後宮へようこそ ⑳
「貴方は何者なんですか?名前も偽名?」
今までの素性も何もかも偽物なのか、と思わず聞き返す。
「ヤダわ、本名よぉ。素性もホンモノ。でも、後宮に来た経緯は別に名誉が欲しかったわけじゃない。頼まれたのよ」
どこか遠くを見つめながら志賢が微笑む。何かを懐かしんでいるような表情だった。
「…頼まれた、とはどなたにですか?」
わたしの前にいるジョルトが緊張を解かないまま、警戒態勢で尋ねる。
「慶節よ。あなたの二番目のお兄様ね。同じ寮だったの、ワタシたち」
確かに、次兄は外の学校に行っていたと聞いたことがある。城の中で大事に大事に育てられた長兄と違い、いずれ外に出て臣下に下ることになっていた次兄は外で教育を受けたのだろう。
「学士院に行ってた時に、一番年が近かったのがあなたのお兄さん。仲良しだったし、ワタシの実家にもよく来てたのよ」
前に十八以来の座学だ、と言っていたから、おそらくは十八には卒業しているはずだ。そして、通常は十八程度で学士院に入る。
歳が近かったというから、兄も大して違わなかったはずである。武力に秀でていたから脳筋かと思っていた次兄だが、存外頭はよかったらしい。というか、あそこを卒業するとはかなり優秀だ。
もっとも、あまり判断できるだけの材料はなかった。長兄、次兄との交流はごくごく限られたものだったからだ。正直、顔もおぼろげだ。
「確かに、長兄の至虹殿よりは話の分かる人だったね」
「ジョルト、話したことあるの?」
ジョルトはわたしよりも少し歳上だ。しかもかなり長い間を一緒に過ごしていた。だから、慶節と話したことがあったのかもしれない。わたしが幼い頃は兄たちも何度かエサクに来たことがあるのだ。
「うん。君のこと気にかけてたよ。あまり近づくと危ないから、遠くからしか見れないけど、よろしく頼む、と言っていた」
君の傍仕えと勘違いされたんだ、と笑っていった。少し、ジョルトの警戒心が薄れたのがわかる。それにしても、ジョルトのことを従僕と間違えるとは。あまり人につかえる風には見えないと思うが。
「危ないって、どういうこと?」
「至虹殿下はあなたのことを警戒していたみたい。血筋もいいし、唯一の女性だし。でも、皇帝によって遠くにやられていたから、そうそう手出しはできなかったみたいね。慶節が近づけなかったのは、あの子が兄に支配されてたから」
どこから取り出したのか、彼はわたしたちにお茶を差し出してきた。ワタシに手渡されたものを横からジョルトが奪い、手をかざしてから匂いを嗅ぐ。それからこちらに寄こした。大丈夫だったらしい。
「やあねぇ。毒なんかいれないわよ」
苦笑しながら、ぐびっと飲み干して見せ、ほらね、と言う。どことなく人を食った感じのある人である。さすがは大商人。
「状況が状況でしょう!」
「え、えーと。とりあえず、話の続き聴こうよ、ジョルト」
今更知らないふりなどしなくていいので、ジョルトの腕に空いている方の手を伸ばし、そっと窘めた。昔から、守ろうとしてくれていたが、今日はなおさらだ。
渡された茶碗からずずっとお茶を飲んだ私を見て、ジョルトが半眼になる。
「まあ、落ち着きましょ。余計なのもいなくなってるし。ワタシ達にできることって落ち着くくらいだわ。……とにかく、慶節に頼まれたのよ。妹の婿選びが始まるから行ってくれって。もともと打診が来てたの。だから受けただけ。ほら、ワタシ、血筋だけは最高だから」
それはそうだ。この帝国の血筋で、西の大陸の皇帝の血をも引き、大商人の嫡子。さらには自分で立ち上げた商会も持っている。貴族位こそ持っていないが、かえって口出しできない分、皇太子の婿候補としては最高だ。
「ちょっと待ってください。それだと、慶節殿下が生きているようではないですか。この子の婿選びが始まったのは、葬儀の後です」
矛盾する話にジョルトが冷たいまなざしを向ける。
「さすがに、貴方はごまかされないのね。そうよ、生きてる。ぴんぴんとはいかないけど、ワタシの実家で療養しているわ」
にっこりと笑う志賢にこちらの目が点になった。
ちょっと待ってほしい、わたしは次兄の葬儀に参列した。母もあれは次兄だと言っていたではないか。顔出しもしていたし、あれは確かに遺体であった。
「あれくらいの時間なら、何とでもごまかしがきくものよ。あれは単なる人形。骨の一部と血を埋め込んで、髪を混ぜる。どれも本物だったから、よほどの、そこの神族の人でもない限りなかなかばれないわね」
「魔術師しかそんなこと、できないと思うけど。…………あなた、何者なんですか?」
魔術の心得もあるらしい。目の前の、物腰の柔らかな彼が、急に不気味なものに思えた。ジョルトも妙な顔をしながら見ている。
その時、ミューっという甲高い声がして、空から何かが降ってきた。結構、大きな塊が、ボスン、という音を立てて志賢の懐に飛び込む。ジョルトの腕に力がこもった。
「ああ、いい子ね。……なるほど?あらあら、今回は特に大きな陰謀は裏になかったみたいね」
彼が抱き込み、会話をしているのは、以前、私の部屋に入ってきた自称・竜であった。ぐるぐるいいながら懐いている。
「貴方、竜くさいと思ったら。竜使いでしたか」
思い切り眉間にしわを寄せ、ジョルトが睨みつける。神族は、神族に並ぶという竜や神獣と呼ばれる獣を使役する術者を嫌う、と読んだことがある。仲間を雑に扱われたような気になるのだろう。
「やあねえ、無理やり縛って使役する、あんな外道と一緒にしないで頂戴。ワタシは竜族よ。それも西と東の両方の血を引くね」
にやり、とわらった志賢の口元から、白い牙がのぞく。
「竜族…?竜族にしては人くさい」
「そりゃあね。竜族だって強ければ神族をごまかすことくらいできるのよ。この子はワタシの仲間。ほかにも何人か保護してるの」
ほらね、と振ったりした袖をまくり上げると、意外に逞しい腕に何匹もの鮮やかな刺青のような竜がうごめいていた。




