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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第六十一話 決着

 ロディとレイムーンががメイルローズの村に出た翌日から、ウィンチェスターは国境付近の森の前で遊撃隊を率いて滞陣していた。当初の戦力は、任務を終えて戻ってきた遊撃隊の騎士たちが十名ほどであった。


 それに加え、スカサハが掴んできた騎士団長バロルの不正を暴く証拠の書状で、さらに数十名の騎士の賛同を得ることが出来た。

 もっと時間があれば、まだまだ同志は募れたかもしれない。しかし、ロディから届いた書状には、決戦という二文字が書かれていた。ここで、もたもたしている訳には行かなかった。


 騎士団長への正式な不正の糾弾は、ロディを再び聖騎士団遊撃隊の隊長に迎え入れてから行う。

 そうする事で、ロディの騎士団での立ち位置や発言の影響力も大きなものとなる。一本気なロディにはそういった計算は出来ない。ロディが輝ける場所を用意するのは、自分の役目なのだ。


 そう考えても、ロディと共に戦場に立てない数日は、ウィンチェスターの心を焦れさせた。

 だが、それもここまでである。決戦の書状が届いて一日半、最初に森の中に黒い煙が上がり、続いて村の方角から白い狼煙があがった。


 すでに合図は徹底してあった騎士たちの中から歓声があがる。ようやく、自分たちの出番が回ってきたのである。ウィンチェスターは腹に力を込め、声をあげた。


「狼煙があがったぞ! 皆の者、いよいよ我々の出番だ。スカサハ!」

「おう!」


 名を呼ばれたスカサハが、馬の上で拳を突き上げ声をあげた。


「五騎を率いて街道を行け、先駆けだ。道が整備されて最も動きやすい場所だ。ゴブリンたちを見かけたら徹底的に排除していけ。村まで駆け抜けたら、二騎ずつに別れて反転。森側から討伐してゆく本体の援護を頼む」

「よっしゃあ! 先鋒はこの俺が貰った! 遊撃隊から五人来い、いくぞぉ!」


 スカサハが五騎を率いて駆け去ってゆく。

 先鋒隊は駆けに駆け、まず道中の敵を各個撃破しながら村まで走り抜ける。その間、本体は大きく展開し、森への包囲を少しずつ締め上げる。

 ロディやスカサハたちが村側から各方面に追い込み、本体が殲滅する。ロディにもスカサハにも作戦はすでに伝えてあった。


「本体は三騎ずつに別れ、それぞれ持ち場から森へ進軍開始。隊長に追われたゴブリンどもを逃がすなよ! 槍と剣、弓の編成で確実に仕留めよ!」


 ウィンチェスターの横にいる騎士が馬上で旗を大きく振りまわす。

 合図と共に、三騎一組の部隊が十組ほどが囲むような布陣で森に入ってゆく。残った騎士たちは足の速い騎馬で森の外周の警戒に当たる。こちらには、次々に聖騎士団からウィンチェスターに賛同する騎士たちが加わってくる手筈になっていた。


 囲んでいる部隊の一部が騒がしい。

 ウィンチェスターは馬に飛び乗りそちらに急行した。手負いのゴブリンが三匹、騎士たちに追い立てられている。二匹が、騎馬隊の武器にかかって倒れた。残りの一匹が、騎馬隊から逃れるようにこちらに向かってかけてくる。


「はあっ!」


 ウィンチェスターは馬腹を蹴った。

 駆ける。

 ゴブリンが迫ってくる。ゴブリンとすれ違う刹那、手にした槍を思い切り突き上げる。ゴブリンの身体が宙に舞い、少しの間を置いて地面に倒れた。動かなくなったゴブリンに、追いついて来た騎士たちがとどめを刺していく。


「ようし、このまま一匹も逃がさず討伐するぞ! 続けぇ!」


・・・


 ゴブリンの巣までの道のりを案内するレイムーンの足取りは、思いのほか軽快であった。

 ただ、しきりに痛みどめの葉を口に運んでいるので、かなり傷が痛むのだろう。戒斗にはそれが気がかりであったが、ロディとレイムーンが話し合って決めた事に口を挟むことはやめにした。


 鏡花とロディは傷は深いものの、出血もすでになく、レイムーンに比べればずっと軽傷のようであった。戒斗もそれは同じである。ホブゴブリンの攻撃をもろに受けた側頭部の傷はひどいものらしいが、出血も止まった。痛みも、なんとか抑えられている。戦いの時に妨げになる事はないだろう。


「もう少しよ」


 レイムーンが一度こちらを振り返り、後続の三人に短く告げた。

 すでに、焦げ臭いにおいが戒斗の鼻を刺激している。黒い煙にも、随分と近づいて来た。刀の柄にかけた右腕に力が入る。


「アズールさん……」


 鏡花が心配そうな声を漏らした。ロディの表情も、厳しい物になっている。火の手があがってから、もうかなりの時間が経過している。アズールは、何故村に戻ってこないのか。

 道中、またはこの巣の付近で戦闘に巻き込まれている可能性が高い。傷の手当てが出来る道具は一通り持ってきている。一刻も速く合流したかった。


 周囲を警戒しながら進んでいるが、この辺りにゴブリンの気配はないようだ。元々、奴らは火を嫌うらしい。これだけ大きな炎が上がっていれば、いくら巣の在った場所とはいえ避けて通るのだろう。


