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後宮へようこそ  作者: 九重たまこ
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後宮へようこそ ⑥

 派手な音を立てて飛び込んできたのは、木偶でくであった。表情も何もない、木を革のようなもので繋いだ不気味な人形だ。ただ、刀を持ち、勝手に動いて襲ってくる以外は、ごく普通の人形師が使う原型のような木偶であった。


「危ない!」


 神官長がとっさに空いていた左手をかざし、魔力の盾を作り出す。詠唱なしで咄嗟に作り出せるのだから、大した使い手だ。おかげで最初の攻撃は盾にはじかれた。

 彼の手が緩んだ一瞬に握られていた手を引き抜き、一歩下がる。その流れで、わたしは左右の手で、頭にたくさん刺さっている簪を勢いよく二本引き抜いた。

 この重い衣装では完全に傀儡を破壊するのは難しいだろうが、核くらいは破壊できるはずだ。

 神官長の盾を交わし、回り込んできた木偶を神官長が攻撃しようとするが、するりと交わされた。体が軽い木材で作られているらしく、動きが非常に素早い。

 その間に、わたしは目を魔力で強化し、木偶の核を探しす。わたしの魔力が上回っていれば弱点が見えるはずだ。見えなくとも、胴体の一つくらい吹っ飛ばせるだろう。

 すると、ぼんやりと胴の中心が光ったのが分かった。あれが動力源だ。定石通りの位置に核があった。これならばやりやすい。

 再び攻撃を繰り出した神官長をあざ笑うかのように、高々と盾も彼も超えて跳躍し、わたしの目の前に木偶が立つ。そして再びふわりと跳躍した。


「殿下!」


 神官長が悲鳴じみた声を上げた。

 だが、これくらいの素早さ、エサクの狼に比べればなんということはない。手に刀は握ってはいるが、あの鋭い、つかんだら離さない凶暴な牙ではないのだ。冬の外套を仕立てるために、狼を狩りに行った時のあの大変さと言ったら…。

 そんなことをどこかで思いつつ、上から降ってきた刀を二股に分かれた簪の柄で受け止める。上質の金属でできた簪は武器にもなりうるのだと、梨艶りえんから教わった。しかも、これには七色の魔石がはまっている。つまり、魔力の通りが非常に良い。

 木偶の動きは素早いが、軽い分、攻撃の威力は威力は弱い。わたしは受け止めたまま、魔力を流し込んで金属を強化しつつ、簪を右に思い切りひねった。するとガキン、という金属が固い音を立てて、刃が折れる。

 術者の動揺なのか、刀の衝撃かは知らないが、一瞬間があいた。その隙を狙い、反対の手に持っていた簪で、傀儡の胴を思い切り刺す。例の核があった場所だ。簪は根元まで、見事に胴体に突き刺さった。そのまま木偶の体内に魔力を流し、核を破壊する。

 すると、びくびくと〆る前の魚のように傀儡の体が跳ね、そのまま動きが停止した。


「素晴らしい! お怪我はありませんか?」

「ええ、大丈夫です。…神官長のほうが、大変なようですね」


 彼の衣服は刀で切り裂かれていた。袖が大きく咲かれ、腕が見えている。だが、傷はないようだ。少し、ほっとする。わたしはおそらく、そこら辺の近衛よりも実戦経験はあるだろうが、血を見るのは好きではない。


「ええ。でも、本当に良かった。しかし、宮城きゅうじょうにこんなものが入り込むとは…。外から入り込めないはずなのですが」


 相手の魔力が防護壁を上回るならばともかく、この程度の魔力の木偶ではそれも難しい。なぜ、宮中に入り込めたのだろうか。中で組み立てたにしろ、窓を隔ていているのだ。魔力の壁は効いているはずだった。

 二人して首をひねっていると、近衛と神殿兵が前後から飛び込んできた。城側と祭殿側と両方に控えていたのだろう。白い鎧が神殿兵、濃紺の鎧をつけたのが近衛だ。

 廊下は安全なはずだったので、神官長と二人にさせられたらしい。わたしが緊張するからという配慮だったようだ。


「殿下、神官長!ご無事でしたか?!」

「遅いですよ。殿下がこの木偶を破壊なさいました。私たちはこのまま祭殿に向かい、立太子式を行います。神殿兵は殿下をお守りし、近衛はこの木偶と廊下の周囲を見分しなさい」


 神官長が目の前でてきぱきと指示を出す。私はそれを聞きながら、木偶をじっと見つめていた。





嘉瑶かよう。何があったのだ」

 

 神殿兵に護衛されながら祭殿に行くと、皇帝の体の母が無表情でそう告げた。わたしと同じような化粧を施された顔からははっきりとはうかがえないが、表情が若干こわばっているような気がする。


