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「魔法使いの弟子」シリーズ

黒ウサギの決意と自制心

作者:井藤 美樹
 
 この世界は五つの大陸から成り立っている。

 蒼の大陸。翠の大陸。朱の大陸。黒の大陸。そして、空中に浮かぶ、白の大陸の五つだ。

 僕が生まれたのは翠の大陸。翠の大陸は獣人が統治する大陸だ。大陸の要である王都からかなり外れた田舎で、僕は生まれた。

 獣人と一概にいってもほんと様々で、獣の姿のまま成長する者もいれば、人型に近い容姿に変異出来る者もいる。人型に近いといっても、耳や尻尾など、体の一部に獣の部分を残しているのがほとんどだ。そしてまれにいるのが、獣の姿と完全な人型の二種類を併せ持つ者だ。

 僕は黒ウサギ。

 両親も兄妹八人とも、全員ウサギだ。

 その中で、僕以外の全員が第二次発情期を迎えると、人型の容姿に変異出来た。僕を除いて。

 ウサギっていうのは、草食動物で、肉食動物よりも能力がはるかに落ちる。村の中でも庇護される立場だ。だからかな、必然的に立場が弱い。それでもまだ、人型に変異出来れば、街や王都できちんとした職に就き、一人で生活していけるんだろうけど、僕のように草食動物で、獣の姿のままだと、それは不可能に近かった。

 だから僕は、両親と一緒に田舎で畑を耕して生活していた。

 村の皆も僕のことは差別しないで、普通に接してくれる。両親も兄妹も。少しは同情はあったかもしれないけどね。それでもこの場所は、僕にとって、とても心休まる温かい場所だった。

 最底辺にいる僕でも、かつては人並みに夢はあったんだ。

 ハンターの資格をとって、世界を旅することだ。

 ーーハンター。

 それは魔物を討伐し、生計をたてる者。ギルドの依頼を受けたり、時にはダンジョンにも潜ったりする。すごく危険な仕事だ。

 小さい頃から、有名なハンターたちの伝記や冒険書を読んで、僕はずっと、ハンターに憧れて幼少期を過ごした。ウサギの僕でも、絶対になれると信じて。両親や兄妹たちにも、「絶対になる!」って、宣言していた。勿論、その努力は誰よりもしたよ。

 体を鍛えたり、剣術も習った。獣人にしては珍しく、魔力があったから、魔力をのばす訓練も追加した。ウサギの僕が、犬や猫、狼の子供たちと混じって勉強したんだ。陰口を言われたり、学校の皆にからかわれても、夢を諦めることは出来なかった。肉食動物の子供たちよりも覚えることが、出来ることが、人一倍時間がかかっても、心が折れることは絶対になかったんだ。

 第二次発情期をむかえるまではね。

 何度もいうけど、僕は変異しなかった。

 その時、僕の心はポキッと音をたてて折れた。

 自分自身を呪った。

 そして僕は、幼い頃から読んでいた冒険書や伝記は屋根裏に仕舞い、模擬の剣も燃やした。

 剣の代わりに、鍬を握った。

 それから数年がたち、ようやく農家らしくなった頃、僕は村の掲示板に、ハンターギルドのボルン支部が新たに人員を募集している貼り紙を見付けた。

 貼り紙を見付けた時、僕は食い入るように掲示板を凝視し、微動だにしなかった。一緒にいた父さんが、複雑な顔をしながら、どこか嬉しそうに僕を見詰めていたと、お隣のヤギのお婆さんが後でこっそり教えてくれた。

 それから、僕はずっと悶々とした日々を過ごしていた。

 ある日の夕食の後だ。父さんが僕に話があると言った。

「夢の形は色々ある。ハンターになれなくても、その人たちを助ける仕事も立派な仕事だと思うぞ。親としては、このまま畑を守ってくれると嬉しいけどな。まぁそれは、いつでも出来るし。行ってこい!」
 両親は僕の背中を押してくれた。

 この時、僕は涙腺が壊れてると思ってしまうほど泣いた。

 人型に変異出来ない、草食動物のウサギを、街に単身送りだそうとしているのだ。それが、どれほど危険なことなのか、両親は嫌というほど分かっていたはずだ。それでも、僕の気持ちをくんでくれる両親に、僕は何も言えなかった。