「着いたわ、ここよ」


 木々が途切れ、膝丈くらいの草が生い茂る開けた場所に出た。

 視界の先に、大きな穴が見て取れた。入り口からは赤い炎と真っ黒な煙がとめどなく溢れ出している。炎そのものが生命を持っているのではないかと思わせるほどに、その動きは激しい。


「……これは? こんなもの、明け方には無かったはずだけど」


 風向きに注意し、煙を避けながら巣穴に近づいていくと、レイムーンが眉をしかめた。指さす先には動物の死骸があった。戒斗にとってはこの森で見る、はじめてのゴブリン以外の大型の動物である。辺りには血が流れたあともいくつか見られた。


「煙にあてられたのか? しかし、他の生物がゴブリンの巣穴に近寄るとも思えん」


 ロディがしゃがみ込み、動物の死骸を調べる。


「……数カ所にうち傷のようなものがある。ゴブリンが殺して、ここまで運んできたのか? しかし、一体なんのために……? それに、傷口はとっくに固まっているぞ。となると、この血液はなんだ……?」

「傷が固まっているって? ……これ、人の血だよ。あっちにも」


 ロディの横に立ったレイムーンが、しゃがみこみ血液を調べる。

 血は転々と途切れながらも、数カ所に続き森の茂みに消えている。


「人の血液だと……」

「あの茂みの向こうに動いたみたい。ちょっと見てみる」

「わかった、頼む。注意しろ」


 レイムーンが茂みに近づいてゆく。

 戒斗の顔に、汗が流れだして来た。ゴブリンの巣が燃え盛る炎の熱は、ずっと離れて立っている戒斗たちにさえ激しく照り付けてくる。激しい音をとどろかせる炎が、今なお強烈に燃え盛っていた。


 レイムーンが右手にナイフを構えたまま、左手で茂みをかき分ける。その時、ごろりという音と共に、見慣れた武器が茂みから転がってきた。


「これは!?」

「アズールさんの、棍棒!?」


 鏡花が転がってきた棍棒の傍まで駆け寄り、拾い上げる。

 棍棒の持ち手付近には、べっとりと血が染みついていた。鏡花の胴着の袖が、赤く染まっていく。


「この血、アズールさんの……!? そんな……」

「アズール! どこだ!? いないのか!?」


 ロディが声をあげると、他の三人も続いて声を張り上げた。

 激しい炎の燃え盛る音にかき消されないように、精一杯声を張る四人。

 アズールからの返答は、一向にない。


「かなり出血しているようですね。どこかで倒れているんじゃ?」

「ここは、手分けしてでも探すべきか……?」


 戒斗も鏡花の傍に立ち、血痕を確認する。棍棒の持ち手に巻いた布は真っ赤に染まり、今もなお赤い液体をかすかにしたたらせていた。

 アズールは、どこにいるのか。

 周囲を見回す戒斗の目の端で、炎が動いた。


 違和感を覚えた戒斗が、燃え盛る巣を凝視する。

 燃えている炎が揺れ動くのは、当たり前のはずだ。だが、何かがおかしい。この違和感は、なんなのか。

 揺れる炎、その奥。

 炎の奥から、何かが見える。黒い何かが、こちらに近づいてきていた。しかし、炎の中で一体何が動くというのか。揺れ動く炎の隙間から剣の先が覗いた時、戒斗が大声をあげた。


「ロディさん! 巣の中に何かいる!」


 三人が一斉に巣に振り返る。その刹那、炎の中から黒い影が飛び出した。


「ぐはっ!」

「ロディ!」


 炎から躍り出た影が、動物の死骸を調べていたロディを吹き飛ばした。その速さに、ロディは身構える事も出来ずに茂みの奥まで吹き飛ばされる。

 炎を纏った影がその場にうずくまり、死骸を覆い尽くすようにしてのしかかった。


「ぐう、あれは一体?」

「ロディ、怪我は!?」

「大したことはない、あの化け物、恐ろしい力とスピードだ、注意しろ。しかし、なぜ追撃が来ない?」


 炎から現れた巨大な生き物は、武器を構えた戒斗たちを気にする事無く動物の死骸を貪りはじめた。小さな穴から強い風が抜けるような低い唸り声とともに、死骸にむしゃぶりついてゆく。おぞましい光景に、戒斗が声を漏らす。


