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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第三十八話 見慣れた地図と見知らぬ世界

 居間ではロディがテーブルに大きな地図を広げていた。

 元々書きこんであったものに加え、ロディが細かな事をいくつも地図に書きこんでいる。その隣にはレイムーンが、向かいにはアズールがいた。

 少し離れたところに、アルコとルシー、ロンメルが立っている。


 入って来た二人をテーブルに招き、ロディが口を開いた。


「戒斗、来たな。よし、これよりメイルローズの村でのゴブリン迎撃作戦を説明する。それぞれにやってもらう事も出てくると思うので、よく聞いてくれ」


 場が水を打ったように静まり返った。

 ロディが鞘に収まった短刀を、鞘ごと持って地図を指し示す。


「メイルローズ村の入り口はこの門のみだ。他は柵で覆われ、侵入者を拒むように杭を巡らされている。柵はそれほど盤石ではないが、門がある以上、敵に敢えてそこから侵入しようという意思はそぐことが出来るであろう」


 門の前で短刀を横に引く。


「弓手、鏡花とレイムーンはバルコニーにて援護。この門はレイムーンのチェックによると弓での射線を確保することは出来るらしい。敵が現れればそれぞれすぐに攻撃に入ってくれ。私の合図を待つ必要は無い」


 レイムーンと鏡花が同時に頷いた。ロディの持つ短刀が地図上の道を通り、橋に到達する。短刀の先で、橋の中央を数度叩く。


「教会に村人を避難させ、要塞化する。そして教会正面の橋には私が立ち、敵を止める」

「ああ? おい、俺は仲間外れかよ!?」


 怪訝そうな声をあげるアズールに視線をうつし、ロディが答えた。


「いや、そうではない。重装備である私がここで敵を遮るのが適任であるというだけだ。アズールと戒斗には遊撃隊となってもらい、ゴブリンを各個撃破してもらう」

「なるほど。あんたが護り、俺と小僧が攻撃か」

「そうだ。弓隊はそれぞれに状況に応じて動いてもらうが、基本的にはバルコニーの上で我々の援護を頼む。戦いの最中は私も指揮する暇はないだろう。また戦況もバルコニーが最も良く見通せると思う。各人の判断で適切に動いて欲しい」

「遊撃隊の位置は?」


 戒斗の問いに、ロディが短刀で位置を指し示す。


「最初は私と同じく教会の前だ。出来れば何か機先を制する事をしたいと思っている。全員で先制攻撃をしたのち散開、各個撃破という流れが理想的だ」

「先制攻撃というと?」


 鏡花の質問に、ロディの横に立っていたレイムーンが答えた。


「あたしたちが弓でどんなに攻撃しても、ゴブリンどもは一気に橋まで殺到してくるわ。人も作物もすべて教会に集めるつもりだし、そうしてくれた方が相手もしやすいしね。ただ、その集団が勢いそのまま突っ込まれると前衛が一飲みにされる可能性があるの。だから、機先を制するのよ」

「けどよ、そんな方法があるのかねぇ」

「音だ。この村の門にも音が鳴る装置が仕掛けられているだろう。ゴブリンどもは音と光に敏感に反応する。それを利用しようと思う」


 そういったロディが一つため息をつき、教会のバルコニーを短刀でこんこんと叩いた。


「といってもなかなか名案は浮かばなくてな。ゴブリンどもの突撃に合わせて教会の鐘でも鳴らしてもらおうかと考えている所だ」

「音と光……」


 戒斗は考え込んだ。

 音、それに光。

 何か良い物はないだろうか。

 いくつものアイテムが、思いついては消えていく。この世界には電気も無ければ、機械も無い。戒斗が知る、音や光を自由に発する事の出来る物は、機械ばかりであった。


 横では鏡花も難しい顔をしている。鐘にはどれほどの効果があるのだろうか。


「迎撃作戦ってのはまあ、わかったけどよ。そもそもどうやってゴブリンどもをここまで引っ張ってくるんだ?」


 村の地図に目を落としていたアズールが聞いた。ロディが頷く。


「そこだ。ゴブリンの誘導はレイムーンがやる。巣を付きとめ、火矢を放ちゴブリンどもを巣から炙り出す。追いすがるゴブリンを引き連れて、レイムーンには村まで逃げて貰う」

