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後宮へようこそ  作者: 九重たまこ
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後宮へようこそ ㉗

 ガザル王国のティウというのは、見た目は一級品だが、子どもっぽく自制心に乏しい王子様である。わがままだなぁ、と思うことをよく宦官や自身の傍仕えに言っているのを見たことがあった。ああいった、凛麗に似た男性は無理なので、端から自分の婿候補として頭数には入れていない。


「ティウ王子は、性格が悪いわけじゃないが、甘やかされたために、気持ちいいことに弱い種類の人間だ。……うちの、兄に似ている」


「そうねぇ。何回かお会いしたけど、自制心があったら、あんなにはならないでしょうね」


 ふう、と志賢がため息をついた。商人として、何度かお召しがあったらしい。なんといっても会頭だから、王侯貴族との折衝には彼か彼の兄かが赴くのだという。


 ヌオク王は頭も悪くなく、大変に見目麗しい男性だったが、長年の不摂生のおかげで見る影もないという。国は先王の弟である宰相が回している状態らしい(国王と同い年だそうだが)。なんと、囲っている女性は30人余り。それでも世継ぎがいないため、ノルは立場が微妙なのだそうだ。


「兄と、実に似ているんだ。甘やかされてせっかくの可能性をつぶしている。ついでに言えば、においも似ていた」

「……ちょっとまって。ヌオク王って確か亜扁桃中毒って噂よね」

「そうだ。今回感じたにおいは奥に亜扁桃のにおいがする。それをどうにかしたものだ」


 亜扁桃は扁桃(アーモンド)と同系統の植物だが、比べ物にならないほどの毒性を持っている植物だ。ぱっと見はそっくりで、美しい花をつける。だが、うっかりとその実を食べると10分もあれば死に至る。さらに言えば、その毒は生成すると強力な中毒性を持つ薬となるのだ。

 というか、自国の王が亜扁桃中毒だなんて言ってもいいのか。一応、同じ帝国傘下とはいえ、わたしたちは他国の人間なんだが。うっかりなのか、意図的なのかは知らないが、かなり重要なことを彼は漏らしていた。


「…っていうと、僕の言ったことを撤回しなきゃならないね。恐怖とかじゃなくて、実際のにおいか。つまり、薬がこの後宮を中心に出回っているってこと?」


 それは、ゆゆしき事態である。万が一、この後宮全体が薬に冒されていたとしたら、とんでもない事態になってしまう。下手をすれば帝国の崩壊を招きかねない。

 この国は大きくなりすぎだと思ってはいるけれど、いきなり中枢から崩壊したら、目も当てられない。大陸中に飢餓と貧困、そして恐怖が蔓延するだろう。おそらくルサールカは攻め込んでくるだろうし、西の帝国も黙ってはいまい。


「その、可能性があるってことだ。あんたたちはその匂いが全くしてなかったから、声をかけた。あとは、ちょっと微妙なのが緑白嶺なんだ。あいつからは亜扁桃ばかりじゃなくて、すさまじい薬のにおいがいつもしてる。それに、あいつもこっちの使用人使っているし」


 それはそうだろう。白嶺は現在の籍は緑家にあるが、生まれ育ちは貴族ではない石家である。石家は大陸随一の薬屋であり、彼はその技術を受け継いでいる貴重な人材だ。正式な薬師の資格も持っている、と釣り書きにはあった。確かにいろんな湿布的な臭いがしていたこともあるから、いろいろ持ち込んでいるのかもしれない。

 ただ、薬をやっているかといわれたら、やってないと思う。勘だけれど、そういう種類の人間ではなさそうだ。ただ、ちょっと、夢中になると突き進みそうだけれど。


「薬ねぇ。ワタシ、そっちのほうには疎いのよ。……効かないんだもの」


 ノルは不思議な顔をしたが、わたしとジョルトはうんうんとうなづく。自身が最強の毒を有する竜族は、人間の世界における毒はほとんど効かないと聞いたことがある。表裏一体である薬も然りである。マチアスはそういう話が結構得意で、眠る前によく話して聞かせてくれていた。


