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後宮へようこそ  作者: 九重たまこ
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後宮へようこそ ㉚


 里帰りの日になった。数日前から後宮自体が浮足立っていたが、今はしんとしている。遠い者たちはさっさと転移陣に移動したからだ。


 わたしにとってもこれから二日間は休暇となる。その間に志賢の商会に行き、兄に再開する予定だ。帰りよりも途中で行ったほうがいいという話になったのだ。闇に紛れてこっそり行ってこっそり帰ってくる。あまり接点を見せないほうがいいとの結論になった。


 その間の身代わりは、なんと志賢の眷属が務めてくれるそうだ。今、わたしの足首にはちび竜ちゃんではない、ちょっとゴツ目の竜がくるりと巻き付いている。ちなみに血を小さな小瓶一本部抜かれた。匂いと気配をごまかすのに使うらしい。と言っても、寝台でじっとしてもらうだけだけれど。


 必要なものを確認し、荷物を黒に持ってもらい、部屋を出る。案内役は宦官だ。


「では、手はず通りに」


 黒が耳元でささやき、背後についた。これから城を出て朱家も持つ別邸に移動する。


 他の候補と違い、わたしと志賢は移動先が帝都内なので馬車利用だ。ちなみにジョルトは里帰りを辞退した。一応人質状態なので、帰るのはあまりよくないらしい。条雅は書類を整え、私の帰りを待つという。


 宦官に案内され、よくわからない道を通り、初めてたどり着く門に行く。そこは、城のどこかの門らしく、外には道が広がっている。ごく普通の道が続いており、このところ壁の中で過ごしていた身としては開けた景色があるというだけで、なんとなく感動した。


「こちらをご利用ください。城を出るまでの道は馬が存じております。任せれば無事に城から出られますので、ご安心召されませ」


 用意されたのは軺車(しょうしゃ)と呼ばれる馬車だった。見事な黒光りする毛並みの大きな馬が一頭つながれている。軺車は通常、上級官吏が乗る乗り物だ。つまり、婿候補は元の身分は関係なく、それだけで上級官吏扱いらしい。


 手を引かれて乗り込むと、さっと黒が前に乗り込む。彼女が手綱を握っても馬はおとなしく頭を垂れている。彼女はなかなかいい乗り手のようだ。


 軺車は屋根はあるが開放的な馬車だった。エサクのものとはだいぶ違う。エサクの馬車は完全に覆われた箱型だ。何せ、冬はおおわれていないと寒すぎて凍死する。夏でも風を切ると冷え切ってしまうので、壁が必要である。そう考えると帝都はかなり暖かい。


「「「「「「「お早いお帰りをお待ちしております」」」」」」」


 宦官一堂にそういって見送られるのは妙な感じだ。婿候補として帰ってこいと言う無言の圧力をひしひしと感じる。一応、別れの挨拶をすると、ぴしり、と言う手綱の音がすると同時に馬が歩を進めた。


「……どれくらいかかるのかな」

「城をでてから、朱家別邸まではさほどかかりません。せいぜい四半時と言ったところでしょう」


 男性の声で黒が言う。外なので、どこで拾われるかわからないからだ。ここからしばらくは気を抜けない。なんといってもこんな無防備な馬車なのだ。


「思ったよりも近いんだ」

「朱家は名家ですから」


 有力貴族ほど城に近いところに屋敷を持つ。別邸も例外ではない。今回訪れるそこは、本来朱家の跡取りが住むところだというから、余計だろう。


 ふうん、とだけ返し、外を眺める。考えてみれば帝都の中を物心ついていくの初めてだ。そもそもこっちに来たのは転移陣だし、来てからは城の中から出ていない。


 馬に従っていくと、しばらく大きな石を敷いた平らな道が続き、そのあとには土がむき出しの道路が続いた。一般市民が通る場所は舗装がされていないようだ。そこはエサクも同じだが、人が多いのか水分が少ないのか、地面ががっちりとしていて生えている草も少ない。


 それでも城の近郊には物乞いやごろつきがいないようだから、母の治世はうまくいっている方なんだろう。自分の生まれ故郷のはずなのに、あまり見慣れない景色を眺めながらぼーっと馬車に揺られる。


 エサクと違い、大きな建物以外は木でできており、色合いも鮮やかだ。北の国の建物はたいてい石か煉瓦でできている。木造のものも黒い木材に城のしっくいなので、こんなに鮮やかではない。


