第四十六話 祈りの要塞
鳥居をかたどった見慣れた門の前まで歩み寄って、戒斗は大きく息をついた。すぐ後ろで鏡花も矢を矢筒にしまっている。
地面に張られた縄に足を掛けないように注意しながら門をくぐり、ロンメルの家に向かう。村は今までにないほどの異様な活気に満ちていた。
道行く人々は様々な荷物を背負い、教会に続く坂道を登っている。
「随分と準備が進んだみたいね」
教会を見上げた鏡花が、前を向いたまま呟いた。
教会の外観はそれほど様変わりしたわけではないが、バルコニー付近には大きな石が数カ所に山積みにされているようだ。
教会の入口の門は改修でも行っているのか、大きな木を打ち付ける村人の姿があった。
「準備は順調、か……」
かごを背負った若い女性が横を小走りにすり抜けて行く。
かごには薪を切り出したのか、鋭くとがった短い矢が大量に束ねられていた。いざとなれば、村人総出で戦うつもりなのであろうか。
戒斗の胸に一抹の不安がよぎる。
しかし、あのロディがそんな事をさせるとも考えにくかった。
「ただいま戻りました」
アルコの家のドアをあけ、声を掛けて中に入る。玄関の奥にある居間では、テーブルに所狭しと物が広がっている。近づいて見るとそれは地図であった。
様々な書き込みもされているが、戒斗たちには読めない文字であった。
「お兄ちゃんお姉ちゃん、お帰りなさい!」
走って来たルシーの髪を撫で、奥へと視線をうつす。
ロディがテーブルの傍に立ち、手を挙げている。アルコは飲み物を運んで来てくれた。椅子に腰かけたロンメルは少し疲れている様子である。目の下のクマがはっきりと見て取れた。
夜通し動いていたのかもしれない。
「戒斗、鏡花。無事戻って来れてよかった。少しは休んできたか?」
「はい、問題ないです」
「そうか。では早速で悪いが、少し君らがいなかった間に行ったことの説明をしたい。荷物を置いたらここに来てくれ」
こちらも少し疲れた顔をしているロディが言った。二人は頷き、寝室として与えられていた部屋に荷物を置く。
戒斗は学生服に、鏡花は弓胴着に順番に着替えると、すぐさまテーブルに戻った。アルコの淹れてくれた甘い飲み物を口に含む。
歩き通しだった身体に、その温かさと糖分がゆっくりとしみ渡っていく。
戒斗と鏡花が席につくと、ロディが二人のいなかった約一日について説明を開始した。
教会の要塞化の事。
ゴブリンの巣を確認した事。
アズールが決戦時潜伏する場所の事。
出来る限り早い段階で作戦を決行する事……。
それに村人たちも危険のない範囲で、急ごしらえの弓矢や石で援護をしたいと申し出があった事などを、地図を指し示しながら端的に伝えてくれた。
「村人を余り危険に晒したくはない。バルコニー付近に数名の有志は配置するが、これもバルコニーでもしも直接の戦闘が行われる際には退避してもらう。各所に配置された扉には、今現在も工事がされている。城門とはいかないが、かなりの強度をもつ作りに出来そうだ。最悪の場合は各所を封鎖する事も出来る」
教会上の地図に数カ所の横線が見られる。これはドアの位置を示すものだとアルコが補足をした。正面、裏手、それに教会内部からバルコニーに繋がる出入り口各所にドアが配されている。
「最悪の場合?」
「我々が敗北してしまった時、もしくは我らを越えゴブリンが教会内部に何らかの方法で侵入した時だ。そういった時は村の者には裏門を封鎖してもらい、講堂に立てこもって貰う。ステンドグラスを一部破壊し、騎士団に狼煙をあげるのだ」
ロディの指さした場所には二か所の丸印があった。
「印が二つあるのは、どういう事なんですか?」
「ああ、片方はバルコニー付近に設置してある、白煙をあげる狼煙だ。これはゴブリンを追い払った時にあげ、森を包囲するようにという合図になっている。ステンドグラス付近に設置した狼煙は黒い煙をあげ村の危機を告げるもので、森を包囲して展開している騎士団に村まで援軍に来てもらう事になる。つまり、殲滅作戦は失敗という事だな。我々が全滅した場合、またはこれ以上の作戦続行が不可能と私が判断したときにだけ使う狼煙だ」
「出来る事ならば、使いたくないものですね。包囲作戦を成功させなければ、この村はこれからも被害にあってしまうのでしょう?」
地図をのぞき込みながら、戒斗が声を漏らす。
「その通りだ。我々は死力を尽くし勝利し、バルコニーから白煙をあげる。いいな?」
ロディの言葉に、戒斗と鏡花が同時に大きく頷いた。
「ロディさん、見て欲しいものがあるのですが、皆は今どこに?」
「レイムーンとアズールは先ほどまでゴブリンの巣と、君たちが使っていた泉の調査を行っていたのでね。少し休むように言ってある」
「泉の調査を?」
鏡花が聞くと、ロディは少し前にレイムーンに受けた報告をそのまま二人に伝えた。
「まあ、魔方陣についてはなんとも言えないがな。この村と君たちの住む世界の街並みが重なっている事も、何か関係しているのであろう。レイムーンの見立てでは、この陣と世界間の物の行き来は関わっているとの事だ。これは、戦いを終えた後に魔導に詳しい人間に調査を頼むしかなさそうだ」
「そうですか……」
ロディの話を聞いた戒斗が、椅子に深く腰かけた。
母を無事に連れてくるには色々と障害がありそうだ。
工事の事が頭をよぎる。もしも地形の繋がりが関係していたとしたら、一体いつまで今のように自由な行き来が出来るのであろうか。ロディは一つ咳払いをして、鏡花に向き直った。
「話が少し逸れてしまったね。レイムーンとアズールは必要ならばまたここに戻ってきてもらう。見せたい物とは?」
「これです」
そういって鏡花は、ロディの前に大きな袋をいくつも置いた。テーブルの上に色とりどりの花火が姿を現す。
その一つを手にとって、ロディは不思議そうに見つめた。
「これは?」
「花火、と呼ばれる私たちの世界の道具です。普段はお祭りとか遊びに使う道具ですが、強い光と大きな音を出すんです。ゴブリン相手には有効なんじゃないかと、戒斗が見つけてくれました」
「いや、買ったのは鏡花です。俺は、ただ店の前に置いてあるのに気付いただけで」
「とにかく、君たちはこれがゴブリンに対して使えると思ったんだな?」
ロディの問いかけに、鏡花が力強く首を縦に動かし、戒斗が答えた。
「きっと、役に立ちます」
「よし、皆を集めよう。強い音と光と言ったな。教会前の橋に行こう」
ロディの決断は速かった。
装備を整えて支度をはじめたロディに習い、戒斗も学生服のベルトに刀を押し込んで、花火の袋とライターを入れたカバンを担いだ。弓を持ち矢筒を腰につけた鏡花も続く。アルコやロンメルも立ち上がっていた。
戒斗の指示で、いくつかの水の入った壺やおけも運ばれる。
「行きましょう」
ドアを開けると、オレンジに染まりかけた光が斜めに射し込んで来た。
皆で集まって花火をするには、まだ少し速い時間だ。
傾いた陽射しに目を細めながら、戒斗はそんな事を考えた。