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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第三十九話 遠い昨日の帰り道

 ほぼ毎日のように書かれているサムライの手記を、戒斗は時間をかけて読み解いていった。

 時に感傷的になりそうになる自分を叱咤し、出来るだけ冷静な目で俯瞰する。その中から世界の行き来やゴブリンとの戦いに有利な情報を探しているが、なかなか新しい発見はなかった。


 ゴブリンと村は、長い間被害にあったり追い散らす関係にあったのであろう。十年の間に新しい発見という物も、する余地が余りないのかも知れない。

 だが、刀に関する情報は、かなり多く見受けられる。父もまたこの世界で初めて、真剣で戦うという事を経験しているのだ。

 その記述は驚きと共に多岐にわたった。


 刀の手入れであったり、試し切りをするための木と藁で作る人形の作り方にはじまり、刀の太刀裁きなどの実践的なものまで多く書かれている。

 戒斗はそれを、時に右手を動かし感触を思い出すようにして読み進めた。


 手入れは、アルコが塗っていたあの油がとても刀の刃に相性が良いらしい。そのおかげで、刀一本で戦い続けられるという一文があった。

 砥石は、父がこの世界に持ちこんだ大きな物が台所にあるという。

 墓地でじっと見ていた刀身は、美しいといえるほどにしっかりと手入れをされていた。戦う以上、武器は命綱でもある。


 世界の行き来は父としても不確定な要素が多かったようで、特に元いた世界からこちらに移動するのは自由が効かないらしい。その原因については父も予測を立てられずにいたようだ。

 決まった刻限までに戻れなければ、こちらから石を投げて貰うという方法を取る事にしていたという。


 逆に言えば、その方法であれば移動は可能とも言える。

 戻ったはいいが、こっちの世界にもう一度行けない、という心配はなさそうだ。


 戒斗は読みにくさを感じて、手記をめくる手を止めた。

 いつの間にか、陽の光は細くなっている。

 そろそろ支度をしたほうがいいかもしれない。鏡花は手記に目を凝らして、熱心に手記を読んでいる。何度も目をこする仕草をしていた。


「葉山さん、そろそろ準備をしよう」

「わかったわ、戒斗」


 顔をあげた鏡花が、戒斗という言葉に力を込めて返事をする。

 戒斗が慌てて言いなおす。


「あ、ああっと、鏡花」

「いいわよ今更。そのうち慣れてね」


 小さく笑った鏡花が、腰をあげ窓に目を向けた。


「陽が傾いたと思ったら、あっという間に暗くなっちゃうわね。何か、発見はあった?」

「あんまり無いかな。でも刀については随分書かれていたから、助かったよ。そっちは?」

「こっちもあんまり具体的な事はないかな。サムライさんだって、私たちと同じように突然ここに来たんだもの。無理はないわね」


 一言二言交わしている間に、二人は出立の準備を終えていた。

 元々戦うためのものしかこちらには持ち込んでいないし、武器は肌身離さず持っていたのだ。せいぜい、鏡花の弓に使う用具をいくつか揃えるだけである。

 その上、こちらに戻ってくるのだ。ここに置いていけるものもある。


 戒斗はアルコが洗い、乾かしてくれた、元々着て来た衣服に着替える。

 準備が整い部屋を出ると、居間のテーブルにいくつかの石が並べられていた。戒斗がアルコに頼み探してもらった、この世界の石である。

 異世界の石は、今のうちに持っていかないといけない。

 帰る時にはおそらくこれが必要になるのだ。


「この世界特有の石というものがわからなかったので、庭先にあったものをいくつか集めてみました」

「アルコさん、わざわざありがとうございます」

「こちらは、区別がつくようにお包みしておきました。こちらもお持ち下さい」


 そういってアルコが、コンクリート片をいくつか詰め合わせたものを布で結んで差し出した。戒斗は頷いてそれを受け取り、竹刀袋の中にしまう。ポケットにもいくつかの出ていた石を入れておいた。

 アルコに集めて貰った残りの石は、鏡花が自分の荷物の中にしまい込んだ。

 ルシーが、不安そうな目で二人を見つめていた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん。早く帰って来てね」

