後宮へようこそ ㉒
それからどうなったかというと、ジョルトのお陰もあり、無事にたどり着けた。途中で水や何かをちょこちょこ補給しながら行ったから、少々時間はかかったが。
着いてからは特段大きな問題はなく、迎え入れられた。あらかじめ放っていた例のハヤブサ君が頑張ってくれたので、条雅から連絡を受けた宦官達がでむかえてくれたのだ。ちなみに我々以外の候補者はまだ帰ってきていないという。夜には帰ってくるだろう。
色々と聞きたげな宦官からちょこちょこ嫌味や何かを言われたが、従僕を装った条雅がうまくやってくれた。何せ、いろんな意味で重鎮な二人がいる。
皆、大慌てであった。脱走が疑われたが、ジョルトの威光と志賢の口先で丸め込み、何とか不慮の事故にしてしまった。正しい権力の使い方である。
そして、表向きは下っ端貴族となっているわたしと言えば、さっさと部屋に追い払われた。
そうして、当然ながら条雅にこってり怒られた。否、絶賛、お説教中である。もう、くたびれてお腹も空いているのに、解放してもらえない。誇りを落として服も着替えたいし、おやつも食べたい。
「お前はどうしてそう、不用意に身分を明かすんだ!」
父に似た端正な顔に青筋が浮かぶ。怒鳴っているわけではないが、耳に刺さる言葉ばかり言われ、もう何度目になるだろうか。またそれを言われた。いい加減にしてほしい。
「だから!ばらしたんじゃないのっ。知ってたんだもん!」
事故に巻き込まれた(たぶん故意)より、そっちの方が問題だったらしい。もういい加減、こちらの堪忍袋が切れそうなころ、軽くドアを叩く音がした。番人が、身分のある来客を告げる。
そこに座ているように、といわれ、対応は条雅が行う。この部屋で、わたしはどーんと構えて座っていなければならないのだ。
彼が扉を開けると、来たのは志賢のようだった。低いながらものんびりした声が聞こえる。興味をそそられ、こそこそとあるいて扉の傍からチラ見すると、髪も綺麗に整えており、とても優美だ。そして、服装もいつものごとくきらびやかな装いであった。
わたしなどまだ風呂にも入っていないのに。これが女子力の違いというやつだろうか。
「ごめんなさい。ちょっといいかしらぁ?おたくのご主人にお話があるのだけれど…」
「お入りください。ただ、主人は疲れておりますので手身近にお願いいたします」
もう、事情がばれていると知っている条雅は渋々許可を出す。番人がいるので、言葉だけは丁寧だ。
一人の共もつれず、志賢は滑るように部屋の中に入ってきた。条雅が部屋の戸を閉めると、他に人はいなくなる。
立ち聞きというのも外聞が悪いので、慌ててこそこそ部屋の中に戻り、今、椅子から立ち上がりましたよ、という体で出迎えた。
「ようこそお越しくださいました。どうしたんですか?お疲れでしょう」
にっこりと笑って挨拶をする。
「今日はお互い、大変だったものね。でも、お互いの正体を認識したところで、話しておきたいことがあるの」
どうぞ座っていらして、という。言葉に甘え、わたしはそのまま、もとの椅子に座った。
「二人乗りでしたよね、大丈夫でしたか?」
自分以外の人を馬に乗せながら、特に前に乗せながら走るというのは、結構大変なのだ。後ろにしがみついてくれればまだいいが、前にいる場合、制御するのが難しくなる。長くなればなるほど疲れるのだ。腕とか腰とか。
「ああ、あれくらい平気よぉ。おばあ様の修行に比べたら」
けらけらと愉快そうに笑う。後々聞いたところによると、おばあ様というのは彼の養母でもあり、かなりのスパルタのようだった。
条雅に促され、彼も椅子に座ると、いきなりきらびやかな包みを渡された。その間に席を外した条雅はきっと茶を淹れに行ったのだろう。
「これを渡したかったの。開けてみてくれる?」
受け取ったのは錦織の絹の風呂敷包みで、思ったよりも重い。しっかりと包まれたそれを、丁寧にそっと開けてみると、中に入っていたのは西大陸風の、手鏡型の通信鏡であった。かなり大ぶりな、綺麗な鏡だ。
父からも渡されたものに比べると、彫り物が華やかだ。西の帝国はきらびやかなものを好むと聞くから、あちらのものに違いない。そう言えば、この人は世界中のものを売るための商会を立ち上げていたのだった。
「通信鏡ではありませんか。あなたから、この子への贈り物ですか?」
戻ってきた条雅が茶を出しながら言った。正体がばれていると知っているので、この子扱いである。扱いが雑になった気がする。
