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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第七話 自信と過信

「雨宮君、昨日の夜の事は誰かに話した?」

「わけのわからない場所と生き物の事か?」

「そう、あの世界とゴブリンの事よ」

「あの世界?」

「今質問をしているのは私よ。どうなの? 話したの? 話していないの?」


 淡々とした口調で返され、戒斗は軽い苛立ちを覚えた。

 だが、この少女はどうもあのおかしな出来事に詳しいらしい。

 大人しく言われたことに答える事にする。


「誰にも言っていない。あんな事、誰に話したって信じちゃ貰えないだろ?」

「そう。言っていないのね、安心したわ」

「あれは一体なんなんだよ!? あの世界とか、ゴブリンとか、さっぱり訳わかんねぇ! あんた、なんか知ってるのか!?」


 戒斗の問いに少女は首を左右に振った。


「関わらないほうがいいわ。昨日みたいな目にあいたくは無いでしょう。もうあの場所には近づかない事ね」

「その勿体ぶった言い方、あんたは何か知っているんだろう! 教えてくれたっていいじゃねーか!」

「知ってどうするの? またあの世界に行くつもり?」


 少女の言葉に戒斗は俯いた。

 もうあんな場所は、いやあんな化け物はこりごりだ。

 二度と関わりたくない。それでも、譲れない事があった。


「あの子はどうなった?」

「貴方が見ていたかわからないけれど、貴方がこっちの世界に戻った時に私も一緒にこっちに戻ってきているの。だから、残念だけどそれはわからないわ」

「……そっか」

「心配?」

「安全な場所まで送るって、約束した。その約束をまだ果たせてない」


 戒斗の言葉に、少女は黒目がちの大きな瞳をさらに大きく見開いた。


「仕方がないじゃない。不可抗力なのよ」

「それでも、心配に決まっているだろう」

「……怖くは無いの?」

「……それは……」


 昨夜、少女の言葉を借りるならばこっちの世界というものに戻ってから、何度も頭の中をよぎった闘いの光景。

 それははっきりと恐怖として戒斗の脳裏に焼き付いている。


 それでも――戒斗は両の手のひらを握りしめた。


「怖い。昨夜だってろくに眠れなかった。だけど……。俺は、約束を破りたくはない。護るって言った相手を裏切るような事はしたくないんだ」


 俺や母を置いて消えた、父のようにはなりたくない。

 その言葉をなんとか飲み込み、戒斗は少女の目をまっすぐに見据えた。風が少女の髪を巻き上げ、その頬にかかる。

 グラウンドの歓声が遠くに聞こえた。


「その気持ちに嘘は無い?」

「無いさ!」

「例え、命の保証が無くても?」


 闘いの先に何があるのか。勝利か、敗北か。

 もしも敗北すればどうなるのか。

 答えはあまりにも明白であった。敗北の先は、死――


 しかしその反面、戒斗にも幼い時から剣を習ってきたという自負がある。

 あの時は動揺し、普段の太刀裁きが出来ていなかった。次は昨夜のようにはなりはしない。不安と恐怖を、無理やりに自分の実績で押さえつけてゆく。


 決して、敵を甘く見ているわけではない。

 これは今まで培ってきた鍛錬から来る、自信というものだ。

 その自信はしかし、過信との背中合わせである事に戒斗は気づかない。


「俺は、あの子の無事をこの目で確認して、安全な場所に送りたい。約束を果たしたいんだ。あんな闘い、出来ることならばしたくない」

「あの世界の事は、私も決して詳しくないわ。ゴブリンにいつ出会うか、解かったものではないのよ?」

「そっか。でもな、もしもまたあの化け物と戦う事になったとしても、今度はもっとうまく闘える。命の保証って言うけどさ。そりゃあ死ぬ覚悟なんて、そんなもんいきなり出来ない。けど、闘う覚悟なら出来ているつもりだ。それだけの苦しい稽古だって、何年も積んできた」

「……そう、雨宮君の考えはわかったわ」

「ああ、いざって時には剣道県大会優勝者の実力ってやつを見せてやるぜ!」


 胸に手を当て、戒斗は少女に向かって快活に笑って見せた。


・・・


 戒斗の笑みと自信に、少女は一抹の危うさを感じていた。

 学校で再会した時はまだあの世界とゴブリンとの闘いへの怯えを、その瞳にはっきりと宿していたはずだ。


 だがこの少年は今、胸に手を当てて、自らが今まで積んできた鍛錬を元に再び自信を蘇らせている。

 それはつい昨晩、少女自身が作り上げてきた自信を打ち砕かれた姿に、あまりにもそっくりであった。


 その自信は、少女の目には甘いものにうつった。

 どんなに強い決心で厳しい鍛錬を積もうとも、負ける時は負け、死ぬ時は死ぬのだ。

 自分が自信を打ち砕かれた昨夜は、幸運にもこの少年がいた。

 だから、少女は今も命を長らえている。


 少年が自信を失う時はあるのか、その危機は起こるのか。

 そしてその危機の時、自分や他の誰かは彼の命を助けられるのであろうか。


 これ以上、目の前の男をあの世界の事に巻き込む事は果たして是か非か、少女には判断がつかなかった。

 彼はまだ、死と隣り合わせになった経験などないのだ。

 あの闘いはまだ、死闘というにはきっと甘すぎるだろう。

 少女が黙り込んでいると、戒斗が声をあげた。


「もしもあんたがあの世界に行けるって言うんなら、連れていってくれ! あの子の無事を確認し、交わした約束をきちんと果たしたいんだ」


 少女は瞳を閉じた。

 もう一度あの世界に行き、助けた子供を探し出す。

 そしてその安否を確認する。

 それが出来れば彼はそこで引き下がるだろう。


 あと一回、連れて行ってもいいのかもしれない。

 それで約束が果たされれば、彼はきっともうあの泉にも近づかない。


 ここで何も話さずに放っておけば、この少年は昨夜のように一人であの世界に迷い込みかねない。

 いいや、なんとかして入り込もうとするだろう。

 訳のわからない恐怖に押しつぶされないためにも、恐怖を無理やりにでも克服しようとするだろう。


 そんな事になるくらいなら、自分と行動を共にしたほうが、お互いにずっと安全である。


「わかったわ」


 少女はかすかに頷いた。



夜にもう一話分更新予定です。

よろしくお願いいたします。

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