0話 異世界召喚
「あ、ぅ…」
少年は、目を覚ました。
「ど、こだよ…ここ」
少年──と言っても歳は10代後半ほどであろう。
そんな少年が、眩しさに目を細めながら、何もない真っ白の空間に立っていた。
「おーい、誰かー…誰かいるかー?…」
少年は虚空に向かって呼びかけた。
この真っ白な空間は、どこまで続いているのか分からない。
それが本当にどこまで続いているのかわからない空間なのか、色による錯覚なのかも。
だから少年は呼び続ける。
──────………。
「おーい、おー…っかはっ、げっほ…ぁー、痛てぇ」
少年が呼び続けてどれだけ経ったのか。
その呼び声に返事を返す者は、最後まで現れなかった。
「…はぁ」
少年は、やりきれない孤独感と、自分が何なのかすら分からなくなっていく焦燥感にため息をついた。
ずっと声を絞り出し、上げ続けた喉は過労に悲鳴をあげ、そのヒリヒリと痛む喉に冷静さを欠かれる。
「…オレは、誰だよ?どこにいたんだよ?家族は居るのか?この声は本物なのかよ?何をしてたんだ?何でこんな所にいるんだ?なんで…」
疑問は嫌と言うほど脳内に浮かび上がる。
だが、その疑問に対する答えは──
──何一つ、浮かび上がらないのだ。
「──っ」
耐え切れない孤独と、枯れた喉の痛みに涙を零しそうになったとき。
『おいで』
鼓膜をくすぐるような、優しい声。
「──ッ!?そ、空耳じゃ…無かったよな」
少年は、確かに聞こえた声を探そうと、周りを見渡した。
『こっち』
「ッ!?そこか!」
少年は首がもげそうな勢いで声の聞こえた右側を振り向く。
『おいで』
そこにあったのは──
──歪み。
空間の歪み。ガラスに棒を突き刺した跡のような穴が、白い空間に空いていた。
白い空間の黒い穴。
「─ッ、は!」
少年は駆け出した。
さっきの声が、消えないように。
そして、何かを抱きしめるかのような格好で───
───穴のなかに、飛び込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふと、世界に光が射した。
永い、永い夢を見ていた気がした。
現実に、ゆっくり、ゆっくりと引き戻されていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いや…夢か」
18歳の少年・結城一は、ぽかんと開いた口を閉じることもせず、そう呟いた。
澄み切った空は青く、目を焼く金いろいろの陽射し。
そこまでなら、ハジメが今まで見ていた景色とそう変わらない。
『そこまでなら。』
「あははっ!競走だ!」
「むぅ〜、待ってよぉ!」
ハジメに降り注ぐ陽射しを遮ったのは──
──人だった。
……。
「覚めろッ!覚めろッ!覚ぁーめぇーろォーッ!」
ハジメは鬼のような形相で自分の頬を張り始めた。
ここは沢山の人が行き交っている路地。
急に発狂したように叫び、自分を殴り始めたハジメに、路
地を歩く人がざわめく。
「うっ…痛てぇ…我ながらすげぇ力だぜ…」
最後に1発、渾身の力で頬を引っぱたいたハジメは、我に帰ったように顔を引き締め、何かを考え始めた。
「ここは…異世界か」
そう呟いた後、ハジメは自分の頭の悪さを思い知らされたと感じ、ため息をついた。
…いや?待てよ?
ハジメは気づいた。
『異世界』。ハジメがいた世界でそんなことを言おうものなら中二病と扱われる。
─だが、ここが『異世界』ならば、すべて辻褄が合うのだ。
「いや、やっぱ天才だわオレ。ちょー冴えてる」
そんなやはり頭の悪いことを呟き、辺りを見回す。
──人。人。人。見渡す限り、人。
だが少なくともハジメが知っている人の姿ではない。
「あの娘、耳ながくね?…あの小僧は両目の色が違う。あの美少女は…髪が紫色?」
明らかにハジメが居た『日本』の人の姿ではない。
極めつけはコレだ。
ハジメの視界の隅で、紅い光が発せられた。
ハジメの見た紅い光の正体、それは──
──魔法陣。
幾何学的文様がずらりと並んだ丸い陣は、空中に浮かびながら回り始め、やがて…小さな焔へと変わった。
その魔法陣は、なんと人が発動したものだった。
「魔法か…異世界だ…これ絶対に異世界だッ!ついに引いたぜ主人公カードッ!うっひょぉぉぉおぁぁぁあぁぁあーーーーーーッッ!!!!!」
路地のど真ん中でガッツポーズをしながら叫びだしたハジメに、ざわめくどころかこの路地を避けて人が通るようになってしまった。
「けど…家もねーし道も分からねぇ…どうすんだよこれ…」
ハジメはさっきまで奇妙な叫び声を上げていた者とは思えないほどに小さな声を出した。
「どうか、したんですか?」
そんなハジメの鼓膜を震わせたのは、鈴のように澄んだ声だった。
「お、ぉ…」
白と水色を基調としたローブ、太陽の光を反射しキラキラと光る薄紫色の髪、雪のように真っ白な肌に髪より少しだけ色の濃い紫水晶のような澄んだ瞳──。
思わず息を呑むような美貌の持ち主が、風をうけてふわりふわりと浮くぶかぶかの魔女帽子を抑え、微笑をたたえてハジメの顔を覗き込んでいた。