「わかっているわ、ルシー。お姉ちゃんの武器を補充したら、すぐに戻ってくるからね」


 かがんだ鏡花に、ルシーが飛びつく。鏡花がルシーをなだめている所で玄関が空き、ロディとレイムーン、それにアズールが入って来た。


「そろそろ出発の時間かと思って来た。ちょうど良いタイミングだったかな」

「はい。今から行こうと思っていた所です」

「よし。では我々も泉まで同行しよう」


 頷いたロディに、鏡花が心配そうな顔をして聞いた。


「村の警備は大丈夫でしょうか?」

「さっきまでレイムーンとアズールがこの周りを見て回っている。問題無いだろう。いざという時は村の皆には教会に避難していてもらうさ」

「そこまでして……」

「鏡花も戒斗も大切な仲間だ。きちんと見送り、きちんと出迎えたい」

「そういう事。いざとなったらあたしはひとっ走りすれば戻ってこれる。心配いらないよ」

「こいつの森でのスピードはかなりのもんだぜ。大丈夫だ」


 森の探索の間にすっかり打ち解けたのか、レイムーンの意見にアズールも頷いて賛同している。それだけレイムーンの動きも良かったのだろう。

 二人がそう言うのであれば、心配はしないでよさそうである。


「よし、遅くなる前に行こう」


 ロディの一言で、戒斗と鏡花、それにロディとレイムーン、アズールの五人は連れたって村を出る。


 泉までの道を警戒して進む。

 戒斗は警戒する気持ちの中にも、心強さを覚えていた。全く知らない世界に飛び込んだばかりであった昨日の夜が、遠い日の事のように感じられた。


 昨夜は、二人で息を殺して気を張り詰め、一歩一歩を重く踏み出していた。

 それが今は三人の仲間を迎えての道のりとなっている。鏡花の表情も、あの夜よりもずっと明るい。


 一行はゴブリンと遭遇する事もなく、村を出て二十分もかかることなく泉に着いた。まだかすかに残る陽の光の中、戒斗はぐるりと泉を見渡した。


「今までの二回は、森が真っ暗で月明かりの中歩いていたけれど……。明るいこんな景色だったんだな」


 ぐるりと泉を囲む木々は大きく逞しく、森は緑に溢れているように見えた。

 しかし、相変わらず虫や鳥の鳴き声はほとんどしない、不気味な静寂に包まれた風景であった。


「ほとんどの生き物がゴブリンたちに喰われて姿を消している。死に掛けの森ね。ゴブリンたちを追い払って、復活出来るかどうか」

「こんなに沢山の木々に囲まれた森が、死に掛けているだなんて」


 鏡花が寂しそうに言う。

 レイムーンは泉の水面をじっと見つめていた。

 ロディは周囲をしきりに調べている。

 アズールは、遠くを見るような目をしていた。

 サムライの事を考えているのかもしれない。アズールの目の色はどこかは物悲しく、戒斗はその目を見てそんな事を思った。


 風に揺れる木々のざわめきが一際強くなる。

 一頻り吹いた風が止んだ時、辺りを薄暗い闇が包み込んでいた。


「もう、大丈夫かしら」


 空を見上げた鏡花が、戒斗に向かって言った。


「やってみよう」


 そう言って戒斗が泉のほとりに立つ。鏡花もその横に並んだ。


「じゃあ、行ってきます。多分、これで移動出来ると思うのだけど。明日は、戻ってこなかった時にはよろしくお願いします」

「村の事、まかせっきりになってしまいます、ごめんなさい」


 戒斗と鏡花が、残った三人に向き直り頭を下げた。

 アズールが手を振る。


「嬢ちゃん、待ってるぜ。気をつけてな。ガキ、嬢ちゃんを頼んだぞ!」

「村は我らが守る。安心して行ってきてくれ」

「お土産よろしくね、鏡花」


 ロディが頷き、レイムーンがおどけて手を振った。

 戒斗はもう一度頭を下げると、泉に向き直りコンクリート片を水面にほうった。水面が音を立て、波紋を広げながらコンクリート片を沈めていく。

 じっと水面を見つめていると、何度か経験しためまいに襲われた。


「いって……きます」


 襲い来るめまいに膝を折った戒斗がなんとか出した声は、三人には届いたであろうか。めまいが弱まり、再び目を開けた戒斗の視界には、蹲る鏡花がいた。


「鏡花!」

「戒斗……。移動、出来たの?」

「多分」


 頭を抑えて立ちあがった二人の耳に、遠くを走る車のエンジン音が届いた。少し離れた場所で、電信柱につけられた街灯が淡い光を放っていた。

 元居た世界に戻ってきたのだ。


「やっぱり、石で世界の行き来が出来るのか」


 周囲を見まわして、戒斗が呟く。

 泉のほとり。

 街灯に照らし出された公園の景色。遠くの信号の見慣れた三色の光。オレンジ色の金属に囲まれた、工事中の標識。ここは、間違いなく戒斗が生まれ育った街である。


 懐かしい街並みに、二人しばしの間言葉を交わす事も無く辺りを見て立ち尽くしていた。


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