 また、歩いている人の服装は軽やかで、この時期なのに毛織物を羽織っている人も毛皮をまとっているものもほとんどいない。せいぜいが綿の羽織り物である。靴も皮や毛皮は少なく、布が多いようだ。


 物珍しくて眺めていると、しばらくしてから見るからに帝都と言った風情の門の前に停車する。だが、まじまじと見ると思ったよりも古そうではない。そして、その門は朱家のものと主張するかのように朱塗りであった。


「着きましたよ」

「……すごく、格式が高そうだね」


 別邸と言うにもかかわらず、非常に豪勢な屋敷であった。何せ門の彫り物が違う。帝都では門に施される彫り物で格が決まるのだという。朱家の保護獣であると言われている鳳凰の見事な彫刻が門に巻き付いている。立体的で非常に見事だ。色も、基本は朱塗りであるが多色である。


「貴方は婿候補なのですから、気後れしなくても大丈夫だと思いますよ」


 婿候補と言う立場は元の出身がどうであれ、かなり丁重に扱われる。それが分家のかなり下位の子どもであってもだ。まあ、今ここを管理しているのは父だから、悪いことにはなるまい。


 そう思い、朱家別邸の門をくぐった。



 思ったよりも朱家別邸の居心地は悪くはなかった。父の趣味なのか、門構えに反して質素なつくりで、華美ではない。どうやらかなり忙しい父には会えそうもないが、妙に質素な食事以外は快適だった。


「じゃあ、おやすみ」

「お休みなさいませ。戸の前に控えておりますので、何かあればおよびください」


 わたしが枕元に担当を置いたのを確認し、黒が部屋を出る。戸の間で見張るのだ。ご苦労なことである。


 耳を澄ませ、戸の前に着いたのを確認し、志賢から渡された遮音結界の魔道具を起動させる。それから寝巻の裾をからげ、足首に着いた竜に呼びかける。


「こんばんわ。出てきて大丈夫ですよ~」


 左足首に巻き付いていた竜がやれやれというように、少しおっくうそうにしゅるりと身をほどく。暗闇の中、月の光を受けて、鮮やかな緑色の鱗がぴかりと反射した。


「体が強張って、どうにかなるかと思ったぜ。まったく。あの小娘はなかなか勘が鋭いようだな」

「はは、ごめんなさい。でも、なかなか一人になれなくてさ」


 帝都に来てから一人きりになるというのはなかなか難しい。しかも、今は条雅もいない状態なので、黒はかなり気を張っているのだ。そして、かなり気配に敏感だった。


「めんどくせー。ま、志賢様の命令だから従うけどな」


 これ見よがしに竜がため息をつくと、高原のにおいがした。だが、あんまり私は歓迎されていないらしい。それでも、きちんと身代わりさえしてもらえればいい。


「お役目ご苦労様です」


 わたしの血を摂取し、身体に接触して気を馴染ませたので一週間程度ならばごまかせるという。まあ、一日程度で帰ってくるけれども。


 そう言って頼むと、ふてぶてしくこちらをじっと見つめ、それから徐々に輪郭を変えてわたしと瓜二つになった。髪の長さから肌の色の具合までそっくりだ。


「どーだ、この精度の高さ。志賢様にご褒美忘れんなって言っておいてくれよ」

「うん、すごいそっくりだ。ご褒美が何だか知らないけど、とりあえず言っとくから。あとはよろしく」


 そう言うと、通信用の手鏡を取り出し、手順を踏んで事前に打ち合わせて置いた通りに志賢につなぐ。


 少し、間があってから、鏡に志賢が映し出された。


『こんばんわ。少しは落ち着いたかしらー。フォレはいい子にしてる?』


 緑の竜はフォレと言うらしい。西の帝国風の名前である。志賢のセリフを聞き、わたしの姿をしたフォレの背中がピンとなる。


「こんばんわー。今、朱家別邸に来ています。就寝時刻になったので、移動できるかと」

『わかったわ。今、つなげるわね。二人とももう、待ちきれないみたい』


 そういうと、空間に例の空間ができる。その向こう側にはずいぶんと過ごしやすような西の帝国風の衣装を身に着けた志賢が立っている。


「さあ、嘉瑶ちゃん。いらっしゃい。ようこそ、リーニュ商会へ」


 紳士なしぐさで差し出された手を取り、次兄に会うべく、朱家別邸を後にした。 


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