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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第四十三話 音と光

 鏡花の支度も終わり、いざ出発という段になった時、戒斗は自分が制服姿のままである事に気がついた。

 鏡花は私服に着替えたものの、布で巻かれた長弓を抱え、制服の戒斗は竹刀袋を背負い鏡花の荷物をいくつか持っているという体である。その上、竹刀袋の中には真剣も入っている。


「ちょっと目立つな……。このまま朝っぱらから制服姿でウロウロするのはまずいかな?」


 荷物を背負って二人で並んで立った姿を見て戒斗が言った。

 戒斗をじっと見て手のひらを口に当ながら、鏡花は少し考える表情をした。一度持った荷物を地面に置き「ちょっと待っていて」という一言を残して家の奥の方に消えた。


「お待たせ」


 すぐに戻ってきた鏡花の手には、畳まれた洋服がのせられていた。

 差し出されたそれを広げてみると、暗めのグレーのチノパンとTシャツ、それにカーキのシャツがあった。シャツの襟元にはサイズを示す「L」という表記がある。


「お父さんの服。戒斗の方が少し細いけど背格好が近いから、着れると思うわ」

「これ、借りていいの?」

「ええ。出来るだけ歳を選ばないような服を持ってきたつもりだけど……」


 戒斗は短く礼を言うと、部屋を出てドアを閉めて着替えを始めた。

 さすがに、鏡花の目の前で着替える事は憚られた。

 バードマンというロゴの刻印された、ストレッチの効いた動きやすいズボンを履き、シャツに袖を通す。


「へえ、似合うじゃない」


 部屋に戻ると、待っていた鏡花が表情一つ変えずに呟いた。

 鏡の前に立つ。サイズ感も悪くない。

 二、三度腕を上下に回し、腰を落とし屈伸をする。動きの邪魔になるようなものも特に感じられない。この格好でも問題なく戦えそうである。

 戦いやすい服装を、さりげなく選んでくれたのかもしれない。


「遠慮なく借りるよ。ありがとう」

「ええ。それじゃ、行きましょう」


 二人はもう一度荷物を担ぎ上げ、短い時間世話になった部屋と物置に別れを告げてバス停に向かう。

 家を出る鏡花の足取りは速く、戒斗にはそこに迷いを感じられる事は無かった。家への愛着という物は、余り無いのだろう。


 その事に、少しだけ寂しい気持ちになる。

 鏡花は鏡花の価値観で生きているのだ。

 それはわかっていても、未練無く出れてしまう家庭という物に、戒斗は切なさに似た感覚を感じた。


 バスを使って最寄りの駅まで移動する。駅前のコインロッカーで一番大きなロッカーを使い、担いできた大荷物の大半を押し込んだ。


「戒斗、それも」

「え?」


 ほとんどの手荷物を詰め込み終わった後、鏡花が竹刀袋を指差し言った。


「あまり、持ち歩かない方がいいわ」

「……うん」


 刀の入った竹刀袋を肩から降ろす。

 ロッカーは縦にも大きなスペースがあり、斜めにすれば竹刀袋をそのまま容れられそうである。ロッカーの前で竹刀袋を持ったまま、戒斗は武器を手放す事に漠然とした不安を感じた。


「ここに日本だぞ、何を不安になっているんだ俺は」


 自嘲気味に呟くが、不安は消えてくれない。

 自分でも気付かないうちに、すっかりと異世界の戦いが身に染みてしまったようだ。


(ここはなんの危険も無い、自分が生まれ育った街だ)


 自分の頭に、心にもう一度そう言い聞かせて、竹刀袋をロッカーに入れて閉めた。ガチャリとコインの落ちる音とともに、カギを回した手に錠の閉まる感覚が伝わる。カギを握り締めて振り返ると、鏡花が心配そうな目で戒斗を見ていた。


「お待たせ、行こう」


 こわばった表情をなんとか押し込めて笑顔を作り、鏡花を促す。頷き返した鏡花が、早足に大通りを進んでゆく。

 普段は通らない、見慣れない街並みを鏡花に続いて歩く。

 互いに、ほとんど言葉を交わす事は無かった。

 平和な街の景色に、戒斗の感じた武器を手放す不安は解消されつつあるが、二人で街を歩くときの適当な話題が見当たらないのだ。


 長い時間を過ごしたようでも、考えて見れば出会ってほんの数日である。

 向こうの世界では尽きなかった会話も、こちらの世界ではなかなか気の利いた言葉が出てこない。


 家の事は、きっと鏡花は話題にされたくないだろう。

 自分も、母に対してどう接するべきかは迷っているものの、それを鏡花に相談するのはなんだか申し訳がないような気がする。

 かといって、学校で共通の知り合いがいるわけでもないのだ。


「学校でつまんない授業受けているよりは、ずっと楽しいかな」

「そうかもね」


 なんとか見つけたとっかかりも、鏡花の一言で終わってしまう。

 鏡花の気持ちはもう、向こうの世界での決戦に向いているのだろうか。

 それは戒斗も同じであったが、今すぐに行けるわけではない向こうの世界の話しは、いかにも歯がゆかった。


(何か、共通の思い出でもあればな)