 僕たち変異出来ない獣人は、誘拐され、人族のお金持ちなどに売り買いされる事件が多発していたからだ。その中でも、ウサギの需要は特に高いらしい。愛玩動物としてだ。

 そんな背景を、兄妹たちは勿論知っていた。場所も悪かった。危険だと猛反対したが、両親と僕が説得した。

 ギルドには寮がある。

 採用されるまで、幼馴染みの所で間借りさせてもらうつもりだし、危険な所は絶対に行かないし、一人で行動は出来る限り避ける。そう何度も約束して、僕は兄妹たちに認めてもらった。




 翌月、準備が出来た僕は乗り合い馬車に乗り、単身ボルンに向かった。

 正直、出発までに時間がかかってしまった。

 もしかしたら、もう補充人員は決まっていて、無駄骨になるかもしれない。それでも僕は、行くことを諦めなかったし、例え、今回無理だったとしても、次こそはと思っていた。

 二度も夢を諦めることは、絶対にしたくなかった。

 何よりも、自分の気持ちに重たい蓋をして、日々を過ごすことが嫌だった。それに、一度取り外してしまった蓋を、もう一度置き直すことなど到底無理なことだった。これ以上、重たい蓋はどこにもないからだ。

 無事ボルンに着いた僕は、「ヨシッ!」と気合いをいれてギルドの門を潜った。

 そこはまるで戦場で、怒鳴り声と喧騒がフロアを支配していた。恐る恐る、僕は貼り紙のことを切りだす。

 呆気なく、本当に呆気なく、面接もなく僕は合格した。

 その日の内に寮に入り、仕事を始める。周囲からいつ辞めるか、お金を賭けられながらも働き続け、あっという間に三年が過ぎた頃だ。

 僕は自分の運命を変える少女に出会った。

 その少女を見た瞬間、あまりの美しさに、僕は思わず息をするのを忘れてしまうほど目が放せなかった。

 実は、少女の噂は昨日聞いていた。

「すっごく綺麗な娘が、検問を通ったぞ」と。

 最初にこの話題をしたのは、国境を守っている兵士の猫の獣人だ。因みに彼が、部屋を間借りする予定だった僕の幼馴染みだ。

 次の日非番だった彼は、行きつけの定食屋で晩御飯を食べながら、得意気に僕に話してくれた。

 ボルンは、人族が統治する朱の大陸と翠の大陸の国境に一番近い街で、国境を守っている兵士の拠点にもなっていた。故に、人族も多くこの街を訪れる。ボルンが特に危険だと兄妹に言われたのは、人族が多く出入りするからだった。

 僕が採用されたのは、幸か不幸か、人族に受けが良かったからだ。

 僕のような容姿は、心を和ませるらしい。モフモフというそうだ。獣人からみたら、理解不能だけどね。まぁ、きっかけはどうであれ、採用されて働けるのだ。万々歳だ。

 ギルドに入ってきた少女は、僕を見付けると、満面な笑みを浮かべて駆け寄ってくる。そして僕の前に膝をつくと、至近距離で僕を見詰める。

 その瞳の威力は凄まじく、僕の体は硬直し、全くピクリとも動かない。

 そんな僕に、少女は爆弾発言をした。

「お願いがあります!! ギュッとしていいですか!?」
 少女は潤んだ瞳で、僕に頼む。

「ーー!! ギュッとするとは、抱き締めるっていう意味ですか?」
 まさかと思った僕が念のために尋ねると、少女は大きく頷いた。

「駄目です!!」
 反射的に僕は叫んだ。

 当たり前だ。こんな魅力的な少女に抱き付かれたら、間違いなく、僕は鼻血をだして倒れてしまう。絶対に!! 見た目がこんな容姿でも、僕は健全な青年男子だ。いくら目の前の少女がまだ子供でも、危ない。

 僕がキッパリと拒否したので、少女はすごく残念そうな顔をした。

「絶対に駄目?」
 可愛い仕草で、少女は僕を誘惑する。

「絶対に駄目です!!」
 僕は悲鳴を上げる。

 可愛すぎる!!

