昨日済ませてしまったので、今日は豆腐だけを買いに行く。
「また冷奴ですか?」
「そうねー、今考え中……う━━ん……」
そんな考えるふりをしなくても、メニューは決まっているに違いない。ただ考えているようにしているだけなのだ。
豆腐屋に着くと、ユカイは干してあるおからをチェックし始めた。トレイシーは豆腐屋の戸をガラガラと開ける。
「あれ?誰もいない。ごめんくださ━━━い!」
トレイシーのよく通る高い声が響いた。
「あー、ごめんなさい。今いきます。」
奥からおばばの声が返ってきた。なんだか今日は油のいい香りがする。
「油揚げたっぷりのお味噌汁もいいわね。」
ユカイがいつの間にか背後で呟く。
「はいはい、お待たせしました。あら、トレイシーちゃん。いつもありがとね。」
「いえいえ、ここのお豆腐を一度食べたら、もう他のお豆腐なんて食べられませんよ!」
なぜかトレイシーが胸を張る。
「あら、まーまー。じゃーインドネシアでも、お豆腐屋さん始めようかしらね?」
と二人で笑っていると、
「ところで、奥で何を作っているのかしら?」
とユカイは言った。
「油揚げとね、あと、おからのドーナツよ。」
「おからのドーナツ!!」
トレイシーが一際大きな声を出した。
「おらかって、あの外のあれですよね!ドーナツ作れるんですか!?」
おばばがトレイシーに気圧されている。
「レシピを教えてください!!」
おばばはにっこり微笑んだ。
帰り道でのこと。
「レナ様、レナ様の目的は茶碗蒸しですね?」
ユカイはフフフと軽やかに笑った。
トレイシーはおばばらしくないキャラクターのメモ帳に、おからのドーナツの作り方を書いてもらった。料理についての日本語は、何となく予想が着くから読みやすい。
それにしても、お豆腐は万能だ。豆腐ハンバーグは知っていたが、あの茶碗蒸しまでお豆腐ででできるとは。
「今日は、お豆腐の茶碗蒸し。明日のおやつはおからのドーナツ!早速作ってみたくなりました!!」
トレイシーはいつも元気だが、格別張り切っている。
トレイシーが作り方を教わっているとき、ユカイがこれはなんだと蒸し器を指した。蒸し器には三つならんだ器には艶っとした薄黄色のプリン━━━ではなく茶碗蒸しが三つ並んでいた。
「食べる?」と聞かれて二人して素早く頷く。「でも……」と激しく頷いた割りに躊躇うトレイシーを余所に、「余ったらもったいないでしょ?」とユカイが蒸し器にてを伸ばす。
するとおばばが慌てて濡れ布巾で一つ茶碗蒸しを取りだし、スプーンを2つ用意してくれた。
それならと、トレイシーは茶碗蒸を口に運ぶ。口の中で旨味を吸った豆腐が、優しく崩壊する。
「思い出すだけで、ほっぺが落ちそうね。」
珍しくユカイが、褒めている。
「でも、具材は家にあるのかしら?」
「椎茸とエビがあります。銀杏はなくてもいいですよね、苦いし。」
「あら、銀杏あっての茶碗蒸しよ。それに三つ葉は?パセリはダメよ。」
「わかってますよ!」
トレイシーが少しむくれる。そして、道端を指差す。
「あれとかどうですか?クローバー。」
そこには幸運かそうじゃないのか四葉のクローバーが生えていた。