後宮へようこそ ⑬
それから数日後、私は後宮に入ることとなった。今回の婿候補が連れていけるのは二人のみ。実質的な侍従と護衛だ。準備もさほど時間はかからなかった。もともと持っていた私の服の半分は男ものだったし、今回偽る身分にふさわしいものだったからだ。つまり平民ではないけれど、あまり金持ちではない貴族の子息、といった風である。
今回連れて行ったのは条雅と黒隊長だ。猫をかぶるのがなかなかにうまい条雅は、すっかりたおやかな雰囲気を醸し出す侍従へと変貌していた。髪も染め、眼鏡をかけている。これでは「鬼」と異名をとる白条雅と同一人物とはわかるまい。
名も朱真という偽名を使っている。何て言ったって朱家の親族は履いて捨てるほどいる。私も一発逆玉をねらう、朱家所縁の没落中級一位である貴族の妾腹・瑶星という設定だ。
そして、黒隊長は驚くべきことに完璧に男に化けていた。聞いてみたら彼女は隠密行動が得意なので、姿だけなら何にでも化けられるらしい。優秀な人材を回してもらえてよかった。
「いよいよ来たね」
後宮への大門を目の前にして圧倒される。荷物は手荷物以外はすでに運び込まれているから、もはや後ろに控える二人と一緒に入るしかない。
「……若様、お言葉が」
にっこりと柔らかく条雅が促す。完璧に役になり切っていて怖い。昔からどうでもいい大人の前で、優しいお兄さんという猫をかぶるのが本当にうまかった。
「さあ、参りましょう、若様。警備の面からもよろしくありません」
後ろから黒隊長がいう。ここでは耀と名乗っていた。
「そうだな。僕が入らなきゃ」
意を決して戸を叩く。事前に母に別人として登録させられた魔力が反応するか不安だったが、無事に反応し、開かれる。まあ、そもそも後宮につながる通路に案内された時点で大丈夫だとは思っていたが。
「ようこそお越しくださいました、朱瑶星様。今回後宮を取り仕切るジャド・ルェハと申します。朱家の主筋からのご推薦と伺っております。それと、侍従の朱真殿と護衛の黒耀殿ですね。お荷物はすでにお部屋の運ばせていただいております」
「ああ、今日からよろしく。部屋にはいつ入れるのかな」
戸の向こうには、以前大広間で会ったルェハが待ち構えていた。宦官ということは元罪人ということだから、この口の利き方で間違っていないはず、と内心びくびくしながら話しかける。
「一応お部屋にはすぐにご案内できますが、まずはお茶でもいかがでしょう。皆さま、広間にお揃いでございます」
「う、ん。そうだね。一応恥ずかしくない格好はしているから。……耀、ではこちらを」
持っていた手荷物をそっと渡す。これで、お茶をしている間に部屋を探ってくれるだろう。完全に彼女を信用していいかは微妙だが、今のところ裏切る気配も感じない。敵意がないことは条雅に術をかけて確認してもらっている。それに何となく懐かしい感じがするのだ。
「かしこまりました」
「承知いたしました。それでは黒殿だけ先にお部屋にお通しいたしましょう。お二方は私についていらしてください」
そばにいた下働きと思しき青年に黒隊長を託すと、ルェハは私達二人を広間へと案内するため、踵を返した。
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広間につくと、そこは異世界だった。一斉に視線がこちらに向く。流れていた三弦琴が止み、空気がピンと張りつめた。
「候補者がお一人、朱瑶星様のお越しでございます。……それでは、私はこれで失礼いたします。何かございましたら、壁際の宦官どもにお申し付けくださいませ」
大きな体に似合わぬ優雅な動きでルェハはそうだけ言って去っていった。
すると、壁際にいた青年たちが席を作り始める。その間、どうすべきか。私は扉を背に考える。
初めてなので挨拶をするべきなのだ。この場合、私は中級一位の貴族の息子という設定だから、一番身分が上のガザルの王子様に挨拶に行くのがいいのだろうか。それとも身分は関係ないというならば、全体に挨拶すべきか。
すると、隣でどうした、さっさとしろ、とばかりに条雅が視線をよこす。つまり、全体に挨拶しろということだろう。意を決し、視線のもとである彼らへと、わたしの婿候補達に対して挨拶をする。
そうだ、ここでは対等なのだ。堂々としなくては。
「皆様、お初にお目にかかります、朱家の分家出身の瑶星と申します。中級一位という若輩者ではございますが、何卒宜しくお願い致します」
しっかりと同輩に対する例を取る。身分を取っ払ったという建前なので、これでいいらしい。動いている宦官も、控えている宦官もほっとしたような表情を浮かべた。間違ったら、ギスギスしたかもしれない。
すると、一番傍にいたビヤーバーン王国のカマル=ファルシャード・キュロスがゆったりとした足取りでやってきた。相変わらずゆったりした服装だが、前回よりは露出が多い。あれは正装だったからだろう。
「初めまして。カマル=ファルシャード・キュロスだ。一番、年長だからね。僕から挨拶させてもらおうか。名前は長いから、カマルかファルでいいよ。キュロスは家名だから。これからいろいろあると思うけれど、よろしくね」
先日は覆われていてわからなかった髪が、覆い布の間から半分こぼれている。美しく波を打って肩に流れる森の様な色の髪はきっと計算されつくしているのだろう。彼の顔や体をとても魅力的に見せていた。なるほど、男でも演出が必要なのだ、と思う。
カマルと握手をすると、後ろから黒髪の背の高い男性がやってきた。確か、遠縁であるという青年だ。前回の色は抑えているけれど物は最上級、というのと違って今日はゴクラクチョウのように派手である。髪は緩やかに編まれ、この人で無ければ似合わないと言いたくなるような錦織の服、そして爪は美しく未婚を示す青に塗られていた。キラキラ付きで。
そして、わたしは何よりその自己紹介に度肝を抜かれていた。
「じゃあ、次はワタシが行こうかしらぁ。名前は庚志賢。でも、つまんないからジェムって呼んで。あだ名なの。かわいい子が来てうれしいわぁ」
腰に来そうな艶のある低い声で囁かれたのは見事な女言葉であったのだ。