 子供でも、僕の自制心がぐらぐらと音をたてて揺らぐ。ありったけの自制心をかき集めると、僕は心を鬼にして、キッパリと断った。ほんと心臓に悪い。もう全身汗だくだ。

「だったら、握手でもいいですか? お願いします!!」
 また潤んだ目で、少女は頼み込む。

 あまりにも熱意を込めて頼むので、僕はつい言ってしまった。

「握手ぐらいなら……」と。

「ありがとうございます!!」
 少女は満面な笑みを浮かべて、僕の黒い手を握り締めた。本当に嬉しそうに。

 握り締められた僕の手。

 意外にも、少女は力強かった。

 少女の体温を直に感じた瞬間、僕の全身に電気が走り痺れた。こんな感覚は初めてだった。心臓がバクバクと大きな音をたてている。

 この時ばかりは、自分の姿にホッとした。獣の姿で良かったと。人型だと絶対、全身真っ赤になっていたに違いないから。

 少女はそんな僕の様子に気付くことなく、肉球を何度も押して感触を楽しんでいた。

 少女と一緒にギルドに来た仲間は深いため息をつき、半ば呆れながら傍観している。だけど、少女の傍らにいた銀色の子犬は、少女の洋服の端を噛み引っ張っていた。黒い猫はため息をついて、ちょこんと床に座っている。

 気付いているはずなのに、少女は僕の手を一向に放そうとはしない。

 僕は無理矢理その手を引き抜くことも出来なくて、されるがままだった。

 その時だ。

「そんなウサギ野郎じゃなく、この俺の肉球でも触ったらどうだ。なんだったら、ギュッとしてもいいぜ。ヒッヒッヒ。……それ以上のことも、この俺様が直々に教えてやってもいいぜ」
 皮製の鎧を装備した、全身毛皮の狼の獣人が、下品な笑みを浮かべ、少女を舐めるように見ながら誘う。

 僕は、その狼の獣人をよく知っていた。

 彼はボルンでも一、二を争う腕を持つハンターだ。王都から流れついた曰く付きのハンターだ。問題を起こして、王都に居られなくなったからこっちに流れて来たって、もっぱらの噂だ。

 腕はたつがブライドも高く、手が早い。他のハンターたちの間でも煙たがれている。厄介な相手だった。

 僕の体に別な意味で緊張が走った。

「いえ、いいです」
 少女はキッパリと狼を拒否した。

 クスクスと、周囲から笑い声が聞こえる。

 狼は自分が拒否されるとは、露とも思っていなかったようだ。まぁ、普通そうだろう。

「おい!! 今、何て言った!? この俺様より、ウサギの方がいいって言ったのか!? あぁ!!」
 狼は少女に凄む。今にも飛び掛かって行きそうな勢いだった。

 当然だ。最底辺にいる僕の方を選んだ事実が、狼のプライドを大きく傷付けた。それも公衆の面前でだ。

 内心、僕はまずいと思いながらも、完全に狼が放つ迫力に飲み込まれ動けずにいた。

 だけど、このまま固まっている訳にはいかなかった。

 客に対して怪我を負わせるなど、あってはならないことだ。もしそんなことが起きれば、ボルン支部にとって不名誉なことだけでなく、一生懸命に働いているハンターたちにとっても、不名誉なことになる。

 勇気を振り絞って、僕は少女を背中に庇おうとした。

 それを見て、狼は鼻で笑う。

 そしてそれを見た少女が立ち上がると、反対に狼を鼻で笑った。

「どこにでもいるんだよね。実力はないのに、ブライドだけは高い奴って。その点、このウサギさんは私を庇おうとしたわ。狼さんより、よっぽど強いよね。心が。……いい、よく聞きなさい。狼さんの汚い手を触るより、ウサギさんの手を触っていた方がよっぽどマシ!! もし、狼さんがウサギさんでも、私は絶対に触らない!!」
 少女が見事な啖呵を切った瞬間、ギルドは大爆笑に沸いた。

「ウサギさんを宜しく」
 少女は冷静にそう判断すると、僕の体をトンと押した。

 えっ!!

