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◆奴隷の事情

 ぼくはこの世に産み落とされたときから奴隷になることが決まっていた。

そういう一族。一族が背負いし咎。

分かる人間には一目で見抜かれてしまう。

親の顔も知らない。父親がその一族だったんだろうなって分かる程度。

ぼく自身の運命(さだめ)には不満はない。

不満があるとすればそれは、ご主人様にまだ会えていないことだ。

このまま死んでしまったらどうしようか。

でも仕えるべき主はこのからだに流れる血が決める。

出来損ないのぼくだけど待ち続ける。

どんな犠牲も厭わない。外界の奴隷たちが糞みたいだと揶揄する劣悪な環境だって平気。

はやく会いたいな。会って、お仕えして。ぼくのすべてを捧げたいよ。


 人攫いに捕まって密売されたシスターがぼくの檻の隣にやって来た。

ぼくよりも少しだけ若そうな彼女は、裸に十字架のネックレスを下げていた。

カミサマっていうのに祈っているらしい。

カミサマはなんでも知ってて、ぼくらの運命を握っているらしい。

じゃあぼくもカミサマに祈れば、ご主人様に会えるのかな。

なんて考えていたら、奴隷商の顧客の中でも好色な親父が現れてシスターが檻から出された。

細い身体で必死に抵抗するシスターをぼんやり見つめる。


「カミサマ、ぼくにご主人様をください」


 そうしてぼくはシスターがしていた祈りのポーズを真似してみた。


***


 必要最低限の食事と、食事係の人間が持つ光だけが唯一の地下室で。


 ついに、ぼくはご主人様と出会えたんだ!


「……っ、なに、こいつ。自分から奴隷志願とか、頭おかしいんじゃないの?」


 スルバウスの街一番の奴隷商の館に訪れたのは、全身が黒ずくめの女だった。

このあたりでは珍しい黒髪と同じく黒い瞳。

雲よりも白い肌は遠目から見ても滑らかで、赤い唇がやけに艶めいてみえる。

目元がつりあがっているせいで、気の強い印象を受ける。

女は、格子をがしがしと揺らして叫ぶぼくに引いたような目をむける。

隣で額に汗をかいている脂ぎった奴隷商の男も、常にないぼくのテンションの高さにびっくりしている。


「ぼくを買ってください!なんでもします!出来ないことも、頑張ります!あなたのためならなんだって―――」


 ドン引きしている女に向かって、ぼくは必死に自分を売り込む。


 館の上にいる奴隷たちは高級商品、地下にいるぼくのような奴隷は廃棄間近。

過去に売却されて問題を起こしたやつか、何の取り得もないやつか、死にかけか。

ぼくは問題を起こした上に、取り柄がないと烙印を押されたやつ。

でも仕方ないんだ。前のご主人様は生理的に受け付けなかったんだ。

そもそもぼくの身体に流れる血が、違うって囁くから。

奴隷契約でご主人様を傷つけることはできない。

だから主人に恨みを持つ人間を少しだけ誘導して…て興味ないか!

取り柄っていうのは、神様から与えられた特殊能力(ギフト)のこと。

ぼくにはそれが何もない。気にしてないけど。

でも、今、目の前の女に、ぼくを選んでもらえない理由になるのなら、死活問題だよ!


