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後宮へようこそ  作者: 九重たまこ
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後宮へようこそ。㉘

 結局、その日はそれで解散となり、アハマドという名の侍従は日を改めて呼ばれることとなった。あまり、集まっていることを知られてもまずいだろうという志賢の判断である。

 帰りももちろん、空間を開いての移動であった。何度目かだが、何とも妙な感覚に襲われる。あんまり私は好きになれない。

 一方で初めて見たであろう白嶺は目を輝かせ、一人、かなり常識的な人間であるらしいノルは改めて目を白黒させていたが、最後のほうにはあきらめてたように、空間を通ってしょんぼりと帰っていた。背後に耳と尻尾が見えるようなしおれっぷりがちょっとかわいかったのは、秘密である。


「…ってわけで、条雅、凛麗のことを探れない?」

「あのバカか?首になって正直ほっとしてるんだがな。……さっさとどこかのヒヒ爺のところに嫁にでも行けばいい。あいつは金があればいいんだからな」


 美麗な顔を思い切りしかめてそう言い放った。よほどうっぷんがたまっていたのか、容赦がない。伯母に押し付けられて、かなりしりぬぐいをしてきたから、それも仕方ないだろう。正直言えば、私も敵視されているので好きに離れない相手である。

 そもそも、非常に成績も優秀だった条雅が学士院にもいかず、いきなり登用試験を受けたのは、凛麗とその腹違いの兄たち(条雅の義兄)が、条雅が実父から相続した財産を使い込んだからである。ちなみに父の支援の申し出は保護者の権利で伯母が却下した。保護者の監督を外すためには役人になるのが一番だったのだ。


「まあ、でもさ。女官のほうに出回っているとなるとかなりまずいじゃない。蒼夫人とか伯母上通すと母上(へいか)まで行っちゃいそうだし」


 お願い、と上目遣いで見つめると、微妙な顔をしてハア、とため息をついた。彼は自分が女性にとって優良物件だということをよく知っている。学士院こそ出ていないものの、朱本家の親族で、役人試験に上位で合格し、今のところ皇太子付き。つまり、有能な出世頭である。ちょっと粉をかければ女が五万と寄ってくるだろう。


「……わかった。あいつならば、痩身や美容と言われて手を出していそうだな。母にも訊いてみよう。だが、その間お前は一人だ。黒だけになるぞ。武力ならばともかく、毒や呪いと言った類にはアイツは疎いだろう」

「ありがと、条雅。でも、呪いの類はジョルトが見てくれるらしいし、条雅が離れている間は、志賢がちび竜ちゃん貸してくれるって」


 この間の小さい竜は結構、私のことを気に入ってくれたらしく、志賢がお願いしたらついてくれることになったのだ。大きさが自在に変えられるらしく、腕に巻き付ければ大丈夫とのことであった。竜ってすごい。


「まあ、竜がいるならば大丈夫か。陛下からの呼び出しもあるしな。明日から数日、城のほうに行こう」

「うん、ヨロシク」


 こうして、私は久々に本当に一人になることになったのだった。


__________________________


 二日後、何事もなく婿教育を受けてたところ、条雅から呼び出しがかかり、再び彼の部屋へと行くことになった。黒には悪いが、基本は部屋の外を任せている。父のお守りの力を借りて簡単な結界を張ったから、彼女ではまず入ってこれないだろう。

 前回と同じく、黒い穴を通って志賢の部屋に行くと、そこにはすでに他の人々がそろっていた。私だけ呼び出しが遅いのは何かあるんだろうか。前回もそうだった気がする。


「そろったわね。じゃあ」


 そう促すと、白嶺が彼を紹介してくれた。どこか野性的な、男前である。エサクで医療責任者をしてくれていた、アル=ブハーリー翁と少し容姿が似ていた。


「こちらがアハマドです」

「アハマド・ラカブです。よろしくお願いいたします」


 貴族に対する礼をとって挨拶をする。この中では確かに一番身分は低いだろう。だが、堂々とした礼であった。むしろ白嶺よりも優雅なほどである。


「こちらこそ、よろしくね。志賢よ」

「ノルだ」

「ジョルトです」

「え、えと。瑶星です」


 今一つ偽名を名乗り着けていないので、思わず噛んでしまう。三番目の兄の名前でもあるので、余計だ。王族が生まれると、それにちなんだ名前が山のように増えるから、との配慮だったが、却ってややこしい。

 ジョルトが口の内側をかんで笑いをこらえたのが分かった。黙っていれば神秘的なのだが、結構笑い上戸なのである。


「試験薬のお話と伺っておりますが」

「ええ、そう。白嶺ちゃんがあなたがいたならできるって言うのと、材料に関する折衝があるっているから、呼んだの」

「承りました。主は、金銭に関しては疎いので、私が代わらせていただきます」


 実に簡単そうに言っていた試験薬だが、その実、材料の入手が意外に難しいとのことである。非常に希少な材料だとか手間がかかるとかいうのではなく、大量生産するには値段がかなりかかるらしい。


「うーん、ワタシからしたら大した額じゃないけど、出すのも筋違いな気がするわねぇ」

「ですよね。本来は国が出すような問題ですし。どっかで安く手に入らないのかな」


 提示された金額に、志賢が首をひねる。それはそう思う。仮に彼が出したところで、一階だけで済む保証はない。中毒がひどければひどいほど、材料は多くかかる。まあ、材料さえ安く手に入ればいいんだろうけれど。