なんとなく居心地が悪くなり、茶のほうに目を向けると、さわやかな緑色と香りが最高のお茶と、サンザシの実の菓子が添えてあった。早く食べたい。
「いいえ。残念だけど、ワタシからじゃないの。それを教える前に、ちょっと失礼」
彼が手をひとふりするすると、三人の回りだけ、きらきらした透明な壁に包まれた。外から聞こえていた音が遮断されるから、防音壁なのだろう。彼は装いをこらしている通り、見た目にこだわる人のようだった。
「うわあ。きれい」
「うふふ。そうでしょ。無色透明って言うのもできるけど、見た目が綺麗な方が楽しいじゃない。で、ワタシの魔力を通すからそのまま持っていてね」
わたしの手の上から握りこみ、鏡に魔力を通す。ちょっとドキドキしながら眺めていると、徐々にぼう、と見たことのない風景が映し出された。
どこか西大陸風の部屋の中に、見事なつやのある長い黒髪をした、男性が映し出された。男性的なのだが、色気がある。どことなく、隣にいる志賢に似ているような気がした。
「義兄さん、いい?聞こえる?」
『ああ、聞こえているよ。僕が持っているからちょっと角度が悪いけれど、勘弁しておくれ。初めまして、姫君。僕の名前は庚浩宇。そこの志賢の義兄だ。血縁的には叔父にあたるけど』
にっこりと笑う。父のように無意識に色気を振りまくのではなく、意図的に色気を出すタイプのようだ。わたしに向かった途端、キラキラしさが増す。
「初めまして。朱嘉瑶です」
思わず元の名前を名乗ってしまった。朱は父の苗字なので、今は使わないものなのに。皇族に姓はないのだ。便宜的には使うが。
『今日はね、君に会いたいって言ってる人がいるんだ。ようやくちゃんと話せるようになったからね』
そういって、映し出されたのは、若い男性の肩から上の映像。どころなく見た覚えがある。目を凝らしながらじっと見ると、いったん、彼はこちらを向き、ほほ笑んだ。
『わからないのも無理はない。久しぶりだな。お前の兄の慶節だ。こんな格好で申し訳ない。今日は、言っておかねばならないことがあってな』
苦笑しながら話す男性は、記憶にあるよりもずっとやつれ、華奢になってしまった次兄であった。
「慶節兄上…」
『元気そうでよかった。お前に皇位を継がせることになってしまって、申し訳ないと思っている』
声に張りはないが、昔よりもずっと穏やかで親しみやすい様子になっていた。かつての兄は、もっといつも張り詰めた表情をしていて、厳めしい雰囲気であった。だから、近寄りがたかったのだ。
「よかったです、生きてらっしゃったなんて。もっと早くにお会いしたかったけど」
「かわいい妹ちゃんにはきちんと話せるようになるまで会いたくなかったのよねぇ。見栄っ張りなんだから、もう」
くすくすと笑いを含んだ様子で志賢がいう。気心の知れた様子で、学友だというのもうなづけた。
『うるさいな。久しぶりに会うんだ。口跡が不明瞭でなおかつ満身創痍だなんて、みっともないじゃないか』
不貞腐れたような様子の次兄は、年齢よりも幼く見えた。その拍子に額にかかった髪を浩宇と思しき手が耳にかけてやる。とても、愛しげな様子の手だった。
「それにしても、いったい何があったんですか。兄上は武勇にも優れていると聞きました。魔力も私よりはあったと聞きますが」
「……そこにいるのは、嘉瑶と志賢だけか?」
「いいえ、嘉瑶ちゃんの従兄の条雅くんもいるわよ。彼ならいいんでしょ?それに、結界張ったわ」
腕前知ってるでしょ、と自慢しながら今度は鏡に向かい、淡い紫色のついたキラキラの魔力を飛ばして見せた。色を付けたりキラキラにしたり、なんて魔力に巧み何だろう。
『ああ、彼ならば信用できるからいいだろう』
それから、少し逡巡した様子で、数秒黙り込んだ。言おうかどうしようか迷ってる様子である。
「慶節。あんたが思ってるより、この子、ずうっとたくましいわよ。言ったって大丈夫」
子どもに言い聞かせるような、穏やかな、でも力強い親友の言葉を聞き、少しこちらを見つめてから、意を決したように次兄は口を開いた。
『嘉瑶、これからいうことは嘘でも何でもない。純然たる事実だ。………………………まず、兄上に結果的にとどめを刺すことになったのは俺だ』
思わず目を大きく見開く。次兄が長兄の命を奪ったと?
『だが、お前の入った皇太子宮に影を落としたのも兄上だ』
次兄、慶節の表情は至極真面目であった。