「ふーん…?本当?ほんとうに、()()()()?」


 女の瞳が、きらりと光る。

 そのまま真っ直ぐと瞳を覗きこまれると、まるでぼくの全てを暴くような錯覚さえも覚える。

ぞくぞくとした快感が背筋を走り抜け、何故か局部が熱を持ち始める。

このまま目の前の女の唇に噛みついて、組敷いてしまえたら。


「で、どうなの?」


 ぼおっと女を見つめて答えないぼくに、女が少し苛立ったようだ。


「ッ!できる!できます!できなくても、やってみせるから!」


 はしたない妄想を抱いてしまったことを気づかれたくなくて。

ぼくは必死に言い募った。

勃ち上がり始めたソレを見られるのが恥ずかしくて。少し前屈みになりながら。


「変なやつ。でも良っか、合格。―――あたし、この男にするから」


 奴隷部屋に来てから不愉快そうだった女が、初めて嬉しそうに破顔した。

ぱっと花が咲くような眩しい笑顔に、ぼくは息を飲んで見惚れた。

はしたない想像をしてしまった自分がどうしようもなく思えるくらいの無垢な笑み。


「ま、まことですか?!ですが、その奴隷は上の階にいる奴隷と比べましても質も落ちますし、特殊能力(ギフト)も」

「買うかどうかを決めるのはあたしのはず。必要な手続きをしてください。

――何でもしてくれるって言ってるけど、あたしからこいつに求めるものは一つだけ」


 ローブの内側に手を突っ込んで、明らかに相場より多めの金貨がつまった袋を奴隷商に渡して黙らせる。

奴隷商は物言いたげな目で女を見るが、女は歯牙にもかけず、ぼくしか視界に映さない。

ぼくだけを見ている。その事実だけで、ぼくは()してしまいそうだ。


「あたしを、守って」


「守る?それだけ?ぼくはだれを殺せばいいの?」


 狙われているのだろうか、誰かに。ならかんたん、殺す。

ぼくの目に映る女は魅力的だ。

狙われているのなら、そいつを殺せばいい。


 格子の隙間から手が差しこまれる。

そのまま差しこまれた手が、他所事を考え始めていたぼくの両頬を挟む。



「どれほどか弱い存在がいても、いつもあたしを優先して守って。

それができるのなら、あとはあんたの好きにして構わない」



 切実な響きで、まるで懇願するようにぼくに告げる。


「そんなこと―――」


 ぼくは首を左右に振れば、女の瞳が絶望に染まりかける。


「言われなくったって!ぼくの命をかけて、守るよ!手始めに、だれを殺せばいい?そいつ?」


「……は、ふふ。ううん、必要以上には殺さなくていい」


 女は力が抜けたように笑って、ぼくの頬から手を放した。

離れていく温もりが惜しくなってぼくは反射的に手を伸ばした。


ばし。


「お触りは禁止。()()


 軽く払われた。


「契約の首輪をお持ちしました!」


 丁度タイミングよく首輪を持って奴隷商が現れる。

勢いよく声をかけたものの、ぼくらの間に流れる微妙な空気に奴隷商は固まる。

それからおろおろとぼくと女を交互に見る。


「あの、今、なんて…?」


「聞こえなかった?()()。それが今からあんたの名前」


 奴隷商が持ってきた首輪を手ずからに嵌められて。

契約の紋様が首輪から浮かび上がり、ぼくの精神を拘束する。

心臓に杭を打ち込まれるような激痛に襲われる。


「ミヤ。ミヤ、ミヤ!ありがとう、ご主人様!よければ名前の由来なんかも教えてくれたり…!?」


 左胸を押さえながら、それでも与えられた名前を繰り返し噛みしめて。

期待に瞳を輝かせた。あ、ご主人様が眉を下げた。

可哀想な子を見るような目でぼくを見る。


「深い理由なんてあるわけないでしょ。―――単に、あたしが飼えなかったねこのなまえ」


 奴隷にはそれくらいでちょうどいいと素っ気なく言われた。

がちゃりと音がして錠が外され、ぼくはひさしぶりに檻の外に出る。

ご主人様はぼくが出たのを確認すると、ローブを翻してさっさと歩き始めた。


「ぐずぐずしてると置いてくけど」

「うわ、待って!ご主人様!」

「…あ、お!お買い上げありがとうございました」


 奴隷商が頭を下げるのを横目に、ぼくはご主人様の背中を追いかけて駆けだした。




 ぼくとご主人様はスルバウスの街から北にあるオヨビの森に住み始めた。

なめらかな材質で作られた小屋で、ご主人様の私室と台所、贅沢にも風呂場、それとぼくの寝袋も置かれた部屋が一つ。

ご主人様は鑑定士として日銭を稼ぎ、ぼくは森に入ってその日の食料を取って過ごしていた。

ご主人様曰く、春から秋にかけては森で住んで、冬になる前に適当な街で宿を借りて過ごす予定らしい。



 ぼくにできたほんとうの意味ではじめてのご主人様。

ご主人様のために尽くしているけど、なかなかうまくいかない。



 たとえば、ご飯。


「なにコレ」


 木でできた小鉢の中にはぼくが作ったご飯。

森の中にあった美味しくて栄養いっぱいの果実と適当に狩った獣の肉を一緒に潰して混ぜた。

ご主人様は怪訝な顔をしながら、スプーンでどろっと掬いあげて落とす作業を繰り返す。

この料理は自信作!奴隷商のところのご飯と比べると全然違う。

一口食べただけで体中に力がみなぎってくる感じがする。

ぼくの頭はあんまり賢くない。ご主人様に問われた意味がわからない。

とりあえず首をかしげながら、がつがつと口に運ぶ。

ご主人様は優しいから、同じテーブルに着くだけでなく、同じ食べ物を食べることも許してくれた。

そのほうが効率がいいって素っ気なく言ったご主人様の頬は少し赤かった。


「何ってご飯だよご主人様!あ、もしかして料理名?ごめんなさい、そういうのあんまり知らなくて」

「いや、そうじゃなくて。コレ、ここの人たちがよく食べるもんなの?…名称が???で怖いんだけど」


 どうしよう。どんな言葉でも聞いていたいのに最後の方を聞き逃してしまった。

 失礼だけど聞き返そうと身を乗り出そうとすれば、名前を呼ばれて制止される。


「ミヤ。あんたまともに料理もできないの」

「ご、ごめんなさい。捨てないで、ご主人様!ぼくがいつも食べてるものだから!ああ、やっぱり奴隷と同じものが気に食わなかったんだ!?作り直す!い、今から近くの民家にでも足を運んで教えてもらう!!」


