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後宮へようこそ  作者: 九重たまこ
13/35

後宮へようこそ ⑪


 蒼夫人と雪華に伴われて後宮に行くと、大広間に直接通された。初めて入る部屋だった。おそらく後宮の主 ―つまり皇帝や皇太子だ― が招かれる部屋なのだろう。そのせいか後宮のほかの部分よりは落ち着いた色合いである。だが、やはり壁紙は絹だし、絨毯もおそらく絹だろう。足が沈みそうであった。

 部屋の一番奥には数段上がらなければいけない台座がおかれ、その上には玉座にも見えるような大仰な椅子が据えられていた。そして、そこに座るように促される。雪華の手をつかみあがりきると、何とか腰を下ろす。

 上からあたりを眺めると、台の左右にはずらりと後宮の護衛である宦官兵が並んでいた。普通なら緊張するのだろうが、軍の中で育った身としてはむしろ安心感があった。無駄に煌びやかで美々しい空間にいる方が心臓に悪い。

 わたしが歩いてきた道を上から見ると、台の前から扉にかけて一直線になっていた。そこだけ別の色で道のように織り出しているらしい。贅沢なことだ。


「さあさ、帯に体重かけないでくださいね。しゃんとして、お声を出してはなりませんよ」


 裾が美しく広がるように、下から見上げた時にわたしの胸がやや大きく見えるように、帯を下からぐいと押し上げて衣装を調整する。紅を少しさしなおし、視線もどこに合わせるかも注意された。両手で肘掛をつかむと、爪飾りを装着される。

 体制を調整されると、簪の重さで頭が後ろに引かれて、自然と偉そうな格好になる。わたしとしては不本意だが、簪にはそんな効果があるのかもしれない。


「左様でございますな。決してお声をかけてはなりません。前を見据え、候補者の方々を観察なさってください」


 後宮所属の宦官の代表の男性から偉そうに睥睨するように相手を見下ろせと言われる。特別扱いをせず、わたしの存在を知らしめるのが目的だという。個人的には話して相手の人となりを知りたいのだが、まだ今日はだめらしい。そして、一見しただけでダメな相手は知らせろと言われた。


「では、よろしいでしょうか、蒼夫人」

「ええ、殿下のご準備も整いましたわ。候補者の方々をお入れになって」


 先ほど入ってきた扉が開かれ、宦官が六人ほどの候補者を率いてきた。残りの二人は明日、明後日と到着するそうだ。仕事の関係であるらしい。兄の時も三々五々とやってきたのだという。ただ、先に来た方が仲良くなりやすいという利点があるらしかった。


「候補者の方々、おなりです!」


 声がかかると、台の前に六人がずらりと並んだ。観察しやすいように椅子は無しだ。おかげで頭の先から足の先まで観察できる。背の高さも髪や肌の色もさまざまである。年齢も十四、五のごく若い少年から、三十に手が届きそうな青年までいた。

 残念なことにジョルトはいなかった。後から来る候補者の一人なのだろう。早く会ってみたいが、この状態であうのは怖いような気もする。

 そんなことを考えながら見ていると、彼らは一斉に両手を組み、やや持ち上げて、それに合わせて頭を下げて礼をする。一応、わたしに対し、最上級の礼をとったことになる。これが皇帝ならば跪かねばならないが。

 ここからは蒼夫人がわたしの代理である。視線をちらりと彼女にやると、彼女が頷く。


「殿下は大変結構、遠くからの来訪、大義であったとおっしゃっておられます。墨宦官長。紹介を」

「は! 呼ばれた候補者の方は一歩前へでて礼を」


 妙に堅苦しい儀式に、むしろ笑い出したくなる。だが、塗り壁のような化粧は下手をしたら崩れそうだし、顔に表情をのせてはいけないというので、腹に力を入れて我慢をする。


「ガザル王国第十四王子ティウ殿下。御年十六歳で在らせられます」


 詳しい説明は後で、というか釣り書きでということなのだろう。出身国と名前、年齢だけが告げられる。先ごろまで住んでいたエサクの東の国ガザルは遊牧民の国だ。体が大きく、厳ついものが多いが、目の前の王子は年齢よりも若く見える上に、華奢な印象の少年だった。長く編まれた赤銅色の髪と同じ色の瞳がまるで彼の内なる気性を表しているようである。音も立てずに前に一歩出て、礼をする。


「ヌオク国王弟ノル=シヌハーク王子。御年十九歳で在らせられます」


 今度は青年だった。南国らしい、浅黒い肌とたくましい体つきの男性だ。だが、顔つきはは先ほどのティウよりも、むしろ穏やかである。頭に巻いた手の込んだ縫い取りがされた麻布が、彼の立場と生まれた地域を示していた。ほりの深い顔立ちに、その装束がよく生えている。ヌオクの貴族がする礼を彼はとった。


