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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
テスト2
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第四十八話 火矢が描きだす流星

「アズールさんはやらないんですか?」


 アズールは、花火を眺める者たちから少し離れて立っていた。

 それに気付いた鏡花は大きな背に近づき、声をかけた。アズールは向き直るとにっと微笑み、鏡花の頭に手を置いた。


「俺はいい。当日俺は村の外に出張だ。ここで戦う連中が使い方をしっかりとわかっていりゃあそれでいいのさ」

「……私、作戦、やっぱり心配です。アズールさんだけ一人で危険な任務に」

「んなことねえよ」


 鏡花の頭の上に置いていた手を、ぐりぐりと動かす。

 豪快に笑って見せたアズールが、鏡花の顔をのぞき込み言った。


「大変なのはあっちではしゃいでいるレイムーンの奴だ。ゴブリンの群に追っかけ回されるんだからな。俺なんて楽なもんさ。空になったあいつらの家に火を付けて来るだけなんだからな」

「だけど……」

「問題ないさ。それより、今度は少しの間、嬢ちゃんのことを護ってやれねえなぁ、無事でいろよ、嬢ちゃん」

「私……」

「鏡花ー! ちょっと来てー!」


 名前を呼ばれ振り返った視線の先では、レイムーンが大きく手を振っている。

 戒斗はすぐ傍にいるが、ロディの姿が見当たらなかった。


「ほれ、呼ばれてるぜ嬢ちゃん。行ってきな」

「あ、ちょっと。アズールさん、またあとで」


 アズールに背中を押され、レイムーンの方に押し出される。それを受け止めるかのようにレイムーンが小走りに近付いて、鏡花に小声で耳打ちをした。


「んもう、ほんと鏡花はオッサンの事好きねぇ。でもダメよー、意中の人は一人にしないと。戒斗が拗ねちゃうわよ」

「そ、そんなんじゃ!?」

「やーね、赤くなっちゃって! 冗談よ、それよりもこっち!」


 手を引かれ教会の門の前まで戻ると、先ほど登って来た坂道の中ほどでロディが手を挙げていた。しきりに自分の足元を指差している。

 木の枝を二本拾い上げ、それぞれ少し離れた地面に突き立てた。

 良く見るとその地面には何かが埋まっているようであった。


「あれは?」

「さっきの火が噴き出す花火よ。あれ、直接火を付けるよりさ、地面に埋めていきなり火が噴き出したほうが、効果的だと思って」

「ドラゴン花火のこと? でもあれは導火線に火を付けないと」

「だから、鏡花を呼んだのよ。あたしたちの出番じゃない」


 そういってレイムーンは、ライターの火をつけてみせる。

 もう一方の手には矢が握られていた。

 ライターの火にあぶられた矢の焦げるにおいが、鏡花の鼻腔をくすぐった。


「それって、もしかして」

「そう! 火矢よ。決戦の時に、あそこから射るのよ。今から予行練習」

「バルコニーから、火矢で花火を?」

「そういう事。あたしは出来るって言ったんだけどね。ロディも戒斗も心配そうだったから、いっちょやってみせてやろうって訳。行きましょ!」


 そう言うと弓の弦を斜め掛けしたレイムーンが、弓を背負ったまま器用にロープを登り始めた。みるみるうちに上まで登っていく。


「ちょ、ちょっと! レイムーン!」

「鏡花何してるのー! 速く速く!」

「そんな事言ったって……。もう」


 長弓を持ったままロープを登る事も出来ず、鏡花は門をくぐり教会内の階段を登ってバルコニーを目指した。

 あのロープは、少なくとも登りでは決戦の時も自分には使えそうにない。

 もしも使う時は、弓を手放している時だ。そんな時があるのだろうか。


 そんな事を考えながら階段を登り切り、夕陽が差し込むバルコニーまで走る。

 レイムーンが矢に布を巻きながら待ち構えていた。


「来たわね鏡花。この布には油をしっかり染み込ませてあるわ。火の気があれば簡単に燃える。これを矢の先端に巻き付けて、火をつけて射るのよ」

「なるほど、この距離なら、確かに」


 目印の木の枝に目を凝らす。

 的自体はとても小さいが、距離は三十メートルもないだろう。かつて参加した競技大会のほうが、余程的は遠く離れていた。その的にも、鏡花は殆ど矢を外す事無く射ることが出来たのだ。


(出来る)


 弓を自分が立っている角度よりも下方に射る経験は無いものの、距離・的に無理はないだろう。屋外ではあるが、幸い今は風も余りない。

 鏡花は矢を取り出し、渡された布を先端に巻き付けた。


 レイムーンがライターで自分の矢の先端に火を灯すと、あっという間に火は布に着火した。レイムーンが火を付けたままライターを鏡花のほうに差し出す。

 鏡花も矢をかざし、先端に火を付けた。


「あたしが右、鏡花は左ね。ロディー! やるよ、離れてー!」


 レイムーンが手を振り合図を送ると、ロディが橋の麓まで走って戻る。左側の木の枝。小さいが、良く見える。地面には、確かに花火の先端が見えていた。


 出来る。


 レイムーンと鏡花が、それぞれの弓を引く。

 燃えている先端が発する熱で、引き絞る先の標的が揺れて見える。

 弓を支える左手に、熱気を感じた。

 これが火矢か。

 集中した。いつしか熱も気にならなくなった。

 しっかりと構えを維持し、狙いを定める。


 鏡花の長弓とレイムーンのコンボジットボウが、同時に弦を鳴らした。

 二つの火矢が、流星のようにバルコニーを流れていく。

 吸い込まれるような輝きが、木の枝が置かれた地面に突き立った。地面に刺さってもなお燃え続ける火矢の先で、二か所から同時に極彩色の炎が噴きだした。教会の門のところから、歓声があがった。


「ま、こんなもんよね」


 得意げに笑うレイムーンと手を打ち合わせ、鏡花も笑った。実戦の中で、これを効果的に使うのは難しいだろう。それでも、戦術が一つ広がったのだ。


「よし、陽が沈む前にこれを村の各所に埋め込むぞ。レイムーンと鏡花はそのままバルコニー上で位置をチェックしていてくれ。距離や位置で難しい場所はすぐにいうように。アルコさんは村の地図に花火の位置の書き込みを。ロンメルさんは火矢で民家が燃えないような場所のピックアップを私と共にお願いします」


 ロディの指示のもと、村が再び動き出した。

 ドラゴン花火はより火がつきやすいようにわらを上に乗せ、地面に埋め込まれる。わらを乗せれば少しの雨であれば、湿気る心配もいらないのだそうだ。

 鏡花はアルコとともに地図に花火が埋められた場所を×印で記していく。

 十数個の×印が、あっという間に地図上に広がった。


 仕掛けの距離によっては、矢を実際に射てみるという事もした。矢の損耗は心配であったが、届かない場所に埋めても意味の無いものなのだ。

 幸い、火矢に使った一本以外は継続して使用が可能であった。


 ロケット花火は教会に運び込まれた。

 主にバルコニーから使うという形になるだろう。手持ち花火も同じく教会に持ち込まれたが、こちらは万が一ゴブリンが壁を登って来た時に追い払う役割も負っているらしい。

 火薬と土のにおいに包まれた夕焼けはゆっくりと暮れ、静かな夜が訪れようとしていた。


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