 呆れたようなご主人様の言葉に、ぼくは捨てられると思った。

行儀悪く食事の途中で立ち上がって、道中にあった一番近い民家の位置を思い浮かべる。

間に合うかな。ぼくが習ってる間、ご主人様はお腹を空かせちゃう?

たしか材料の木の実はまだあったからそれを繋ぎに食べてもらっていたら。

あたふたと、空中で手を振り乱していれば。


「……コレ以外食べたことないの?」


 ぽつんとご主人様が呟く。

 ぼくへの問いかけ。不思議な色合いを見せる黒曜石の瞳が真っ直ぐぼくを見た。


「な、ないよ。見よう見まねで作ってみたけどだめだったんだよね?えと、台所にまだ食材が余ってるはずだからご主人様はそれでも食べて―――」

「別に構わない。今はコレで十分。だからミヤも席について食べて。

しばらく一緒に作ってあげるから、その間に色々覚えて」

「ご主人様…!」

「あんたのためとかじゃないから。食材がもったいないだけ」


 ふいっとぼくから視線を逸らす。

 そうして小鉢の中身に視線を落とす。

 ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえて、ご主人様が意を決したようにご飯を口に運ぶ。

 ひとくち、ふたくち、みくち、よんくち。

 ご主人様はもくもくと口に運んでいく。


「おいしい!?ご主人様!?」

「んなわけない。げろマズ。おおよそ人間の食べ物じゃない」

「そっかあ…」


 ばっさりと斬り捨てられて、ぼくはしゅんとした。


「だ、だからあんたは死ぬ気であたしの教える料理を覚えなさいよ!」

「…!はい!ご主人様!」


 それからご主人様は整った顔立ちが台無しになるような顔で食べ切った。



 あとは、夜伽。


「それで、あんたはなんであたしのベッドの上で待ってたの?」

「へへへ、ご主人様に殴られたぁ…」

「余韻に浸んな!この変態!」


 一発頬に喰らう。


 ご主人様のためにお風呂を準備して。

ご主人様のあとにお湯を貰うという破格の待遇が与えられて。

ぼくは身体の隅々まで綺麗にして、夜歩きに出て行ったご主人様をベッドの上で大人しく待っていた。

守れっていう契約内容にも関わらず、夜の森くらい一人でも平気だと出て行ってしまった。

そばで守られるより今はぼくがお風呂に入って清潔にすることのほうが大切だと言われた。

ご主人様に命令されたらぼくは断れない。

渋々引き下がって身体を綺麗にしたから、ご主人様の夜伽もできるように準備万端で待っていたら。


 ぶん殴られた。


 そうして、今に至る。


「夜伽をします!ううん、是非させてください!ぼく、ご主人様のことを考えたらココが―――…」


 ズボンの上から盛り上がったソレを指差してみせる。


「…!で、出て行けッ!!!」


 誘導されるままにソレを認めたご主人様の白い肌にパっと朱が散って。

 ご主人様の五本指に嵌められた指輪が光る。

魔法も何もない魔力を纏った鉄拳がぼくの身体の中心に飛んできて、私室から吹っ飛ばされた。


「あたしの部屋に入るの禁止」


 ご主人様の無情な通告。

 ばんっと扉が閉められ、鍵をかけられる音がした。


「夜伽はいらないのかぁ。ぼく、ご主人様を何から守ればいいんだろう」


 寝袋がある部屋には戻らずに。

 ぼくはご主人様の部屋の扉の前にぴったりと張り付いて、丸まった。

 ご主人様の寝息が聞こえてきたらいいな。

 ぼくは瞼を閉じて眠った。



 月だけが見ている真夜中。

 錠前の外れる音がして。扉が軋む音をたてながらゆっくり開かれる。

 顔だけ出して、彼女はふぅと溜息を吐いた。


「こんなところで寝られたらほんと迷惑」


 そう言いながらもびっしり指輪が嵌められた手には薄手の毛布。

 無造作に扉の外へと放り投げた。

 ぱさっと音を立て、毛布はミヤの上に落ちた。


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