 共通の体験で思い浮かぶのは、ゴブリンとの死闘と異世界への旅だけである。どちらも特別で、大きな体験ではあるが、決戦を前にした今、少なくともこの平和な街で振り返るのは違う気がする。


 メイルローズの村で、ゴブリンたちと決着をつける前にでも思い出すのが、何となくドラマチックではある。

 最も、きっと決戦が目の前に迫れば、そんな余裕も無いだろうが。


「もうちょっと、遊んでおけば良かったなぁ」


 誰に言うでもなく、戒斗は自分の異性へのスキルの無さを独りごちた。

 男友達連中とのバカ遊びも、毎日の部活動も、今は全てが遠く感じられた。


(独りきりだったら、寂しかったろうな)


 日常から遠ざかり、見知らぬ世界で命懸けの戦いを繰り返す。

 そんな状況でも沈み込まないでいられるのは、鏡花のおかげかも知れない。父には、戒斗にとっての鏡花のような存在はいなかった。

 孤独であっただろう、と思うと不意に胸のあたりが苦しくなった。


「ついたわ、ここよ。ちょっと待っていて」


 下を向いて黙々と歩いていた戒斗は、鏡花の声に顔をあげる。すでに鏡花は引き戸を開け、青い文字で『高橋武具店』と書かれた暖簾を潜って行くところであった。一緒に入るつもりであった戒斗は、肩透かしを食らったような気持ちになった。


 だが、いつも一人で通っていたであろう鏡花が自分を連れていくのも不自然なのかもしれない。

 学校を休み矢を買いに行くという不自然な状況だからこそ、それ以上にいつもと変わった事は避けた方がいいだろうと、自分を納得させる。


 ぼんやりと、普段は使わない通りの景色を眺める。

 年季の入っている看板を掲げた八百屋では、元気のいい男性が店頭で大きな声を張り上げている。近くには精肉店や魚屋も並び、朝から活気に溢れていた。その横にはコンビニもあり、買い物袋から野菜を覗かせた女性が自動ドアの奥に消えていく。


 昔ながらの商店街の中にコンビニが建ち、程よく便利に共存が出来ている。

 元気の良い声から、戒斗はそんな印象を受けた。

 メイルローズの村も、かつてはこんな風に賑わっていたのであろうか。


 再び自動ドアが開き、買い物客がコンビニの袋をぶら下げて早足に去っていく。開いたままのドアから、コンビニのカウンターと棚の先頭に陳列された商品が目に飛び込んできた。

