後宮へようこそ。 ㉑
注:少々残酷な描写がありますので、お気を付けください。
「い、色々と問いただしたいことがあるのですが…」
ジョルト頭痛を覚えたように言った。わたしも大いに混乱している。
目の前にいる優雅の男が竜で、次兄の親友で、しかもその次兄がまだ生きているだなんて。設定を盛りすぎである。
「西の大陸は、こちらよりいろんな混血が多いの。帝国の皇帝はもちろん竜の血を引いているし、あそこのノヴィタス連合国は実は人でないものの集まりよ」
だから、そんなに不思議なことではないという。小さな竜をなでながらそう言った。小さな竜はうれしそうにみゅう、と返し、とても彼に懐いているように見える。
竜使いではないというのは本当のようだ。竜使いはもっと強制支配をするようなものだと聞いたことがある。
「それにしても、兄が生きているって…。なんで戻らなかったんですか」
いくら母に冷遇されていたとしても、実家にさえ戻れば最高の医療を受けられただろう。一応、皇子ではあるのだから。兄の実家だって、金がないわけではない。それに元皇子ともなればそれだけで婿入り先が山とあるだろう。
「もう、人じゃないからよ。ワタシの義兄の血で何とか生かされてる。つまり、竜の眷属ね。それに、出せる状態ではなかったの」
本当に本当の緊急事態にと渡していた連絡手段を受け、彼と彼の義兄が駆けつけた時には人としての形を漸く保っていた状態だったという。あまりに血まみれで匂いもひどく、最初は長兄か次兄かわからなかったと言った。お守りとして身に着けていた竜の鱗が光って主張していたので、次兄とわかったらしい。
辛うじて頭部と胴体はくっ付いていたが、中身ははみ出ていたし、四肢は千切られ、全身に傷が及んでいた。あと数分でも遅ければおそらくは魂が分離していただろうと志賢は言った。つまり、肉体はほぼ死んでいたということだ。
「何とか意識を読み取れるようになるまでにほぼ半月掛かったわ。欠損した四肢は修復中よ。ようやく右手が生えたの。治ったら合わせてあげるわね」
こともなげににっこりと笑う志賢に対し、ジョルトは少々具合が悪そうだ。逆にわたしは事故やケガというのが身近だったので、見てもひどいなと思っても大して動揺はしないだろう。
「別に、気にしなくたっていいのに。軍では傷痍軍人なんて珍しくないから」
むしろ、戦争とは、武力とはこういうことになるのだと叩き込むために、梨艶も父もわたしに看護をさせた。それに異を唱えたのはあの中では一番母親っぽいマチアスくらいである。けれど、おかげで命の大事さというのを学んだと思う。
「ああ、嘉瑶は慣れてたね。ぼくは…うん。慣れないなぁ」
怪我とか血に弱いからそれを見ない様に頑張ったジョルトは、守る方面に特化している。おかげで自分のはる結界は強力であると胸を張った。ほめたほうがいいのか、突っ込んだ方がいいのか。
「ま、っていうわけなのよ。意識が戻ったら人じゃなくなってるし、死んだことになっているしで戸惑ったみたい。でも、兄として放っておけなくて私を放り込んだってわけ」
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一渡りそんな話を聞き、彼の様子にすっかりなごむと、ふと現実的な疑問が頭をかすめる。
「ところで、今更ながらどうしますか。戻んないとならないけど、ほぼ真逆ですよ、ここ」
目的地の真逆で、もはや絶対に間に合わないだろうし、そろそろ向こうでも騒ぎになっていることだろう。大人しく待っていたほうがいいのか、帝都まで戻った方がいいのか。
少なくとも何らかの手段で、連絡したほうがいいだろう。
「ううーん。連絡手段…ねぇ。式飛ばして竜飛ばしてもいいけど、それをしたら後々面倒くさいことになりそうなのよね」
一部の魔術師や竜使いしかできなこともできるらしい。実に高性能な人だ。
「そうですね。貴方がしたら、のちのちまずいことになりそうだから…。僕がしましょう。僕がする分には問題ないでしょうから。素性なんて調べ上げられてます」
そう言うと、ジョルトはピューイと高い音を立てて指笛を吹いた。周りから鳥がやってくる。大小様々だし、小鳥も猛禽も入り乱れている。そして、面白いことに志賢の周りは見事に一羽も鳥がいなかった。
「鳥、来ませんね」
ちらりと志賢を見ながら言う。そこだけ空白地帯だ。わたしの肩ですら数羽乗っているというのに。
「そう…そうよね。ワタシ、小動物には怖がられるのよ」
いいわよ、ワタシにはこの子がいるから、と小さな竜に頬ずりしたが、竜にもものすごく迷惑がられていた。拒否するように小さな前足が彼の顔をぎゅうぎゅう押している。
そうして二人して呆気にとられたようにジョルトの様子を見ていると、一羽、ジョルトが伸ばした右腕に乗る鳥がいた。ハヤブサだ。心なしか自慢げに胸が張られている。
「この子が行ってくれるって。町の様子も知っていて、一番早いのはこの子らしいから。後でお肉あげるって言ったら張り切ってる。何か、僕たちからだっていう目印になるものあるかな?」
「えーっと…、うまくやってもらうために、条雅のところに行ってもらった方がいいよね。そうだ、これ!わたしのお守り」
腕に巻かれたものを見せる。父がまいてくれた大事なお守りだ。身に着けていたほうがいいだろうが、竜がいれば大丈夫な気がする。
腕を差し出すと、しげしげとそれを眺めた。
「これ、つけといたほうがいい気がするけど。まあ、僕と…そちらの竜族の方がいれば、君の一人くらい守れるかな」
視線を受けると、余裕綽々で志賢が笑い返す。多分、この人はかなり強い。少なくとも梨艶と同じくらいの実力はあるだろう。刀を交えたわけじゃないからわからないけれど。
「わたし、魔法関係は自信ないけど、普通の戦闘なら、勝てなくても自分の命くらいは守れると思う。魔法はジョルトが得意でしょ?」
ニコッと笑うと、ジョルトが頭をなでてくれた。やっぱりおねえちゃんぽい。
許可されたと判断し、腕に着けていたお守りを外すと、懐から取り出した紙に包む。端をひねって紙縒りのように細くしてから、風呂敷のようにした。これでハヤブサの首に着けられるはずだ。
「さて、これに文をつけるね。後、どっちか僕のことを馬に乗せてくれない?町に入ったところで、乗り移ってこっちで操作するから」
視界だけ譲ってもらい、操縦することが可能らしい。すごい技術だ。そして馬は二頭。確かに相乗りしなければならない。
「じゃあ、ちょっと馬にはかわいそうだけどぉ、ワタシの前に乗ったらどうかしら?貴方より腕長いから、抱えられるわよう」
「それがいいよ、ね?ジョルト」
この人、背が高いもんなぁ、腕も長いよな、とジョルトを見ると、心なしか頬が赤かった。




