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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第六十二話・エピローグ 勝利は遠く

「世話になったな。戒斗、鏡花。それに、ロンメル殿、アルコさんも」


 メイルローズ村の入り口、鳥居をかたどった門の前で、ロディは戒斗たちに微笑んで見せた。村での決戦から二日、騎士団の討伐の甲斐あって、村の周囲からゴブリンの気配はすっかり消えていた。


 本来ならばもう少し村に留まり経過を見ていたかった。

 だが、後ろに控えているウィンチェスターとスカサハの知らせてくれた情報を調査するためにも、一度騎士団に戻らざる得ない。ロディが居ない事には、やはり遊撃隊の動きは良くないのだ。


 スカサハの奪ってきた密書には、メイルローズの村にある泉と異世界の繋がりを知った騎士団長が、村の利権を得ようとして行った不正の数々が記されていた。

 これをほうっておいては、この村が再び危機に晒されかねない。戦う場所を変え、ロディの戦いは今しばらく続きそうである。


「本当は、もっと時間をかけて村の周囲を調べたかったのだが……」

「お話は伺いました。まさかそんな事があったなんて」

「あの炎を纏ったゴブリンが持っていた剣は、騎士団のものだ。やはり、このまま捨て置くわけにはいかない」

「だけど、ロディさんだけ戦いっぱなしです」


 戒斗も鏡花も、心配そうな顔をしている。

 二人とも、この数日の間に随分と立派になった。ロディはしみじみとそう感じた。横に並んだレイムーンが、二人に笑って見せる。


「平気だよ、鏡花。ロディには、あたしがついている、遊撃隊の皆もね。それに、泉の問題もあるし、またすぐ会いに来るよ」


 二つの世界を繋ぐ泉をどうするかというのも、ロディの抱えている問題の一つであった。泉をこのまま放っておけば、サムライやかつての鏡花、それに戒斗のようにこの世界に迷い込み、危険な目に合うという事件がこれからも起きてしまうかもしれないのだ。

 騎士団長が二つの世界の繋がりをどうやって知ったのかも、調べていかなくてはいけない。


 どこを見まわしても、問題は山のようにあった。


 それでも、ロディは悲観はしていなかった。

 自分には、目の前に立つ仲間がいる。後ろに控える聖騎士遊撃隊がいる。信頼のおける者達が、両手でも余る程に居てくれるのだ。

 彼らが居てくれる限り、どんな困難であっても必ず乗り越えていける。ロディにはその自信があった。


「レイムーンの言う通りだ、鏡花。すぐにまた会える。その時を楽しみに、私は一度王国に戻ろう。ロンメル殿、その間、泉の管理はよろしくお願いいたします」


 視線の先で、村の長である老人が深々と頭を下げた。

 戒斗が、一歩前に出て手を差し出して来た。ロディも手を伸ばす。しっかりと握り返してくる手が、心強かった。


「ロディさん、色々ありがとうございました。ご武運を」

「戒斗、立派になったな。また会おう」


 微笑みを交わし、片手をあげた。

 スカサハが、ロディの馬を曳いて来た。レイムーンと騎士たちが馬にまたがった。ロディも曳かれて来た馬に飛び乗る。

 丘の上から、眩しいほどの陽射しが降り注いでいる。


「これより、王都に帰還する。遊撃隊、前進!」

「ははっ!」


 ウィンチェスターが声をあげ、遊撃隊を率いて森を進んでゆく。

 ロディは馬首を巡らせて、村の者達に背を向けた。陽の光に抗うように、丘を見つめる。

 丘の外れには、黒い十字架の影が三つ、村を見守るようにそっと影を落としていた。一つの十字架には、矢が。もう一つの十字架には、刀が。そして、最後の一つの十字架には、大きな棍棒が立て掛けられている。


 十字架に向かい、静かに敬礼を送った。


 さらば。

 心の中で呟き、馬を駆けさせる。レイムーンが、すぐ横を駆けていた。


(負けたな)


 胸の奥で、そう思った。

 レイムーンを連れ村に駆けつけたにも関わらず、結局戦いの中で犠牲者を出してしまった。守るべき領民を一人、失ってしまったのだ。

 それは、自分の中では負けに等しい。いや、負けたのだ。

 勝ったのは戒斗であり、鏡花であり、そしてメイルローズの人々であった。


 この負けと、そしてアズールという男を胸に刻みつける。

 もう二度と、こんな負けは繰り返さない。そう誓い、ロディは駆けた。激闘を繰り広げた村が、遠くなっていった。



・・・



 陽が中天に差し掛かり、まばゆい陽射しが畑に降り注いだ。畑で育った穀物が、吹き抜ける風に揺れた。黄金色の穂先が一様に揺れる様は、まるで黄金の絨毯がぱっと広がったような美しい風景を垣間見せた。


 すぐそばの民家にも、柔らかな風は吹きこんでゆく。木造りのテーブルや棚にかけられた布が、ひらひらと揺れる。棚で揺れていた赤い布が、風が止み静かに動きを止める。

 赤い布は、二つのトロフィーから伸びたリボンであった。木造りの家に不似合いな金色の金属の輝き。


 リボンからかすかに見える白い布地には『剣道全国大会』という文字が見て取れた。

 白く細い手が、そっと乱れたリボンの位置を整える。王都から来た行商人がその家に立ち寄り、家にいた女性に王都からの手紙を渡す。聖騎士団の紋章が着いた手紙を受け取った女性が、小走りに畑に向かっていった。

 森の中で小鳥たちがさえずり呼び交す声が、畑まで聞こえてきた。


「戒斗、ロディさんから手紙が来たわよ。近いうちに会いに行くって」


 手紙を持った女性、鏡花が畑の中で作業をしている男性に声を掛けた。


「ロディさんから? そうか、向こうも落ち着いたのかな。ロディさんと顔を合わせるのも、久しぶりだ」

「レイムーンともね。おかあさんと、御馳走を作らなきゃ」

「それは楽しみだ」


 畑で作業をしていた男、戒斗が笑いながら顔を上げ汗を拭う。

 日に焼けた頬に、汗が幾筋も流れている。


「ヒーローせんせー!」


民家の入り口のほうで、子供たちの声がした。聞き馴染んだ声も混じっている。


「おっと、ルシーたちが来たか」


 畑から出た戒斗が、大きく背筋を伸ばした。大きな声で返事をすると、畑のほうに子供たちが駆けて来た。男の子は棒を、女の子は弓を持っていた。それぞれ布や動物の革で保護してあり、大きな威力は無いものとなっている。


 戒斗が木刀を手にして、子供たちの前に出る。

 子供たちは、嬉しそうにはしゃいでいる。


「よし、皆。今日も稽古をはじめようか」

「はーい!」


 一際大きな声が、村の中にこだました。

 村の外れ、小高い丘に作られた三つの十字架が、その光景を静かに見守っていた。



終わり 


全62回の掲載も無事に終えることが出来ました。

連載の最中にも関わらず、沢山のブックマークと数件の評価をいただきとても嬉しかったです。ありがとうございました。

無事に完結出来ましたのも、皆様のおかげでございます!

 

22万字と長いお話を、ここまで読んで下さいましたこと、重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。


2015.09.18 緒方あきら

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