 そこには、これから始まる夏休みやお祭りに合わせて、多くの花火が並んでいるのが見えた。


「花火か、もうそんな季節なんだな」


 毎年夏にはよく花火大会を見に行ったものである。

 友人たちと集まって、泉ノ公園で手持ち花火で遊んだりすることも多かった。今年は、花火を出来る事があるのだろうか。


「お待たせ。ちょっと持つの手伝って。……戒斗、どうかしたの?」


 武具店から鏡花が出てくる。その手には、矢をつめた矢筒を四つほど抱えていた。弓を小脇に挟み、なんとも窮屈そうである。

 コンビニのほうをじっと見ていた戒斗に、何事かと問いかけてくる。


「いや、花火の季節だなーってね」


 鏡花が抱えていた矢筒を三つほど受け取りながら、戒斗が答える。


「花火? そっか、もうそんな季節ね」


 眩しい日差しに目を細めながら、鏡花が空を仰いだ。


「鏡花は花火、好き?」

「ええ。あんまり友達は作らなかったから、手持ち花火の経験は無いけどね。花火大会は毎年家から見ていたわ。部屋の窓から少し見えるのよ」

「そうなんだ。いいなぁ、俺は毎年人混みをかき分けて見ていたよ」

「戒斗は花火、好きそうね」


 戒斗に矢筒を預けて空いた右手で弓を持ち直し、笑顔を覗かせた鏡花が歩き出す。戒斗はその後ろ姿を見ながら、ぼんやりと昨夜の事を思い出す。

 スマートフォンのライトに照らし出された鏡花は、いつもより表情豊かで魅力的であった。


 いつか、鏡花と花火をする機会はあるだろうか。

 その時は、泉ノ公園を使うのは避けた方がいいだろう。花火の最中に向こうに移動してしまっては、たまったものではない。

 そんな事を考えて、余りにも具体的に鏡花と花火をする事を想像している自分に苦笑した。


 今は、ゴブリンたちとの決戦が何より大事である。

 それが無事に終われば、花火をする機会があるかもしれない。火ならば、向こうの世界にもある。ロディやレイムーンたちを誘ってもいい。

 きっと皆、彩り豊かな花火の光とその音に驚くことであろう。


 異世界の花火。


 そう、向こうの世界でだって、花火は出来る。

 火をつければ出来る、音と光を発する道具――


『ゴブリンどもは音と光に敏感に反応する。それを利用しようと思う』


 ゴブリン迎撃作戦を説明していたロディの言葉が、戒斗の脳裏に蘇る。

 音と光を発する道具。

 求めていたものが、こんな所にあるとは。


「鏡花!」


 前を歩いていた鏡花を、大きな声で呼び止める。


「鏡花、花火だ! 花火が使える!」

「戒斗、何を言っているの? 今は花火をする時じゃ」

「そうじゃない!」


 鏡花の言葉を遮り、荷物を抱えた両腕を動かし身振り手振りを交えて話す。


「音と光だ! 向こうの世界でも扱えて、音と光を発する道具!」

「音と光?」

「ロディさんが言っていたじゃないか。ゴブリンは音と光に敏感に反応するって! 花火だよ、花火を向こうに持っていけば、きっとあいつらに有効だ!」

「花火をゴブリンに……あっ!」


 戒斗の意図に気付いた鏡花が、大きく目を見開いた。


「使える、確かに使えると思う」

「だろ! ロケット花火とか、ドラゴン花火とか、絶対あいつらは苦手なはずだ。うまくすればゴブリンたちの迎撃作戦に役に立つかもしれない」


 二人は頷き合うと、今来た道を早足に戻りコンビニに駆け込んだ。

 貯金をおろした鏡花のお金で、ありったけの花火といくつかのライターをレジに出した。詰め合わせセットの中には明らかに迎撃作戦では使えないであろう花火もあったが、それには構わなかった。


 目を丸くしていた店員をよそに、コンビニを出る。

 ロッカーで荷物を回収すると、二人で両腕や肩なども使いなんとか持ちきれるか、というくらいの大荷物を担ぐ。

 ここから泉ノ公園までは歩いて十五分ほどであるが、今日の荷物ではその倍はかかるかもしれない。


 照りつける強い陽射しのもと、大荷物を抱えた二人が公園を目指す。

 その姿はまるで遊びに行く大学生の買い出しのようで、誰が見ても二人はこれから化け物と村の存亡をかけて戦う戦士たちには見えないだろう。


 そんな状況が妙におかしく、戒斗は汗が流れる顔に微笑みを浮かべる。

 前を歩く鏡花は、どう思っているのだろう。

 シャツの袖で汗を拭い、顔を上げた。視界に街の景色が飛び込んでくる。工事中を示すオレンジ色の看板やフェンスが数カ所に見て取れた。街の再開発計画は、滞りなく進んでいるようだ。


「街が、変わっていくな」


 馴染んだ街が変わってしまうという寂しい感覚と、地元が活性化してゆくのが楽しみな気持ちが戒斗の中にせめぎ合っている。

 街の地図を作ろうと、父とカメラをもって走り回った事も、今となっては貴重な思い出となった。その街が、変わろうとしている。

 近い将来、この街はメイルローズの村と同じ形では無くなるのだ。


 そう思った瞬間、戒斗の頭の中に一つの不安が生まれた。水の沸き所は解らない泉で繋がった、二つの街と村。その世界で共通するものは、あの泉とこの街並みだけだ。もしも、この街並みが変わってしまったら、二つを繋いでいる共通事項は確実に減る事になる。

 その時、今まであった繋がりはどうなっているのか。


 だが、戒斗は降って沸いた疑問を一度胸の奥に押し込んだ。

 開発が終わるのにはまだ時間がかかるのも事実なのだ。戦いが終わった後に、もう一度考えればいい。その時は鏡花にも話し、相談も出来る。

 あれこれと考えるのは、もう少し後の事だ。今はただ、戦って勝てばいい。


 目の前に近づいて来る公園の入り口に向けて、戒斗は力強く歩を進めていった。


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