後宮へようこそ ⑯
結局、ジョルトのことは遠巻きに見つめることしかできず、その日は終わった。一瞬だけ目が合ったような気がしたけれど、変装もしていたから、わたしだとはわからなかったのかもしれない。
でも、父からは聞いているはずだし…と悶々と悩んでいたその夜、深夜のことだった。今日は皇太子宮ではなく、後宮に泊まっていた。何となく、いたほうがいいような気がしたのだ。
それに、ジョルトがはらってくれておかげで空気もすこぶるよくなったので、居心地がいい。今までに比べて大分、助かった。はっきりと空気が淀んでいたのだから。
昼間のことを思い出しながら、ぼーっと書物を広げて蝋燭の灯で見ていると、突然胸元に下げている袋に入っている通信鏡が明滅した。
着信を知らせるものだ。この夜に一体何なのだろうかと思い、袋を開けて取り出すと、そこにはジョルトが映っていた。
「ジョ!…ジョルト」
思わず叫びそうになり、そっと声を落とす。うれしくてたまらない。忘れないでいてくれたのだ。
『久しぶり、嘉瑶。元気そうで何より。今日見て、あんまり違和感ないんで、笑っちゃった。こっちに来る前のまんまだね。これ、嘉那さんが事前に登録しておいてくれたんだよ』
先ほどの神々しさはどこへやら。ふわふわと笑い、こちらに話しかけてくる。これぞジョルト。わたし達のお姉ちゃんである。常に男性よりの格好だったが、どちらかというとお姉ちゃんという感じだった。
「父上が。……相変わらず抜け目のない。面白いことってこういうことなんだぁ」
『そうだねぇ。まあ、そればっかじゃないみたいだけど。嘉那さんにはかなわないよ。おかげでエサクの方も何とかなったし。感謝しなくちゃね』
にっこりと意味深に笑う。父と先日連絡を取った時、山のような書類が積んであった。よほど忙しいのかな、と思っていたが、単なる仕事の忙しさだけではなかったのだろうか。
「なんかあったの?父上からもあんまり連絡ないし、母上は意図的にあっちのことは隠しているみたいだし、少し気にはなってたんだ」
条雅に聞いても教えてはもらえず、母に至ってはそもそもこちらから会うことすら難しいので、情報は引き出せなかった。むこうにいた時の仲間からも一つも連絡もないのも変だ。
「あのね、隣国と色々あってかなり危険だったから、アディルが王位を奪ったんだ。正式に国王と認められるには皇帝の承認が必要でね。帝国に敵意はありませんよって、意志を表明するために僕がここに人質としてきたんだよ』
ふわふわとした口調にごまかされそうになったが、いまものすごいことを言わなかっただろうか。アディルが、わたしの親友が王位を簒奪したと聞こえたのだが。
確かに釣り書きを思い出すと、アディルは王族ということになる。
「えと…、冗談…」
『冗談じゃないよー。君のお婿さんって形で来たんだ。自分で言うのもなんだけど、ギレト神族は貴重でしょう?僕が産まなきゃ、ギレトの血は発現しないんだけどね。貸出期間は20年。僕の寿命からするとそんなに長くはないし、うまく収まるならいいかなって』
元々、先王は厄介払いをするために、ジョルトをこちらに婿候補とよこすはずだったらしい。だが、あくまでも候補であり、決定ではなかったのだそうだ。
『それをうまく使って、嘉那さんが皇帝と交渉してくれた。まあ、僕的には結局一緒だからね』
「そんな、いくら父上が頼んだからって。一年と二十年とじゃ違うよ!」
『大丈夫、大丈夫、僕の寿命長いから。明日あたり、皇帝陛下から君に説明があるんじゃないのかな。それに、僕にとってもエサクを離れるのは都合がいいんだよ』
「あ…そっか。子どもも産めるジョルトが王位継承権持ってたら、国が割れかねないんだ」
エサクは女系だ。土地を支配する精霊との契約から、子どもを産める者しか王位につけない。現段階で釣り書きから判断した有力な王位継承者は先王の直系のアディルと先王の弟の子、ジョルトだ。
そんな背景を読んで、わたしがこちらに来た短期間で父は準備を整えてくれたらしい。身内のひいき目を別にしても、将来、わたしが国を治めるときに欲しい。
『まあ、おいおい説明してあげる。とりあえず、僕は君の味方だよってことは覚えておいてくれればいいよ。今のところエサクには独立するつもりも帝国に範囲を翻すつもりもないんだ』
むしろ、北に控えるルサールカの脅威の方が大きいのだといった。魔力を無視したルサールカは、それを補うかのように技術力が発展している。神々の加護を得て北国ながらも豊かな隣国・エサクを常に狙っていた。
「へー……。っていうか、わたし、ジョルトが王族ってことも釣り書きで初めて知ったんだけど」
『うーん。まあ、色々と事情があってねー。正確には僕とアディルは兄妹であり、従兄妹でもあるんだ。僕の母親がアディルの父親で、僕の父親とアディルの母親が姉弟だから」
「うん?」
混乱した。母親で父親で?つまり、ジョルトと一緒の中性体ってことか?
『ま、おいおいね。明日から、よろしくー』
ものすごく軽い調子で、そんなことを言われた。




