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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第五十一話 二人きりの決意表明

 戒斗が試し切りを終えて部屋に戻ると、鏡花が真剣な面持ちで弓の弦を張り替えていた。ベッドには矢が山積みになっている。


「鏡花、これどうしたの?」


 訝しげに尋ねる戒斗に、弓に顔を向けたまま鏡花が答えた。


「明日に備えて道具のチェックよ。矢尻が外れかけてないかも調べていたの。何本かは試しに射る事もしたし、念入りにね」

「そっか、お疲れ様」

「戒斗こそ、試し切りに行っていたんでしょ。どうだった?」

「まあまあかな。アルコさんに随分アドバイスを貰ったよ」

「そう」


 会話の途切れた部屋に、鏡花が弓を点検する乾いた音が響く。

 鏡花の気持ちはすでに明日の決戦に向かっているようだ。

 今のうちに、何かを話しておきたい。戒斗は緊張からか、そんな気持ちに襲われていた。


「いきなり明日、だね」

「そうね。でも、やるしかないわ」

「うん、そうだね」

「不安?」


 弓に向けていた目をちらりとこちらに向け、鏡花が聞いた。

 戒斗はその視線から逃げるように腰かけていたベッドにごろんと横になり身を預けた。


「そりゃあ、多少はね。やるしかないと解っていても、不安は不安さ」

「私も不安よ。だから、少しでも不安を解消出来るように武器の手入れをしているわ」

「誰だって、不安か」

「戦いの前なんて、きっとそうじゃない? ロディさんやレイムーンだってさ」

「そっか、そうだよな」


 呟き、ベッド脇に置いたままにしていた村の地図を手に取った。

 地理を覚えるためという事でロンメルより渡されたものだ。

 ただ、自分の住む街と全く同じ地形であるメイルローズ村の地理は、すでに頭の中に刻み込まれている。花火を埋めた位置もだ。

 それでも、繰り返し地図を見るのは、不安のせいなのだろうか。


 不意に、戒斗の寝転がるベッドに足音が近づいて来た。


「不思議ね」


 弓の点検をする手を休め、戒斗のベッドに腰かけた鏡花が言った。


「何が?」

「何もかも。二つの世界が繋がっている事も、この村が私たちの街にそっくりな事も。こんな、戦いの日々も」

「本当に、不思議だね。いっそ、悪い夢なら……」


 夢ならば、醒めて欲しい。

 そう言いかけた言葉を飲み込んだ。

 もしも、これが夢だったら、自分はどうなっていただろう。今頃は、全国大会に向けて稽古の日々だったろうか。それは、高校生としてとても充実した毎日だったかもしれない。


 それでも、もしもこの世界に来る事が無かったら、自分はきっと、父を憎んだままだった。父の真意を知らぬまま、ずっと家族を捨てた父親として彼を憎み続けていたはずだ。

 そして、アルコと、ロディと、レイムーンとアズールと……

 鏡花と、出会うことも無かった。


 夜の森での出会いも、屋上での会話も、泉のほとりでの会話も、物置で過ごした特別な時間も――何もかもが夢になってしまうのか。

 それは余りにも……


「寂しすぎるよな」


 横に居た鏡花が、頷いた気がした。

 気のせいかもしれない、そうだったとしても、構わない。

 言葉にして確かめるには恥ずかしすぎる、いや、無粋過ぎる事だ。


「戒斗、その袋は?」


 戒斗のベッドの脇に置かれた、スーパーの袋を指差し、鏡花が尋ねた。


「ああ、これ? これはね、残り」


 身を起こして袋を取り、中身を鏡花に見えるように広げた。

 そこには無数の線香花火がいれられていた。


「これって、線香花火よね?」

「うん。花火の詰め合わせをいくつも買ったじゃん? ああいうのって、大抵線香花火も入っているんだよね。でも、さすがにこれは戦いには使えないからさ」

「ふうん……」


 鏡花は袋の中から線香花火の束を一つまみ取り出すと、興味津々といった様子でじっと眺めている。

 花火の火薬のにおいが、袋から零れだした。


「戦いに使えないんなら、これ、今からやってみたい」

「鏡花?」

「私、手持ち花火やった経験が無いから」

「そっか、言ってたもんね。……よし! やるかぁ!」


 二人は頷き合うと、起き上がり花火の支度を始めた。

 台所から小さな木の桶を一つ借り、そこに水を満たす。袋はそのまま花火を使い終わったあとのゴミ袋にする。


 準備が整うと戒斗は刀を、鏡花は弓をそれぞれに携えて、裏庭に行った。

 試し切りを終えた木材が、隅っこに山積みになっている。ついさっきまでの緊張した気持ちとは打って変わって、ワクワクとした心持ちで裏庭は足を踏み入れた。

 あるいは、明日は決戦という高揚も、そこには入っていたのかもしれない。


 軽く地面に水をまいたあと、湿った土に付属品のろうそくを立て、火を付けた。夜の闇に、小さな輝きが灯る。電灯よりも温かみのある色彩が、見知らぬ世界の一端を揺れる炎で鮮やかに映し出す。


「なんだか、ドキドキする」


 花火の準備を整えていると、鏡花が小さな声で呟いた。ろうそくに照らし出された横顔には、優しげな微笑みが浮かんでいる。

 戒斗が袋から線香花火を二本取り出して、一つを鏡花に差し出した。

 二人でろうそくの前にしゃがみ込む。

 二人並んで線香花火のか細い導火線をろうそくの炎に垂らした。


 風で数度揺れた小さな炎が、ゆっくりと導火線を黒く染める。

 火が、静かに線香花火の導火線から、火薬のある場所に登っていった。


「鏡花、こっちに」


 戒斗は、しゃがみ込んだまま、ろうそくから背を向ける格好に身体の向きを変えた。不思議そうな顔をした鏡花がそれに倣う。

 ろうそくの灯りから離れた真っ暗な空間に、二つの小さな火が漂う。


不意に、二つの火は小さな火球を作り出した。

 火球から、いくつもの火花が弾け飛ぶ。

 闇の中に、閃光をまとった花がいくつも咲き乱れる。潤いを持ったようなオレンジ色の火球が、花弁を開くかのようにいくつもの光を放射状に拡げてゆく。


 咲いては消え、消えては再び花開く、線香花火の作り出した輝きの世界。

 指先から拡がる未知の世界に、鏡花は感嘆の声をあげた。


「凄い綺麗……」


 二人の見つめる先で、線香花火が一頻り輝きを放つ。

 そして戒斗の花火が、次いで鏡花の花火の火球が順に落ち、指先に暗闇が戻った。


「消えちゃった」

「まだ沢山あるよ。もう一回やろう」


 頷く鏡花に新しい線香花火を手渡し、二人は再び先端に炎を灯した。

 数秒の間を置いて、火薬が弾け闇夜に花が咲く。


「戒斗」


 花火を見つめたまま、鏡花が小さな声で戒斗を呼んだ。光を受けた鏡花の顔はくっきりと陰影を映し出している。その横顔をじっと見つめる。

 花火が、小さな音を立てて光を放っていた。


「絶対、勝とうね」


 小さな声が、夜風を漂う。

 小さな、消えてしまいそうな声。

 それでも風の音にも決して負けない、淀みなく響く、勝利への決意の声。


「ああ。絶対に、勝とう」


 二人だけの、決意表明。

 咲き乱れるオレンジ色の花に祝福された二人の時間が、ゆっくりと過ぎ去っていく。闇が色を増す。

 この闇が晴れた時、戦いが始まる。深まっていく闇に抗うように、指先から伸ばした光は何度も何度も、その姿で闇を照らし出していた。


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