「だったら、白嶺を呼んでみたらどうかな」


 思わず言ったわたしの言葉は即座に受け入れられた。


_____________________________


「亜扁桃中毒かどうかってことですか?すぐわかりますよ」


 おいしいお菓子があるよ、と誘うとうかうかと白嶺は一人でやってきた。志賢のほかに三人もの候補がいることに驚いていたが、そういうこともあるのか、とあっさり受け入れた。細かいことは気にしないたちらしい。


 一通りノルが犬よろしくクンクンと匂いをかいだ後、大丈夫だという仕草をすると、端的に志賢が切り出した。後から聞くと匂いは中からではなく彼の周辺から漂っていたらしい。ちなみに彼はオオカミの亜人だそうだ。犬といったら怒られた。


「亜扁桃は結構厄介で、見た目には出にくいんですけど、中毒が進むと見た目が変わってきますね。肌の張りがなくなって、目が落ちくぼみ、頭髪に影響が出ます。そういう意味じゃ、宦官の人の状態に似てますよね。男性器を切除しているせいで似たような症状が出ますから、薬を出回らせるにはもってこいじゃないですか。あはははは」


 目の前に出された木の実の入った餅をあっという間に四つ平らげながら、そういった。ごく軽い口調だが、内容はかなり恐ろしい。つまり、この後宮で出回っていても、かなりわかりにくいということである。後宮のほとんどは宦官が回しているからだ。


「って話は置いておいて、中毒かどうかの判断ですよね。髪があればすぐにできます。体毛とかでもいいですよ。それを特殊な薬液に浸すと、四半時ほどで色が変わるんです。変わらなければ白、不気味な虹色に変われば黒です」


 きれいな虹色ではないらしい。何とも不気味にてらてらした色なのだとか。油びかりしたみたいな感じらしい。亜扁桃の成分とその薬液との成分が反応すると、その色になるのだと言った。


「それは、ここでできるものなのかしら」

「材料さえあれば。僕についてきてくれているアハマドは助手でしたし、そちらにも優れています」


 

 そして、唯一彼が連れてきていた青年は、なんと弟子だそうである。この年で弟子をとるとは、よほど優秀なのだろう。そういえば、最年少で薬師試験に受かったと聞いた気がする。


「すごいんだね、白嶺」


 心底感心した。年がさして変わらないのに、彼はもう、自分の専門を持っている。地味な仲間だなんて、こっそり思って悪かった。

 お詫びもかねて、これもどう、と持ってきた饅頭を差し出すと、彼はそれにかぶりつく。小柄なのに、この体のどこにそれほどのものが入っていくのだろうか。


「ありがとう。僕、家業が好きなんだ。人の役にも立てるしね」

「その…中毒を治すことは可能なのか?」


 なんだかんだ言って、兄のことが気がかりなのだろう。ひいては国の行く末かもしれない。下手をすればヌオクは皇帝直轄地になってしまうからだ。


「軽微ならば不可能じゃないですが、末期まで行くと無理ですね。5年もやったら無理でしょう」


 具体的な亜扁桃の副作用は生殖機能の喪失、思考の低下らしい。白嶺は、脳に直接影響があるので、5年もすれば廃人になってしまうといった。

 目に見えてノルの顔色が変わる。浅黒い肌をしている彼だが、それでもわかるほどに顔色が悪かった。おそらくだが、ヌオク王は手遅れの部類なんだろうと察せられる。


「竜の血の薬でもあれば別ですが、あれは特殊なものです。回復するかもしれないけれど、下手をすると人でなくなる。人が手を出していいもんじゃないんですよ。亜扁桃も、竜の血も」


 その言葉は、ひどく重く響いた。兄が、次兄は竜の血を飲んでいる。彼は今、いったいどうなっているのだろうか。


「実はね…」


 呆然とするわたしとノルをよそに、どうやらこれは本格的に大丈夫だろうと判断した志賢とジョルトが白嶺に事の次第を説明する。もちろんティウ王子のこともだ。


「うん。それは怪しいですね。それと、後宮だけではなく、女官のほうにも出回っている恐れがあるでしょう。亜扁桃は、当初は痩身効果と気力の充実が見込めるんです」


 顔を引き締めた白嶺は、アハマドを呼んでもいいですか、といった。



 

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