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後宮へようこそ  作者: 九重たまこ
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後宮へようこそ ⑱

「んーッと…。青藍の役(せいらんのえき)が起きて…、虹悦(こうえつ)帝が即位して…その弟が…」


 面白かったのだ。授業はお面白かったのだが、聞いてわかる気になっていただけだった。


 改めて考えているうちにこんがらがる。自分の祖先のはずだが、複雑すぎて、資料を破り捨てたくなった。紙に書いてある資料をじーっと見つめる。


 別にまだ試験があるわけではないが、納得いかないものは突き詰めたくなるたちなのだ。父にもわからないものはそのままにするんじゃない、としょっちゅう怒られた。


 お茶を飲みながらぶちぶち言って復習していると、後ろから声がかかる。志賢だ。


「違うわよ~。青藍の役の原因が虹悦帝の即位だったの。順序が逆。妾腹だったからね。正統性から言うと弟の…のちの虹正(こうせい)帝の方が上だったの。虹悦帝の母は庶民で、皇帝の妾妃ですらなかった。だから、貴族連中が怒ったのよ。それでひっくり返ったわけ」


 資料を煌びやかな爪で指し示しながら教えてくれる。びっくりした。志賢は授業中、一つも書き留めていなかったのだ。てっきり聞く気がないのだと思っていた。


「授業、聞いてたんだ?!」


「あら、ヤダ。ワタシ、真面目に聞いてたわよ。暗記は得意なの。一度聴いたら忘れないわね。一応、先祖のことだしねぇ」


 何と、やる気がなさそうだったのに反して、完璧に授業を消化していたらしい。一度聴いたら忘れない、という記憶力!なんてうらやましい。


「そうかぁ。混乱しちゃって」


「ま、創成期のあたりは歴史が複雑よね。どこの国もそうだわ。必要だったら勉強は教えてあげる。……その代わり、あの、神族の人の情報少し流してくれない?」


 少し照れたように、爪同士を口の前で合わせる。若い女の子がよくやる仕草だが、不思議に違和感はない。むしろ、妙に可愛かった。


「ジ…、レヒネル様のですか?」


 思わずジョルト、と言いそうになって言い直す。そういえば、最初にジョルトを見た時から志賢は妙な表情をしていた。だが、敵意というのではなさそうだ。


「あなた、気が合っているみたいじゃない。ちょっと気になるのよ。ねぇ、なんでもいいから」


 がしっと手を掴まれた。見た目の煌びやかな装飾に反し、大きくて結構男性的な手である。ああ、言動は女性っぽいけど、やっぱり男性なのだ、と改めて気が付いた。


「ええー?仲がいいって、ちょっと話してただけですよ?後宮内の雰囲気とか、誰がどこの出身とか。それに、自分で聞いたらいいのに」


 むしろ、知り合いだと知られないよう、当たり障りのない会話をしている。それでも神族というだけで腰が引けるのか、ジョルトに自ら話しかける者はわたしの他は白嶺だけであった。彼は、そういう意味では全く気にならないらしい。


「だってぇ、何となく近寄りがたくって。あんまりきれいだし」


「あんまり気にしなくていいと思うけど」


 派手さなら負けてないと思う。十分対等にやっていけるだろう。そして、何となく二人とも、対等なオーラを放っている。


「そうぉー?」


「話しかけてみればいいのに。今度一緒にお茶でもどうですか?」


「あら、それなら!」


 きゃっきゃと女子会のように盛り上がる。白嶺とジョルト以外候補者の視線に気づくことなく、わたしはその後も志賢と楽しく話していたのであった。


_____________________________________


 その夜は特に何もなく、後宮でゆったりと寝た。警備上の問題もなく、リラックスできたことで、実に安眠で来た。久々の快眠である。


 おかげでその朝は実に心が浮き立っていた。馬は大好きだったし、懐かしかったから、話を聞いた時から楽しみでならなかった。あまりの浮かれぶりに条雅に拳骨を喰らったほどである。


「おはようございます!」


 元気よく挨拶を交わしながら大広間に入る。今から今日の流れを説明されるのだ。昨日までと違い、みんなそれぞれ違うものの、動きやすそうな格好をしていた。


 志賢も今日は着け爪を付けておらず、服も錦織ではなく、質のよさそうな毛織物のものであった。きっと動きやすいものだろう。


 わたしの服も帝国風の乗馬衣装だ。ジョルトは向こうで私が来ていたような馬に乗るための服であった。彼の乗馬の腕前が見事なことはとてもよく知っている。


「本日はこれから森へ参ります。森へ参りましてから、三人一組になっていただきます。一名足りないところは、宦官兵より一名参加させます」


 なんだかいろいろ言われたが、結局私は仕組まれたかのように、ジョルトと志賢と一緒の組になった。お茶会よりも先に、何と一緒に作業をすることになっていたのである。


 とりあえず、二人とも馬には問題ないようだから、よかった。馬に乗れない人と行くのは結構大変なのだ。


 話によれば、乗馬の技術ごとに分けられたらしい。白嶺とティウはほとんど馬に乗れないらしく、宦官兵と共に行くことになっていた。ご愁傷様である。明日はきっとお尻が痛いに違いない。


 ――― あれ?でもティウって騎馬民族じゃなかったかしら。


 それでは参ります、といわれて班ごとに分かれて車に乗る。馬四頭が引く、豪華なものだ。これは機会、一応色々隠したまま志賢をジョルトに紹介する。


 ふんわりほんわり話すジョルトに、次第に彼も打ち解けていった。


「神族の方って、思ったより気さくなのねぇ。うれしいわ」


 うふふ、と笑う志賢はかなり可愛い。黙っていれば男前なのに、仕草とは偉大である。わたしも少し、女性として人前に立つときには考えたほうがいいかもしれない、と内心こっそりと反省した。


 その時だった。それまで順調だった道のりが、急にうねりを帯びる。森までは整備された道で、しかも衝撃吸収を付けた車輪だったから、妙だ。


「急に、揺れ始めましたね」


「そうだね。舗装道路だったはずだけれど」 


「なんだか妙ねぇ?いったん止めましょうか」


 どのペースで目的地にたどり着くかは各班に任されていた。乗り物酔いをする人もいるので、ゆとりを持った集合時間だったのだ。


「ちょっとー。いったん、馬車を止めてくださる?」


 何かあればそこをたたくように、と言われた徐車台に通じる小窓を志賢がこんこんとかなり大きな音を立てて叩いた。


「御者さん?ちょっとー」


「妙ですね。窓を開けてみますか?」


 ジョルトが手に持っていた杖を振ると、御者台に通じる小窓が開いた。


 だが、宦官が務める御者がいると思っていた御者台には、誰も座ってはいなかった。




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