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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第九話 少女の覚悟

「サムライ……」


 少女の話を聞き終えた戒斗は、声を漏らした。少女が頷く。


「私を助けてくれた人は、そう呼ばれていたわ」


 そういって、少女が自分がきているブラウスのボタンを外しはじめた。


「お、おい!」

「その時の傷が、これよ」


 突然の事に慌てた戒斗に、ブラウスのボタンを二つほど外した少女は、わずかに開いた自分の胸元を見せる。

 鎖骨の辺りから斜めに、少女の白い肌に痛々しい傷跡が続いていた。


「その傷が、ゴブリンにつけられた傷……?」

「そう。この傷を見せて、あの世界で起きた事を誰に話しても、怖い夢を見たとか、異常者に襲われたショックだろうとしか言われなかったわ。一時は傷害事件として扱われたらしいけどね。結局、子供の私が言う言葉なんて誰も信じてくれなかった」


 少女はブラウスのボタンを締め直し、自分の手のひらを見つめる。


「あの時、私はレオとサムライと呼ばれた人に命を救われた。私があまりにも無力だったから、レオは死んでしまった。私が強ければ、あのサムライのように強ければ、結果は違ったはずだわ」

「そんな! だって、そんなのどうしようもないじゃないか! 子供だったんだろ!?」


 少女の鋭い目が、戒斗をにらみつけた。

 その目はかすかに潤んでいる。


「化け物相手の闘いに、大人も子供も無い。勝つか負けるか、殺すか殺されるかよ。どうしようもないから黙って殺されろっていうの!? レオは私のせいで殺された。私があの時少しでも闘う力があれば、レオはきっと死なないですんだ! だから、私は……」


 少女の潤んだ目から、一筋の雫が流れ落ちる。

 それを見せまいと、少女は戒斗から顔をそらした。


「……だから、私は出来る限り自分を鍛えたわ。色々な武道の訓練も受けてきた。強くならなきゃいけないって言い聞かせてね。でも、まだまだだった。昨夜の闘い、きっと私一人では勝てなかった」

「それは、俺も同じだよ」


 戒斗が俯いた。

 二人の間に、長い沈黙が訪れた。

 その静寂を破ったのは、昼休みを終えるチャイムであった。


「げっ! もうこんな時間かよ!」

「自分語りが長引いてしまったわ、ごめんなさい。続きは放課後にでも話しましょう」

「でも、こうしている間にもあの子は」

「私、九年前の事件から、何度もあの泉の周りを調べたの。でも今までの二回、陽が暮れる時以外にあの世界に行けた事は無い。とりあえず、日暮れまでにあの場所に行ければいいわ」