「何者かが操る木偶に襲われました。幸いにも無事に撃退いたしましたが。……陛下、宮中の警備を少々見直したほうが良いかもしれません」

「なんと! あの廊下は陛下が行き来されるため、最高レベルの防護壁で構築されております。だからこそ、警備も少々薄手になっておったのですが…」


 立派なひげを蓄えた壮年の男性が驚いたように言った。彼の顔には見覚えがある。確か宰相だ。何年か前、瓦版の号外に書かれていた覚えがある。下級貴族から取り立てられた優秀な人材だったはずだ。号外が出るほどの大出世だったのだ。


「姉上、いえ、陛下。やはり警備は見直しましょう。皇太子殿下はか弱い女性である上に宮中に不慣れです。強化したほうがいいでしょう」


 姉上、ということは、この人は母の弟の亮貴りょうきなのだろう。こちらに来て母に弟がいることは聞いていたが、会うのは初めてだ。おっとりとした感じの中年男性で、母にはあまり似ていなかった。腹違いだと聞いたことがあるので、そのせいかもしれない。

 か弱いという言葉に若干違和感を覚えたが、まあ、警備を増やしてくれるのに異存はない。


―守ってあげなきゃとか、言われたことないし。守ってくれ、とは言われたことあるけど。


「うむ。そうだな。これが終わったら、兵部ひょうぶにまわせ。……とりあえず、見分は近衛に任せたのだな、神官長?」

「ええ。それが妥当と判断いたしました。近衛ならば、魔力分析の専門官がおります」

「そうか。それならばよい。それよりも、早くに儀式を済ませてしまおう。正式に立太子すれば、少しは宮中も落ち着こう」


 わたしの意思はあまり考慮されないようであった。まあ、ここまで来たら引き返すこともできないだろう。わたしにできることは、この状況を受け入れてより良い状態にするだけである。


「嘉瑶、これより其方の立太子式を行う。神官長、奥の祭殿の封印を解け。宰相、契約の書を用意せよ。亮貴は刀の用意を」


 母が指示を飛ばし、三人が指示に従い、準備をしていく。わたしはその後をついていくだけだ。見ながら一連の流れを頭に入れる。いずれ、この指示をわたしが出さなければならないのだ。

 宰相が懐から巻紙を出している間に神官長が手をかけた封印は美しい花のような陣であった。力を籠めると銀色に発行し、祝詞のりとのようなものを唱えた途端、黒く変色した。この間の陣もそうだったので、高度な陣ではそうなるのかもしれない。


「さあ、皇帝陛下、皇太子殿下。お入りください」

「嘉瑶、入るぞ。わらわについてまいれ」


 母の後について足を踏み入れた空間は薄暗く、当然ながら人が使っている様子はなかったが、不思議と閉め切っているような埃臭さはなかった。中央にある石櫃に入った水もよどんでいない。


「ふふ。不思議であろう? この中は封印している間は時が止まっておるからな。変化がないのだ」

「ああ、得心が行きました」


 そうこう言っているうちに書面の準備が整ったらしい。例のきらきらしい砂が漉き込まれた紙だ。そこに神官長が筆で複雑な文様を書き込む。そして文様の下に署名した。


「さあ、陛下、まずこちらにご署名を」


 母が同じ筆をとり、中央の文様の上に署名した。続いて母が叔父に渡して署名し、さらに宰相が署名する。それから、叔父が黒と紫での鞘に収まった小刀を懐から取り出した。浄化の術をかけ、わたしに差し出す。


「こちらで手のひらを傷つけ血をこちらの書面に垂らしてください」


 あっさりといわれるが、傷つけろと言われるとなんとも言えない気分になる。

 その小刀を取り、鞘から引き抜くと、波紋がくっきりと浮いた美しい刃が露わになった。神々しい様でもあり、禍々しい様でもある不思議な小刀だった。

 それを他の左の手で握りこみ、すっと引く。一瞬、火傷をしたかの様な痛みが走り、次の瞬間、血が滲みだした。切れ味がいいせいか、思ったよりは痛くない。そして、神官長が広げた書面の上で手を広げる。ぽたぽたと血がしたたり落ちていった。

 血が落ちた瞬間、紙面全体が虹色に淡く発光する。だが、その輝きはすぐに墨に吸収されていった。ゆらゆらと揺らぐ虹色の文字と文様というものは結構奇妙な光景だった。

 そして、それを水で満たされた石櫃に沈める。軽いはずの紙はなぜか少しずつ沈んでいき、見えなくなったと思ったら、水中から爆発するように、虹色の光が溢れだした。それはまるで収まる気配はなく、部屋を明るく満たしていく。


「おお、なんと!」

「驚きましたな…」

「まさかとは思っていたが」


 母以外の三人が驚いたように口を開く。母はなぜだか複雑そうな顔をして虹色に輝く水を見つめていた。





  

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