第四十七話 異世界に咲く花火
アズールの家に寄りアズールを連れ出した一行は、一路教会に向かった。
坂を登り切って戒斗が目にした教会は、雨の中戦った時とは別物であった。バルコニーに積まれた石や矢の束、何枚も板が打ち付けられた門、その横には細いロープが下がっている。
これは一体何に使うのかと目を凝らした所に、ロープを伝って上からレイムーンが降りて来た。
戦いが始まれば、正面の門は当然ゴブリンの侵入を阻むために閉め切らなくてはいけない。
このロープが、バルコニーと正門を結ぶ通路の役割を果たしているわけだ。
「よ! 鏡花、おかえり。戒斗もお疲れさん。皆して教会まで来て、どうかしたの?」
手を振りながら近づいて来たレイムーンに、戒斗が手に持った花火の束を差し出した。
「これ、俺たちの世界からもって来た、対ゴブリン用のアイテムさ。みんなの前でお披露目しようと思ってね。レイムーンがここにいてちょうど良かった」
「へえ、あんたたちの世界にある、ゴブリン用のアイテムねぇ。おかしな言い方するじゃん。どれどれ、使って見せてよ」
前屈みになって袋の中を覗くレイムーン。
その胸当ての谷間が戒斗の視界に入り、慌てて目線をロディに移す。それを、使っていいかという問いかけととったのか、ロディは頷き戒斗を促した。
「レイムーンも揃ったところで、早速見せてもらおうか。戒斗、頼む」
「りょ、了解!」
「戒斗、どうかした?」
「なんでもないよ! 鏡花、手伝って」
教会の門と橋が繋がるちょっとした広場の前に、戒斗と鏡花が花火を広げる。
ドラゴン花火、手持ち花火、ロケット花火、打ち上げ花火などがずらりと並ぶ。それらを、種類ごとに分けて揃えて置いていく。
特に使えるだろうと選んで多く買ってきたロケット花火とドラゴン花火は、かなりの数である。
橋の横に立って準備を見ているロディたちに、戒斗はライターの説明からはじめた。
持ってきたライターは全部で五つである。一つは戒斗が持ち、残りをレイムーン、ロディ、アルコ、それにアズールにも一つずつライターを手渡し、全員に見えるように少し上に掲げて持つ。
「えっと、これは俺の世界のライター、ええっと、火を付ける装置です。持ち歩くことも出来て、すぐに火も付けられます。これを使ってこっちに並べた花火に火を付けます。まずはこういう風に持って。指先がここにかかるように」
ライターの持ち手を持ってみせ、皆の目の前をゆっくりと腕を動かしてゆく。アズールなどその大きな手でライターが見えなくなってしまっている。きちんと持てていない者のところには鏡花が近づき、細かく持ち方を教えて回る。
「じゃあ、この指をかけた部分を力を入れて斜め下に引きます。そうすると、こう!」
かちりと乾いた音がして、ライターの先から小さな灯火が姿を現す。
異世界の夕暮れの中に、ライターの見慣れた炎が揺れた。
「おおお! なんだこりゃあ、魔法の筒か!?」
こちらの世界には無い道具に、アズールが驚きの声を上げた。
自分の持ったライターをおっかなびっくりといった様子で指をかけ、上蓋をスライドさせる。小さな音とともに現れた灯火に顔を近づけ、その吐息で火を消してしまう。
鏡花が手を添え、もう一度火を付けなおして説明する。
「ライターの炎は小さくて消えやすいです。風が強かったり、今みたいに息を吹きかけると消えてしまいます」
「これはまた、不思議な……」
「すっげー! 面白いじゃん!」
興味深そうに半透明のライターの内部をのぞき込むロディの横で、レイムーンはカチカチと何度も火を付けては消してを繰り返している。
手を動かし、どれくらいの動きで火が消えてしまうのかも細かくチェックしているようだ。
アルコは小さな炎に手をかざし、その熱を確かめるように近付けていく。
「火は小さいですけど、触り方次第ではやけどしますよ」
戒斗は注意しながら、アルコの手を火から遠ざける。
小さくて少し冷たい手のひらから、微かな反応が返ってくる。手を離し、皆の前に戻る戒斗は、アルコの視線がその背に向けられたままであることには気づかない。
「じゃあ、次は実際にこの花火に火を付けてみましょう。まずはこれを」
手持ち花火を手に取り、着火する。
導火線部分のカラフルな紙がどんどん燃えていき火薬に着火すると、戒斗の手の中で色とりどりの火花が飛び出した。
「こりゃすげえ!」
「おっもしろ~~い!」
レイムーンとアズールが一際大きな声を出した。
「音、光……。なるほど。だが、炎が噴き出しているのに、熱はほとんどないのだな」
「ロディさんの言う通りです、花火には攻撃的な要素はほとんどありません。火力も弱くって、ほら、こういう風に」
戒斗は花火を持った左手を少し内側に向け、噴きだしているカラフルな火花の間を右手で素早く往復させて見せる。
そして、その手を皆に見えるようにかざした。
「花火の炎はとても弱いです。見ての通り、ちょっとくらいなら炎がかかっても全然やけどをしません。良かったら皆さんもやってみてください。ただし、火の前で手を止めたりすればさすがに熱いし火傷もしますので、注意してください」
「じゃ、早速! すごーい、熱くない!」
レイムーンは楽しそうに花火の前で手をバタバタと動かして見せる。
アズールが恐る恐る、ロディはどれ程当たっていれば熱いのかを観察するように注意深く花火の炎に触れてゆく。
「アルコさんは?」
戒斗がアルコに向き直り声をかけた。アルコは小さく首を横に振った。
「いえ、使い方さえわかれば……。でも、とっても綺麗です」
「手持ち花火はほかの花火に比べても量も多いの、皆も試してみて」
鏡花が小さい手持ち花火を選んでロディたちに手渡してゆく。
ライターをおぼつかない手で着火し、その炎を花火の導火線に近付けてゆく。
「あっはは、これすっごーい!」
レイムーンは初めて触れる花火に全く抵抗は無いようだ。
手持ち花火を持った手を振り回し、舞うように動き回っていた。ロディは剣を突き出すかのように花火を持った腕を動かしている。火花の軌跡を読むかのように、その目は真剣そのものであった。
他の花火に関しては手持ち花火ほどに数も多くはなく、すべてを一つ一つ手渡して、とはいかなかった。
それでも地面から炎が湧き出すようなドラゴン花火や、矢のように飛び大きな音をたてるロケット花火は見ている人々を大いに驚かせた。初めて見る人にここまでの衝撃を与える花火だ、きっと光と音に敏感だというゴブリンには効果覿面であろう。
これならば、きっと大きな成果が期待できる。
戒斗は大きな手応えと、微かな高揚感に包まれ刀の柄を握りしめた。