 僕は数歩、後ろに下がる。ウサギといっても、僕は獣人だ。その重さは、少女よりも重いだろう。なのに、意図も簡単に僕の体はよろける。

 狼は少女の読み通り、大きな口を開けて飛び掛かってきた。

 あまりの早さに、誰も狼を止めることが出来ない。

 ーー噛まれる!!

 その場にいる誰もがそう思った。

 僕も血まみれの少女の姿が脳裏に浮かんだ。思わず、僕は強く目を閉じた。

 目を閉じて直ぐに、何かが壊れる大きな音と、踏みつけられたカエルのような呻き声が足下から聞こえてきた。

 恐る恐る目を開けると、そこには、いたいけな少女に背中を踏まれている狼が、完全に白目を剥いて伸びていた。よく見ると、床に穴が開いている。

 僕は唖然として、狼の哀れな姿を見詰めていた。

「そこまでだ!!」
 威厳のある声が、ギルドに響いた。

「ギルドマスター……」
 あちこちから、声が上がる。その声はどれも、畏怖と恐怖が含まれていた。

 ギルドマスターは厳しい目を少女に向ける。

「これは、お前がやったのか? 何があった?」

「これは、正当防衛ですよ。ギルドマスター」
 少女は射ぬくような目を向けられながらも、平然と答える。

「私がウサギさんの手を握り締めてたら、この狼が下品な笑みを浮かべてしつこく誘ってくるので、それをキッパリ断ったら、キレた狼が噛み付こうと飛び掛かってきたので、反対にノシました」

 少女の言葉に、ギルドマスターは眉をしかめる。そして周りを見渡すと、他のハンターたちにも「そうなのか?」と尋ねる。ハンターたちは頷く。

「なるほど。合い分かった。こちらで処罰する。……迷惑をかけた。黄金の」
 ギルドマスターはそう謝罪してから、頭を下げた。

 黄金の? ギルドマスターはこの少女を知っているのか? 疑問が頭を過る。

 少女は謝罪を受け入れた。そのまま、狼を放置してギルドマスターと共に二階へと上がって行く。

 少女たちとギルドマスターが消えても、このフロアは全く違う雰囲気でざわざわしていた。




「さっきは、庇おうとしてくれてありがとうね、ウサギさん。ところで、ウサギさんはハンターにならないの?」
 ギルドマスターに聞いたのだろう。帰り際、少女が僕に尋ねてきた。

「……ウサギの僕が、ハンターになれるわけないじゃないですか」

「どうして?」
 不思議そうな顔をして、少女は再度尋ねる。

「…………」
 僕は答えられない。

 少女は分かって言ってるのだろうか? 僕が変異出来ない出来損ないの草食動物だってことを。

「……確かにウサギって、力が弱そうに見えるけど、意外に力強くない? 私のような小娘よりも。それに、ジャンプ力もどの種族よりもあるし。そういったところを伸ばせば、凄く強くなると思うけど。それに魔力もありそうだし、十分、やっていけると思うけどなぁ」
 少女は小娘というところを、特に力を込めて言う。

 最後に、少女は僕の手をもう一度ギュッと握ると、「バイバイ」と手を振り、仲間と共にギルドを後にした。

 少女の後ろ姿を、僕は呆然と見送る。

 目から鱗だった。

 そんな風に言ってくれる人がいるなんて、思いもしなかった。

 本心は、ハンターになりたくて、なりたくて仕方がなかった。ハンターになりたくてもなれなかったから、少しでも近くでその空気を味わいたくて、僕は危険を顧みずにここまできた。

 折り合いをつけて生きてきた僕にとって、少女の言葉はとても新鮮で、心に大きな波紋を産み出した。

「それでどうする?」
 いつも間にか後ろに立っていたギルドマスターが、静かに尋ねてきた。

「……登録お願いします」
 少女の後ろ姿を見詰めながら、僕はそう呟いていた。



 その直ぐ後だ。

 少女が最高ランクのハンターだと知ったのは。






 それから十年後ーー

 僕が〈弾丸王〉の二つ名を持つ、ボルン支部のギルドマスターになるのは、また別の話だ。



 初の短編です。
 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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