後宮へようこそ ⑮
明けて翌日。ジョルトがやってくるとの知らせがあった。朝食を終え、広間に集まった時に告げられえたのだ。授業や何かは全員が集まって、少しなじむまで始まらないという。
伝令官によれば、数時間ののちには到着するらしく、後宮中が何となくざわついていた。どの候補者も落ち着きがない。噂好きは女性だけではないのだ。
何といってもギレト神族は珍しい。神族と名のつくものと出合うことはめったにない。しかも傍系ではなく直系である。
釣り書きによれば、ジョルトの母はギレトの長の唯一の子であるらしく、いずれ彼も長になるようであった。ただし、記録によれば現在の長は二百歳以上らしく、跡を継ぐにしても我々が死に絶えてからに違いない。
「あらー、ワタシ、神族って初めて見るわぁ。楽しみねぇ、瑶星、白嶺」
「そうですね。うん、楽しみです。え、と、志賢さん」
「あ、はい。楽しみですね!ぼく、神族って初めてで、普通の人間と脈とか違うのかなぁ」
生き物の脈の回数って、大体決まってましてね、と白嶺が興奮気味に言った。お互いに声をかけるでもなく、志賢と白嶺と三人で集まっていた。
妙に波長が合ったので、世間話をしつつ茶をすする。因みに護衛や侍従は壁のあたりに控えていた。いま、給仕をしてくれているのは宦官である。候補者同士で絆を深めろということらしい。
今朝は挨拶ついでに非常に気になったので、志賢の化粧の話になったところ、同じく興味を引いた白嶺がやってきたというわけだった。
因みに趣味もあるらしいが、呪い除けという意味もあるのだそうだ。彼の母の出身の澄国では男性でも化粧をしているという。彼ほどばっちりするのはまれのようだったが。
「志賢って固いからやめてってば!ジェムって呼んで頂戴。でもそうねぇ、長寿なんだから、脈拍が遅いかもしれないわね。亀とかって脈が遅いって言うじゃない?」
刺さりそうに長い爪で器用に菓子をつまみつつ、志賢が言った。昨日と同じく見事な爪である。優雅に見えるので、ちょっとしてみたいかもしれない。
「そうですよね~。……測らせてくれるかなぁ?」
「さあ、どんな人かは分からないけど、測らせてもらえるといいわね。いい人だといいわぁ」
そんな風に雑談していると、あっという間に時間が過ぎた。気が付くと昼時にもう近くなっている。すると、しゃーんという鈴が鳴るような音が響いた。あれは来訪者を知らせる音だ。
どうやら、ジョルトが来たらしい。
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長ったらしい口上があり、戸が開くと、そこにはジョルトが立っていた。ゆったりとした魔術師の正装をし、手には見事な細工が施された杖を持っている。そして、後ろにはたった一人、年配の男性がいるだけであった。
そして、すっと礼をする。同等の立場のものにする王族の礼だった。上も下もないという考えなのだろう。銀色の美しい髪が肩から零れ落ちる。ふんわりと柔らかく微笑むと、魔力のこもった壁に似た煌めくオーラがふわりと立ち上った。
「ギレト=レヒネル・エルジェーベト・ジョルトと申します。どうぞ良しなに」
何も変わっていなかった。懐かしく、ほっとする雰囲気だ。だが、周りはその雰囲気の飲まれていた。特に、隣にいた志賢が男らしい表情をしてジョルトを眺めていた。反対にいた白嶺もぼうっとして眺めている。
思わずいつものように抱きつきたくなったが、ここでは全く初対面の他人という設定だ。さて、あいさつするべきか。それともわたしの時のようにカマルが挨拶するまで待つべきか。
そう思っていると、ジョルトがぐるりを広間を一周見渡す。そしてしげしげと周りを眺め、一言いった。
「あいさつ代わりにちょっと失礼いたします」
手に持っていた杖をトンを一つついた。呪文も何もなく、ただ一つついただけ。ぶわりと風が強く吹く。室内ではありえない風量だ。
途端に、重苦しかった空気が吹き払われ、空間が正常になった。
「な、によ。これ」
志賢が呆然としたようにつぶやいた。白嶺は鈍いのか、何となく変わったかな、と感じただけのようである。彼は、こういったものに耐性があるのかもしれない。ある意味強いだろう。
「すごい!空気が変わった」
あちらこちらから声が上がる。敏感な人間には空気の違いが分かっただろう。
「少々、悪いものがあったようですから、一時的ですけれど、祓わせていただきました」
にこりとわらったジョルトは神々しく、この世のものではないようであった。




