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後宮へようこそ  作者: 九重たまこ
19/35

後宮へようこそ ⑰

 ジョルトが言ったように、翌日に母に呼び出された。後宮内での辻褄合わせは条雅がやってくれるんだろう。


 数日ぶりにあった母は、相変わらずけばけばしい、人形めいた化粧をしていた。自分が帝位をついだ暁にはあの化粧は廃止したい。


「嘉瑶、参りましてございます」


「うむ。そこに座るがよい」


 母の執務室にある、螺鈿でできた黒檀の椅子に腰を掛ける。こういうところまで、皇帝のものはとても贅沢だ。決して新しいものではないが、手入れが行き届いている。


「まず、お前に報告がある。一つは、お前のもう一人の婿候補は宮中に上がらないこととなった。急に、毒に侵されたらしい。今、背後関係を探っている」


 あと一人、顔すら知らない母がねじ込んだ候補者だったが、物騒なことになっていたようである。この婿選びに関係あるのかどうかは謎だが、用心に越したことはない。殊に兄二人が亡くなっているのだから。


「承知いたしました。現在の人数で候補は全員ということですね」


「それと、もう分かっておるようだが、ギレト家のものは婿として決定だ。西への抑止力にもなるだろう。二十年と契約上はなっておるが、そのようなものはどうにでもなる。たらしこんで引き込んでしまえ。いざとなれば宮中の魔術師に改竄させる」


 母はそんなことを言うが、先日の浄化を見ていたらそんなことは言わないだろう。ジョルトは神官と魔術師の資格を有している稀有な存在だ。なおかつ、神族である。改竄など看破されるにちがいない。

 

 そうは思ったが、おとなしく黙っておく。こちらにきてから、母は自分の言うことに反論されるのになれていないことがよくわかった。宰相や各部門の長はともかく、確実に目下の場合、率直なやり方では耳を貸してすらもらえない。


 その点で父は優れていた。規模が小さかったせいもあるだろうが、幼いころから、下位の者の進言を聞き流しているのを見たことがない。だから、あの荒れていた北の駐屯地を制御出来ていたのだろう。


「努力はいたしましょう。結果は保証いたしかねますが」


「ふむ。まあ、お前は見た目は悪くないが、女としての魅力には乏しいからな。まあ、精々磨け」


 悪気なく母に貶され、密やかに傷ついたのであった。


_____________________________________


 内心、憤慨しながら後宮に帰ると、すぐに私室から大広間に集められた。ジョルトがやってきて、残りの一人が来れなくなったので、今日から緩やかに婿としての教育が始まるということだった。


「まず、このすぐあとは建国史、午後は武術となっております。明日は朝から乗馬となっておりまして、その後に礼法の授業となります。馬以外にも騎獣をご用意してございますので、騎獣に関する過敏症などがございましたら、お早めにおっしゃって下さい」


 宦官が慇懃無礼な感じで伝える。しかし、後宮には宦官がやたらにいるなぁ、と思った。まあ、何らかの間違いが起きてはならない、ということなんだろう。


 そのまま、教室になるという場所に移動する。何の面白みもない部屋であった。きっと本来は会議室にでもしているのだろう。


 何となく、わたしは志賢と白嶺の傍に座っていた。一番前には目をキラキラとさせたサゴン=パルリョンが、その後ろには少し間を空けてカマルとノル=シヌハークがいる。一番後ろにはやる気がなさそうにティウがいた。


 付き添い達はここにはいない。婿候補と講師だけがこの部屋に入ることが許されるのだ。


「座学かぁ。久しぶりなのよね、ワタシ。十八以来だわぁ」


 うんざり、と言った態で志賢がため息をつく。この間、じっとしているのが苦手だといっていたから、座学が嫌なのかもしれない。


「僕は、最近まで医学所に行っていたので、座学は慣れてますけど、政治とかはほとんど勉強してないので、自信が…」


 すっかり仲良くなった志賢と白嶺が和気あいあいと話している。それを眺めていると、脇からちょいちょいと手が伸びてきて、白嶺の着物の襟をつまむ。


 ジョルトだった。彼はわたしの隣に陣取っていたのだ。


「皆さん仲がよろしいのですね。僕も、今日からよろしくお願いいたします」


「あ、はい。よろしくお願いいたします」

 

「ええ、よろしくね。ジョルト様」


「し、神族の方に和えるだなんて!感激です」


 わたしが微妙な顔で笑う。そして、なぜか志賢は作り笑いで答えている。白嶺は別の意味で、ドキドキしているらしく、ちょっと挙動不審であった。きっと、研究対象として萌えているに違いない。


 そうこうしていると、講師が入ってくる。宦官の中に見た覚えがある顔だった。神経質そうないかにも学究肌の男性だ。真面目そうだが、何をして宮刑(注:去勢)になったのだろう。


「さあ、口を閉じてくださいね。私がこの講義を担当する青博文です。ここでは、地位に関係なく授業を行います。そのことに何か文句があれば後宮の責任者に直接おっしゃってください」


 くいっと眼鏡を上げると、ぴかりと反射し、どこか狂人めいている。

 

 それに少々おびえたものの、意外というかなんというか、青博文の授業は面白かった。サゴン=パルリョンはかぶりつきてみており、文系が苦手だといっていた白嶺も聞き入っていたのだ。


 わたしもはっきり言って歴史が得意ではなかったが、彼の講義は頭にすんなり入ってくる。婿教育に駆り出されるだけあって、優秀な講師であった。


 しかしながら、もっと驚いたのは婿候補各人の取り組み姿勢である。しっかりと巻紙に書きつけながら勉強していたわたしだが、志賢とノルは一切、書きつけていなかった。手を抜いているのか、それとも必要がないのか、なかなかに興味深い人たちであった。



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