「ビヤーバーン王国カマル=ファルシャード・キュロス閣下。上級二位相当の侯爵の地位をお持ちです。御年二十七歳で在らせられます」


 西の大陸出身の人々ようなメリハリの利いた顔を立ちで、色気のある男性であった。全体的にゆったりとした服装で、顔以外の体の大部分を覆っている。髪の色は見えないが、瞳はわずかに金色を帯びた緑色である。わずかに見える指先には何やら複雑な文様が描かれていた。花嫁がそのような装飾をすることは聞いたことがあったが、男性もするのかもしれない。堂々とした様子で前に出て、彼は頭を垂れた。


「シウォンパム王国サゴン・パルリョン閣下。上級三位の地位をお持ちで、現国王の御孫みまでいらっしゃいます。御年十四歳で、最年少となられます」


 緑がかった艶やかな黒髪をきりりと結い上げ、襟元をきちんと合わせた服を着ている。すっきりとした面立ちの知的で美しい少年だ。瞳には理知的な光が宿っている。彼は一歩前に出て膝をつき、合わせた拳に額を押し付ける。皇帝にする礼であった。実に大仰だ。



澄国ちょうこくの商人である庚志賢こうしけん殿。リーニュ商会の創設者にして会頭。二十四歳です」


 例のわたしの遠縁だという青年だ。絵姿を見るよりもずっと美しい男だった。黒髪に黒い瞳だが、光の具合がどこか違う。澄国と我が国の血を色濃く引いていたはずだが、どこの国かわからない容貌をしている。候補者の誰よりも背が高く、丁寧だがどこか怪しげな雰囲気だった。彼は舞でも舞うあのように優雅な礼を取った。


虹輝こうき帝国の薬師、りょく白嶺はくれい殿。石家せきけの跡継ぎにして、緑家の長男です。十八歳です」


 彼は大人しやかな青年で、むしろ少年と言ってもいい容貌であった。整っているが派手さはなく、貴族的な雰囲気は少ない。だが、石家と言えば、一子相伝の特殊な薬品を扱っている薬店だ。製造から販売までを手掛ける店で、世界中からその薬を求めてやってくる。彼は少し戸惑ったような様子で丁寧な礼をした。

 どうやら紹介は身分の順であったらしい。あくまで現在持っている称号に照らし合わせて、だが。でもこれからは皆同じ舞台に上がるのだから、別に名前順でもいいと思う。


「以上、六名が本日集まった候補者の方々です。これより先、後宮においては身分を取り払い、一律に取り扱われます。我々も、あくまで候補者として扱いますので、そのように」


 そんなことを思っていたら宦官長の言葉遣いが少々変化した。それまでは候補者の身分に応じた言葉遣いをしていたのだが、がらりと丁寧だが目下に対するものへと変化する。それに反感を覚えたようなのが一人、二人いた。そういう反応を見るために、わざと身分順の紹介をしたのかもしれない。


「このほかに、三名候補者が明日以降、順次後宮に入ります。候補者はこのまま、我々の指示に従い、各部屋に入ってください」


 その言葉を聞いて、思わず眉を上げそうになった。候補者は八人と聞いていたが、何と、いつの間にか一人増えていたらしい。母が気に入った若者でもいたのかもしれない。絵姿すら見ていないが、大丈夫なのだろうか。


「ではルェハ。候補者を後宮の各部屋へ」


 宦官長がひときわ縦も横も体の大きい、男性に声をかける。後宮においてかなりの地位にあるのだろう。武人であったのかもしれない。特に何の威嚇もしていないのに、得も言われぬ迫力があった。


「は!それでは候補者の皆様、私の後に続き、後宮の奥へ。……殿下、この場より下がることをお許しください」


 それを聞き、蒼夫人に目で合図する。むしろさっさと行ってくれ、と言いたい。いい加減、相手を見定めるのも疲れた。塗り固められた白粉にもひびが入りそうな気分だ。


「殿下はよろしいとおっしゃられています。ルェハ、くれぐれも粗相のないように」


 ルェハが蒼夫人に答えて礼をすると、候補者たちも習ってわたしに礼をする。何度も礼をしてご苦労なことである。気の毒だが、郷に入っては郷に従えというし、我慢してもらおう。

 そして、彼らは入ってきた扉とは別の、脇の扉からつらつらと鳥のひなのように連なって出ていった。

 よくよく吟味されただけあり、一目で不快と思える候補者はいなかった。皆、それぞれに見目もよく、個性的で魅力的であった。

 さて、彼らの中から、どうやって三人も選ぶのだろうか。そのことを考えるとわたしは非常な不安に襲われるのだった。



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