後宮へようこそープロローグ
………なぜこんなことになっているのだろうか。
三弦琴のおっとりとした美しい音色。それに乗った伸びやかな美声。
爽やかな香が一帯を満たし、葡萄色の絹で仕立てられた弾力にある長椅子はうっとりとするほど座り心地がよい。
それらが納められた西大陸風の漆喰や絹の壁紙で彩られた大広間は、まさしく社交の場にうってつけである。事実、ここは社交場である。
その中にわたしは所在なくちんまりと座っていた。座り心地のいい長椅子を堪能する余裕もない。隣に一部の隙もなく背を伸ばして控えている近侍のほうが、わたしよりもよほど堂々としている。だが、その社交の場に満ちている声は女性のものではない。多少の高低の差はあれど、女性のものではありえない、低い男の声だ。
右を見ても、左を見ても左も見ても、男、男、男。
目の前にいるのは男ばかりだ。それも、非常に色彩に富んでいる。髪の色や瞳の色はもちろん、肌の色もさまざまであった。年齢も少年といって差し支えないような者から、成熟した大人の男の色気を漂わせる者まで実に多様だ。
ただ、共通しているのは皆、非常に容姿が整っている、ということだ。
そして、女性は一人もない。
………わたしを除いて。
思わず、はあとため息をつく。
「瑶星様。お茶と一緒に甘いものでもいかがでしょう。お顔の色がすぐれませんが」
ため息をついたとたんに、そばに控えていた近侍の条雅が、にこやかな笑顔で毒味をしたばかりの茶と菓子を勧めてくれた。だが、この笑顔をそのままの意味と取ってはいけない。
その顔には、「びくびくするな、しゃきっとしていろ」という文字がばっちりと書かれている。
そう、怪しまれるわけにはいかないのだ。
わたしはここでなすべきことがある。
………ここ、後宮で。