「こ、こいつ……。俺たちを無視して、これ、食ってるのか?」

「そうか、成長中なんだ、きっと……」


 小さな声を漏らしたレイムーンに、鏡花が尋ねた。


「どういうこと?」

「グロウゴブリンってのは、受けた攻撃を学習して成長する。その成長にはたくさんの食い物が必要なんだよ。こいつは多分、炎の中でさえ生きる事が出来るように成長したんだ。今がまさにその成長の最中ってことさ。つまり、殺るなら、今!」


 叫んだレイムーンが駆けた。戒斗とロディも続く。

 鏡花が矢をつがえ弓を引き絞った。

 だが、レイムーンのナイフが届く寸前に、炎を纏ったゴブリンが動いた。


「ぐわっ!」

「きゃああ!」

「ちぃ! なんという速さだ!」


 巨大なゴブリンの突進に、切りかかっていった三人が吹き飛ばされた。ゴブリンはそのまま茂みに飛び込む。先ほどまで貪っていた動物の死骸は、すでに何も残っていなかった。


 茂みの中で駆け回っていた炎が、一か所で止まった。一応の警戒はしているのか、炎の奥の黒い瞳が、こちらに向き直り立ち上がった。

 その口に、肌色の何かを咥えていた。


「……あれは……」


 太い、人間の腕だ。

 古いものから、ついほんの少し前についたであろうものまで、大小様々な傷がついた、人間の腕。

 戒斗や鏡花と揃いのブレスレットの巻かれた、まだかすかに血の流れるその太い腕に、戒斗は見覚えがあった。何度も目の前に差し出された、頼りがいのあるその腕を――。

 戒斗の呟きと、鏡花の絶叫が森にこだました。


「嘘だろ、アズール……」

「あ、ああ……。うあああああっ!!」


 鏡花が弓を引く音が、遠く後ろに聞こえた。

 戒斗は無意識のうちに駆け出していた。すぐ横にレイムーンがいる。ロディもだ。

 炎を纏ったゴブリンが、筋肉の収縮を見せる。力を込めて動き出す前に見せる、ゴブリン特有の準備動作である。戒斗は構わず突っ込んでいく。いつの間にか、刀を抜いていた。


 目の前に迫ったゴブリンの動きが、突然止まった。足元に、二本の矢が突き立っている。

 信じられない連射だ。レイムーンが速度をあげていく。


「そいつを返しな!」


巨大なゴブリンの口元に飛び込んでいき、口を大きく切り裂く。そのまま咥えられていた腕をもぎ取った。戒斗とロディの攻撃を遮るものは無くなった。


 刀、上段に構え、戒斗は全力で右足を踏み込んだ。


「お前は絶対に、許さない! うおおおぉぉぉぉぉ!!」


 一閃。

 巨大なゴブリンの首を斜めに切り裂いた。

 その瞬間、風が戒斗の頬を駆け抜けた。


「友の仇、討たせて貰う! 我が剣を受けよ!」


 ロディの大剣が、真横に振るわれる。

 風を切り裂いて進む一撃が、巨大なゴブリンの胴を真二つに両断した。


 騎士団の男は、このゴブリンにあらゆる責め苦を与えたはずだ。

 剣で突き刺し、切り刻み、叩き潰し、骨を砕き皮膚を焼き、あらゆる場所を折り曲げ焼き払い、しかし、殺さずに逃がした。考えうるすべての苦痛を与え、数人では手の付けられない究極の化け物を作ったはずであった。


 しかし、男は知らなかった。

 全てを切り裂く、異なる世界から来た少年の切先の鋭さを。

 聖騎士がその細い身体から振るう、戦場で研ぎあげた大剣の凄まじさを。

 森を駆け抜ける銀髪の女騎士の、研ぎ澄まされた速さを。

 見たことも無い長大な弓から放たれる、風さえも切り裂く矢の一閃を。


 静かな森に、炎が揺れる。

 空が黒い。

 周囲に流れた血の量を調べていたレイムーンは、静かに首を横に振った。鏡花が、小さな悲鳴をあげて膝を折った。


 自分は、泣いているのだろうか。

 戒斗は頬に手を置いた。指に触れた液体は、ぬるりとした感触を伴った、ゴブリンの血液である。

 泣いていない。泣いてはいないはずだ。

 それなのに、頬に置いた指には、温かい透明な液体が零れ落ちてきた。


 ぽつり、ぽつり。

 どこからか、水音がした。

 いくつもの水滴が、戒斗の頭を、頬を、身体を優しく叩いた。雨が降ってきたのだと気付いたのは、ずっと後の事だった気がした。


 雨が、少しずつ全てを流していく。


 身体に染みついた血液も、燃え盛る炎も、頬をつたった一筋の雫も。

 何もかも違う世界。

 それなのに、雨の音だけはおんなじだ。

 鏡花が、ブレスレットを巻かれた腕を抱きしめた。


「一緒に、帰りましょう。アズールさん……」


 雨が、何もかもを流していく、涙も、血も、炎でさえも。

 それでも、胸の奥の痛みだけは、いつまでも流れる事なく戒斗の心に沈み込んでいった。


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