「だけど……」


 少女の問いに、戒斗は口ごもった。

 今すぐにでも、あの子が無事か確認しに行きたい。

 しかしその気持ちは目の前の少女も同じ、いやあの世界との因縁を考えれば自分以上に募っているはずだ。


 その彼女が九年間調べて、日中は一度も行けなかったというのだから、今日一日戒斗がどうこうしたところで、うまく行く可能性は限りなく低いであろう。

 それ位は、戒斗にもよくわかった。


「わかってくれたようね。それじゃあ、また放課後に」


 窓をあけ、出ていこうとした少女に戒斗は慌てて声をかけた。


「あ、待った! あんた、名前は? それと、学年とかクラスも」

「私は三年E組の葉山鏡花。よろしくね、雨宮君」

「葉山、鏡花……。そういや、なんであんた、俺の事知ってるんだ?」

「名乗ったんだから、あんた呼ばわりはやめて、葉山でいいわ。我が校の誇り、雨宮君」

「ちぇ、嫌味かよ」


 なんで自分を知っているのかなんて、バカな事を聞いた物だと戒斗は自嘲した。

 ついこの間の全校集会で、自分は表彰されたばかりなのだ。

 顔も名前もクラスも、知られていて当然である。


「とにかく、また放課後に。先にホームルームが終わった方がもう一人の教室の前で待つという事でいい?」

「ああ、わかった。よろしくな、葉山さん」

「よろしく」


 鏡花は無表情に返事をすると、入って来た時と同様に軽やかに窓枠を飛び越えた。そして戒斗のほうに振り返り、少し間をおいてから小さな声で言った。


「雨宮君、昨日は助かったわ。……ありがとう」


 それだけを早口に言うと、鏡花は戒斗に背を向けてその場を離れていった。

 一瞬、鏡花が何を言ったのかわからず、戒斗はその場にぼんやりと立ち尽くしていたが、昨日の礼を言われたのだとようやく気がついた。


 礼を言わなければならないのは、自分のほうなのではないか。

 戒斗は急いで窓枠から身を乗り出すと、階段を降りていく鏡花の背中に大きな声をかけた。


「こっちこそ! 葉山さん、昨夜はありがとなー!」


 下の階まで十分に響くであろうその大声に、鏡花は辟易して小さなため息をついた。



 結局戒斗は、そのあとも異世界についてあれこれ考え、昼飯を食べるどころか五限の授業に遅刻してしまった。

 厳しい歴史教師として知られる荒木の説教をうわの空で聞き流し、席に着くとノートを広げた。


 歴史の授業を板書するためではない。

 先程の昼休みにわかった事を整理するために、書き出してみる事にしたのだ。



・葉山さんが異世界に行ったのは九歳の時!

・サムライというやつに助けられている。

・サムライって一体何者? こっちの世界の人らしい?

・レオという愛犬を亡くしている……(涙)

・運動神経がかなり良さそう!

・泉ノ公園が怪しい? 俺も葉山さんもあそこで移動している。

・時間は夜限定なのか?

・眩暈はなんとかならないのかなぁ……。

・弓の腕前がいいし、覚悟がすげえ!

・異世界に行くときは葉山さんも眩暈に襲われる。

・三年E組。実は結構近かった。



 一生懸命に思い出しながら、順序もめちゃくちゃに聞いた話や思った事を書きだしてゆく。

 この目まぐるしく動いた半日を頭の中でしっかりと把握し、今夜行けるかもしれない異世界に、これからの事に役立てたい。


 だから、少しでも聞いたことを忘れたくは無かった。

 集中して葉山に言われた言葉を辿り、ノートに書き写していた戒斗の視界のすみで、小林が何度も手を振っているのが目に入った。

 しきりに自分の親指を、背中に向けている。


(なんだ?)


 訝しく思い顔をあげ、振り返ったその後ろには、鬼の形相をした荒木が腕を組んで仁王立ちしていた。


「雨宮ぁー、俺の授業も聞かずに、ノートにぐちゃぐちゃと何をしている?」

「あー、えっと、これはですね。……その、戦国時代、そう! サムライの研究を」

「今俺がやっているのは明治時代だろうが! 廊下に立ってろ、バカモノー!!」

「くそぉ……。ヒーローにはゆっくりと悩む時間も無いのか……!」


 廊下に追い出された戒斗は、文句をこぼしながら、先ほど書きこんだノートを何度も読み返す。

 まだまだわからない事ばかりで、どうしていいか全くわからない。

 放課後になれば、鏡花に聞けばいい事だが、戒斗には放課後までの待ち時間がもどかしい。


 それに、もしも泉ではなく、夜でなくともあの世界に呼ばれる事があったら……などと考えると居ても立っても居られない。

 今の戒斗は木刀さえ所持していないのである。

 手ぶらでいきなりあんな世界に放り込まれでもしたら、たまったものではない。


 焦りと恐怖、不安、そしてあの子供を心配する気持ち。

 様々な感情が、戒斗の頭の中で交錯していた。


「どーすりゃいいんだよ! ちっくしょー!! ……いっでぇ!」


 頭を抱えて喚く戒斗の後頭部に、教室の開け放たれた窓から身を乗り出した荒木教諭の渾身のげんこつが振り落とされた。


 少し離れた戒斗の教室から聞こえてきた絶叫に、鏡花は小さくため息をついた。


「剣道の腕前以外は、あてにしない方が良さそうね……」


 二人の長い後半の授業が、少しずつ終わりに近づいていった。



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