第五十三話 決戦
アズールとレイムーンが出ていってから、どれほどの時間が経っただろうか。
教会の門の前で戒斗は何度も手のひらを握りしめていた。
教会の門は、レイムーンが駆け込めるように開いてる。戒斗の横には全身を覆う白銀の甲冑を着込んだロディも立っている。
二人は無事潜伏場所につけたであろうか。
アズールは、隠れ切る事が出来るであろうか。
レイムーンは、道中で襲われる事無くゴブリンたちを誘い込めるのであろうか。
いくつもの不安が胸の中を渦巻いていた。
バルコニーを見上げると、鏡花も心配そうに森の方を見ていた。その傍らにはアルコとルシーも控えている。矢の準備や火矢の着火などを手伝う事を立候補したのだという。
ロディはそれを、危険な状況になった場合即刻教会内に逃げ込む事を条件に承諾したらしい。
戒斗は腰には刀をはき、防具は父も使っていたという動物の革をメインに使った軽量の手甲や胸当てを装備していた。
金属の防具は、刀を使う上で動きを制限してしまうのだ。
ロディのように打ち合う戦い方ならばともかく、戒斗のように切り伏せるスタイルには軽装の動きやすい装備があっていた。
他には全員に配られた血止めの粉と、ポケットに刀に塗布する油の小さな容器と、念のためにライターが入っていた。罠とした花火への着火は主に弓手の役目であったが、混戦になればどのような状況にも対応出来るに越したことは無い。
「来ませんね」
焦れた戒斗が呟くと、横にいたロディが戒斗の肩に手を置き言った。
「落ち着けよ、戒斗。大丈夫だ、レイムーンはしくじったりはしないさ。必ず来る。いいか、戦いが始まり敵の第一波を迎撃したら君は遊撃だ。自分の判断で動き回らなくてはならない。どんな時も冷静な思考を忘れないようにな。危なくなったら、ここまで戻ってくるんだ」
「はい! 必ずゴブリンたちを追い払って見せます!」
「その意気だ。だがここには仲間がいる。一人で気負いすぎるなよ」
落ち着いた口調でそう言われ、戒斗の緊張もわずかにではあるがほぐれた。一つ頷いて、ロディに向けていた視線を前に戻す。遠くに土煙が見えた。
「どうやら、来たな」
短く呟くと、ロディが教会のほうに向き直り言った。
「いよいよ決戦の時だ! 鏡花、手筈通り、罠の着火と援護を頼む。戻ってきたレイムーンもそちらに合流する。村の戦闘を補助してくれる者達は決して無理はせず、危なくなったら奥に下がるように。戦闘に入れば私も指揮は出来ない。ロンメル殿、村の皆をお願いいたします。……ようし、必ず勝つぞ!」
「おう!!」
戒斗が、鏡花が、村人たちが鬨の声をあげた。
ついに、始まるのだ。
戒斗は刀を抜き、迫りくる土煙に目を凝らし身構えた。
村の門からレイムーンが駆け込んでくる。時折振り返り矢を射かけている。レイムーンの後ろの森から、数多くのゴブリンが沸きだして来た。その数は一目では判別がつかないが、今まで目にしたことの無いような大群である。
「数が多いな。レイムーンが教会に入ったらすぐに門を閉じるように! 鏡花、ゴブリンどもが坂の上に現れたら橋の入り口付近に火矢だ! 頼んだぞ!」
ロディが指示を出し、兜の面を下げた。
金属のぶつかる、カシャンという冴えた音が聞こえた。そちらに目線を向ける余裕は、すでにない。
ゴブリンたちが橋の入り口に現れた瞬間、橋の前の花火の罠を付ける算段になっている。怯んだゴブリンたちを、戒斗とロディが押せるだけ押し込む。
そののちはロディがゴブリンを引き寄せる魔物を呼ぶ粉で集まったゴブリンの相手をし、戒斗は遊撃として村の中を駆け回りながらゴブリンを倒してゆく。
無論、罠を有効に使うために動く位置は罠がある近辺を中心にするつもりだ。
レイムーンが橋まで駆けて来た。
駆けながら振りまいていた粉を、橋の下の小川に袋ごと投げ捨てる。
「お待たせ! 来るよ!」
すれ違いざまに短く告げ、そのまま教会の中に騎乗のまま駆け込んだ。
すぐに門が閉じられる音が聞こえた。
すでにゴブリンたちの鳴き声がいくつも聞こえてきている。バルコニーからはその姿も良く見えている事だろう。戒斗は大きく息を吐いた。
来た。
ゴブリン、数は先頭に四匹。
坂を駆け上り、今にもここまで飛び込んできそうである。ゴブリンたちと戒斗、ロディの間に、不意に火矢が突き立った。
積んである藁が燃え始める。ゴブリンたちは罠の傍まで近づいて来ている。
「戒斗、まずは機先を制する。目の前の敵を切り伏せろ! いくぞ!」
「了解! ……ヒーローは、どんな時でも、逃げ出さない! うおおっ!」
ロディが駆け出す。
戒斗も雄叫びをあげてそれに続いた。
ゴブリンたちと、ロディと戒斗。両勢力の距離が縮まる。
その瞬間、地面から閃光が噴きだした。
ドラゴン花火に着火したのだ。吹き出す強烈な花火の音と光の奥に、ゴブリンたちの動きが止まるのが見てとれた。
ロディと戒斗は迷わずそこに駆け込んでいく。
ロディが火花の横をすり抜け、右側にいた二匹を一撃で横に切り払う。
戒斗は火花をものともせずにその中に飛び込んだ。その向こうで、花火に驚き膠着している二匹。
手前の一匹に踏み込む。距離をしっかりと意識して袈裟切りに打ち込む。止まることなく前へ。返す刀でもう一匹の胴を横に薙ぎ払う。生暖かい血液を身体中に浴びた。
花火の火薬が尽き、煙が風に流され視界がはれる。縦横それぞれに両断されたゴブリンの死体が四つ、転がっていた。
花火の罠は想像していた以上に効果が大きいようだ。
しかし、すぐに新手が現れた。
ロディが下がる。戒斗は道を外れ、橋から少し離れた墓地の入り口で身構えた。ゴブリンたちは、まかれた粉に導かれるように橋の方へ殺到していく。
「半分くらいまだ村の方にいるよ! 戒斗はそっちに向かって! 鏡花とあたしが援護をするわ。ロディ、そっちは頼んだよ!」
「了解!」
「任せろ!」
バルコニーに駆けあがったレイムーンが二人に指示をとばす。
ロディと戒斗が同時に答えた。
ロディが教会の門の前で身構えた事を視界の端に収めると、戒斗はゴブリンが駆けてくる坂道をよけ、脇の傾斜を駆け下りた。何本もの矢がバルコニーから放たれている。
足を矢で射ぬかれ、動けないゴブリン。
駆け寄り、すかざず首を一閃した。
手応えが少し重い。
周囲を見渡しながら、素早くポケットに手を入れる。手入れをする油を含ませた布を取り出し、刀身を拭うと、再び駆け出す。
辺りにはロケット花火が破裂する音が響き始めている。
バルコニーからの援護であろう。見慣れた村に、ゴブリンたちが暴れまわり、極彩色の炎と火薬のにおいが充満し始めていた。
「やってやるさ!」
地面を蹴る。
ロケット花火に怯んでいる目の前の敵目掛けて、勢いよく踏み出した。