「何が高いんですか?」

「ホシフリマイマイとニジイロウイキョウです。特にニジイロウイキョウの量が要るんです」


 試薬が変化すると油光するような虹色になると言っていたが、ニジイロウイキョウの成果だったらしい。これがないとうまく反応しないのだという。ホシフリマイマイは触媒のような役割だと言った。


「……ニジイロウイキョウって、別名なかったけ?」


 なんとなく、聞いたことがあるような気がして、目の前にいる人々に尋ねる。私が知っていることと言えば、基本的にはエサクと守護軍のことだけである。後は本で得た知識だ。


「僕は知らないけどねえ」

「ワタシも知らないわねぇ。それって、どういう特徴があるの?」


 すると、途端にうきうきと白嶺が話し出す。むしろ止まらない。彼は本当に興味のあることとないことの差が激しい。


「色は一見枯れたような色です。でも、触ると細かい毛が生えてしっとりしています。根っこはこぶ状になって、上部が一部露出していて、そこからたくさんのくきがでるんです。葉っぱは細くてふさふさと柔らかく、レースのような小さい花が咲いた後に種ができ、これに火を通すと虹色になるのです」


 頭の中に色々と思い浮かべる。懐に手を入れ、帳面に筆で書きつけていく。こぶっぽくて、茶色くて、葉っぱがふさふさ。どこかで見たことがある。細か~い毛も茎にちゃんと書いた。


「葉っぱってさ、こう糸状?」

「あ~、それは普通のウイキョウ。糸状っぽいけど、それからさらに細かく分かれてて、ブラシみたいな…」


 ふんふんと言いながら、細かい糸のようなものを先ほど書いたものにさらに書き足していく。それをのぞき込みながらジョルトが首をひねる。じーっと目をすがめてみた後、ぽつりと言った。


「……シヴァ―ルエデスコニ?」

「何ですか?それ」

「更年期に効くって、エサクのあたりでは一般的に飲まれてる薬だよ。鎮静効果があるんだ。うちのあたりでは根っこを煎じて飲む。でも、これ…」


 その辺に生えてる雑草だけど、と言った途端、白嶺の眼が輝いた。


_________________________________


 そんなことがあってから数日。ジョルトが伝手を使い、確かめたところ、確かにニジイロウイキョウはシヴァ―ルエデスコニだった。品質にも問題なかったらしい。

 ついでにホシフリマイマイは、アル=ブハーリー翁が帝都の屋敷に大量に保管していたとのことで、こちらも問題がなくなった。ホシフリマイマイはかつて、風邪の特効薬だったらしい。ただ、今ではもっといいものができたので、あまり使われないのだとか。

 何しろ、マイマイはカタツムリである。好まれないのもよくわかる。私だって、カタツムリを煎じたものなどあまり飲みたくはない。それでも、効き目があるのにのう、と彼は首をひねっていたという。研究者って謎だ。

 そんなことが分かったころ、条雅が硬い表情をして帰ってきた。黒と一緒にお茶をしている最中だった。ちょっと間が悪い。


「黒、交代だ。すまないが部屋を出てくれ。ここにある菓子と茶は持って行っていい」

「承知しました。それでは失礼いたします」


 さっと立って、菓子の乗った盆とお茶のセットを持ってさっと前の部屋に去っていく。無駄な動きが一切ないのがさすがだ。

 この数日、黒はよく勤めてくれた。ねぎらいのつもりのお茶だったのだが、申し訳ない。まあ、持って行ったから、ちょっとはましだけれど。


「よし。遮音結界張るぞ。お前のも張ってくれ」


 扉が完全に閉まったことを確認してから手持ちの魔道具を取り出し、ぱちりと音を立てて起動させる。いつもよりも広い範囲の遮音結界だった。部屋の中、ぎりぎりまで張っている。より強力な魔道具なんだろう。さらに、その中に私の魔道具でさらなる遮音結界を張った。これで、外に音はまずもれない。


「これでいい?」

「ああ。構わない。……それで、ジョルト様と志賢殿に連絡は取れるか?」

「ん?ああ、できるよ。急ぎなんだね。…子竜ちゃん」


 袖に隠れている腕の部分に向かって話しかける。目立たないが、子竜もこの数日ずっとそばにいてくれた。


「きゅっ!」


 最初に会ったときより小さくなった子竜がもそもそと這い出してきて、鳴き声を上げた。なんともかわいらしい。


「きゅっきゅ!きゅうーう」

「……もしかして、知らせに行ってくれるのか?」

「きゅきゅッ!」


 感動した応安条雅の問いかけに、腹を突き出し、ものすごく自慢げに返事をする。えらそうなのが何ともかわいらしい。ぷっくりしたお腹を非常につついてみたいが、やったら怒るだろうか。


「ありがとう」

「ありがとうね、子竜ちゃん」


 そのまま飛んで、んしょんしょと一所懸命に遮音結界を潜り抜け、外に消えていく。実際はきえているのではなく、擬態らしい。周りのものと同じ色になるのだという。


「通信鏡より目立たなくて確実らしいよ。連絡取りたいときは子竜ちゃんにお願いしろって言われてるんだ。どこにいても見つけ出せるんだって」

「すごいな。あれが竜か。小さいと言えども素晴らしい」


 そういえば、この人はかなり竜が好きなのだった。彼の装飾品にはかなりの割合で竜の文様がかかれている。唯一若者らしい趣味である。


「お疲れ、条雅。なんか収穫があったみたいだね」

「まあな、あまりいい話ではないが」


 非常に疲れた表情で、条雅が言った。  


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