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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第五十二話 夜明け

 空がかすかに白み始めた頃、アズールとレイムーンは森の中を進んでいた。村からアズールの潜伏場所まで、街道の道を半分、残りの道のりは森の中を進む。

 本来はアズール一人で進んでいくはずだったが、万が一ゴブリンとの遭遇の可能性を考え、ロディの命令でレイムーンも同行することになった。


 レイムーンが巣を襲撃し、撤退する時に使う馬は、街道の端の木に手綱を結んで来た。夜が完全に明けた時、彼女は巣への襲撃にうつる。

 二人は黙々と森を進む。出来る限り物音は立てるべきでは無かった。ゴブリンは音に異常なほどに敏感なのだ。


 森を進みながら、アズールは様々な事を考えていた。

 二人が出発する前、村の人間を全員教会に集め、作戦の最後の説明があった。取り立てて目新しい話は無く、再度の作戦の確認であった。戦いなれている者たちだけならば不要と思える事だが、村人や実戦の経験が浅い戒斗と鏡花がいるのだ。

 確認はくどすぎるほどに繰り返して良い。


 出発のおり、ロディとはかなり突っ込んだ話し合いもした。

 もしもアズールが失敗した場合は、戦いを終えた四人が再度洞窟に火を放ちに行く事になっている。しかし、それでは追撃戦も難しくなるだろう。

 それでも最悪の事態は想定しなくてはいけない。最悪の事態も想定して行動できるロディがいてくれるからこそ、アズールも村を離れる事が出来るというものだ。


 戒斗と鏡花には、結局在り来たりな事しか言う事は出来なかった。

 ただただ、あの二人には無事で居て欲しかった。

 サムライの忘れ形見たちである。思いは、語り尽くせない。


 レイムーンとも、手筈の最終確認をした。

 レイムーンがゴブリンたちを引き連れ森を抜けた時に、合図の矢を放つ。矢の先端にいくつも穴があいていて、放つと空気を裂く大きな音がする矢がある。

 それを放たれた時が、アズールの作戦を開始する合図である。それまでは息をひそめて森の中に隠れ続ける。


 潜伏場所についた。

 火油の樽を置いた時から、何も変化は無かった。互いに頷き合い夜明けを待つ。すでにわずかに森にも光が射していた。陽が登り切るまで、もうあとほんの少しであろう。

 棍棒を握りしめる。

 腰には洞窟への着火用の松明も準備してあった。レイムーンも矢に布を巻き始めた。お互い、ライターとかいう火を出す道具を持っている。


 珍しく、小鳥のさえずりが聞こえた。ゴブリンに喰い尽くされ殆ど見ることが無くなった鳥たちも、なんとかまだ生命を繋いでいる。

 待っていろ、今捕食者どもを全滅させてやる。

 レイムーンが手で『行ってくる』という合図を送って来た。頷きをかわし、音がしないように静かに拳を合わせる。


 戦友。

 もう二度と手に入れる事はないだろうと思っていた存在。

 それが今、四人も集まった。

 しかも、村とは関係の無い者達である。素直に礼を言う事は出来なかったが、アズールは彼らに深く感謝をしていた。

 ここは一番、誰よりも戦わねばならない。

 静かに駆け去るレイムーンの背中を見送りながら、そう堅く決意した。


・・・


 アズールと別れたレイムーンは、ひたすらに駆けていた。

 目指す洞窟までは、それ程の距離はないが、空は明るくなり始めている。作戦には恐らく長い時間がかかる。村での決戦だけでもかなりの時間を費やす事になるであろうが、そのあとには逃げるゴブリンの掃討戦も控えているのだ。

 一刻でも速くゴブリンたちを村におびき寄せたかった。


 一、二匹に発見された所で、適当にいなせばいい。

 息の根を止めようとすると難しい相手だが、足を撃てば動きは鈍くなるのだ。茂みが音をたてるのも構わずひた駆けた。


 身体が熱い。

 戦いを前にすると、いつもこうであった。ロディという正義の象徴に従う戦いは、レイムーンにとって喜びである。

 死すらも恐れる必要の無い陶酔の時間は、愉悦ですらあった。早く、ロディに敵するものたちの血を浴びたい。そんな思いにとらわれる事も一再ではないのだ。


「まだよ、まだまだ……」


 自分の中の凶暴な感情を、なんとか抑える。

 今はゴブリンを冷静に誘い出さなくてはいけない。

 全力で暴れるのはそれからだ。

 洞窟、見えてきた。ゴブリンたちの姿はない。夜目の利くゴブリンは、夜に活発に活動する事が多い。明るくなり始めて、巣で休んでいるのかもしれなかった。


 周囲に警戒しながら、用意していた火矢を数本取り出す。

 二本を手に、残りを地面に刺した。

 すでに油を染み込ませた布は巻き付けてある。ライターという異世界の道具を取り出し、矢に着火する。すぐに二本の矢は勢いよく燃え始めた。


「さあ、いくよ」


 誰に言うでもなく、レイムーンが声を出した。

 二本の矢、火は燃え盛っている。

 人差し指と中指に一本、中指と薬指で一本の矢をつがえ、弓を引く。洞窟の入り口は広く開いている。矢を射こむことは造作もなかった。


 火矢を放つ。

 続けて地面にさしておいたもう二本に着火する。

 弓を引いた時、数匹のゴブリンが躍り出して来た。腕にそれぞれ武器を携え、突然の攻撃に雄叫びをあげながら向かって来た。

 まだわずかに距離がある。

 構わずレイムーンは第二射を巣に撃ち込んだ。続々と新手が出てくる。


 その数はざっと十数匹。

 しかし、奥にはもっと多くのゴブリンがいるであろう。洞窟の奥から覗く黄色い眼光が、それを物語っていた。巣から煙は出ない。この程度では燃え広がらないようだ。

 いや、相手は知能の高いグロウゴブリンである。延焼を防いでいるのかもしれなかった。

 最初の数匹が目の前に迫ってきている。


「これ以上は無理か」


 舌打ちを一つして、レイムーンが脱兎のごとく森に駆け出した。

 腰に括り付けたにおい袋のくちを開き、自分に降りかける。魔物をおびき寄せるにおいが、ゴブリンの敵を追う習性に相乗効果をかけるはずだ。


 ゴブリンは流石に森の中の移動が巧みである。

 足音がすぐ後ろに迫ると、駆けながら振り返り様に矢を見舞う。三度それを繰り返した時、ようやく街道に出た。

 馬の手綱を取ると、弓で思い切り馬の尻を叩いた。

 大きく嘶きをあげて馬が駆け出す。聖騎士団の中でも駿馬と名高い馬である。走りやすい街道でなら、ゴブリンを突き放す事も容易であった。


 速度を調整し、追いつかれないが離れすぎない距離を保つ。

 どれ程の数が追ってきているのか、視界の悪い狭い街道では把握しきれない。街道脇の森にもかなりの数が駆けて来ている気配である。

 木々で遮られていた視界が晴れる。

 村の門、見えた。

 レイムーンはもう一度馬の尻に弓を叩き付け、アズールへの合図の矢を放つと、門に向けて疾駆した。


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