「ほお、なかなかあぶねぇ作戦じゃねーか」

「誘導は任せて貰うしかないわ。狩人が獲物を呼ぶ時に使う、においの強い粉を使う」「だが問題は、空いた巣だ。出来れば、ゴブリンどもが出払っている間に、その巣を完全に焼き払ってしまいたい。それには火矢では少々弱い。かといって油などを投げ入れればすぐに奴らが飛び出してしまう」

「何か、手は無いのですか?」


 アルコの言葉にロディは難しい顔をした。


「火油を近くに運び込み、ゴブリンどもが出払っている間にそれを使い巣を焼き尽くす。それが理想だ。そうすることで村で追い返したゴブリンどもが、まとまる事なく散っていく。そこを森を包囲した騎士団と我々で更に追い討っていく。そういう風にしたいのだ」


 短刀が大きく森をなぞる。

 周囲にある三角の印は騎士団の配置らしく、隊の名前がいくつか書き記されていた。


「帰る場所があれば、そこで奴らは群を形成してしまう。しかし、その場所が無ければ一匹一匹が纏まる事はないだろう」


 言われてみると、今まで襲ってきたゴブリンたちも一匹であったり三匹であったりと、大きな集団性は無かった。

 三匹のゴブリンも、連携して動くことは無く勝手に暴れまわっていた感じである。


「確かに、奴らは森の奥で戦った時以外は大群ってのはなかったか」


 アズールが頷き、身を乗り出した。


「よし、俺が行く」

「どういう事だ?」

「ゴブリンの巣を焼く仕事だよ。そいつぁ俺が引き受けよう」

「お前が?」

「今まで、俺やサムライがこの村を護って来た。今更この村の連中を危険な目に合わせたくはねぇ。誰かがやらなきゃいけないっていうんなら、俺がやる」

「アズール……」


 アルコが心配そうにアズールを呼んだ。

 ルシーもじっとアズールに視線を送る。ロディはアズールの言葉を受け、かすかに頷いている。


「そうだな、お願いしよう。アズールは巣に火油を放ち、そのまま着火作業を頼む。巣を焼き払ったのち村へ。遊撃についてくれ。細かい方法はレイムーンと打ち合わせをして、二人で決めてくれていい」

「根性あるじゃん、おっさん。見直したよ、よろしくね」

「はん。そういうお前こそ、うまくやれよ」


 レイムーンが差し出した手を握り返し、アズールが乱暴に言う。

 心配ではあるが、これは二人に任せるしかなさそうであった。森の奥では、戒斗や鏡花だけでは道に迷う可能性も高いのだ。

 土地勘があり、森でも戦いやすい短い棍棒を使うアズールは、確かに適任なのかもしれない。


「教会の要塞化とおっしゃいましたが?」


 それまで黙って話を聴いていたロンメルが口を挟んだ。


「我らに出来ることは、あるのでしょうか?」

「ある。いや、様々な事をして貰わねばならぬ。まずは机などを撤去し、教会内の裏口も塞ぐ。大きな石を運び上げ、バルコニーや窓付近に配置して防衛の武器とする。木を切り出し簡易な弓を作り、これも防衛に使う。ロンメル殿には村人の指揮もお願いしたい」

「かしこまりました。詳しい計画は後程打ち合わせて頂けましたらと思います。村の存亡のかかった戦いです。村の人間にも、死力を尽くさせましょう」

「頼りにしている。大まかな流れは以上だ。ゴブリンたちの巣を調べたり、教会を要塞化したりとやることは多くあるが、準備をして近いうちに作戦は実行に移す。各自出来る用意ををしておいて欲しい。……他には何かある者はいるか?」


 周囲を見渡してロディが聞いた。


「ロディさん」


 鏡花が声をあげる。

 皆の視線が、鏡花に集まる。

 ロディが発言を促すように、頷いてみせた。


「私は、自分の武器を補充するために一度元の世界に戻らないといけないの。その時に、色々と使える物がないかも見ておきたいのだけれど、何か用意して欲しいものはある?」

「元の世界か。何があるか、私も知らないからな。いつ戻るつもりだい?」

「今日の夜にでも。今まで夜にしか世界を行き来した経験が無くて……」

「そうか。もし夜までに何かあれば、君に言うとしよう。戒斗」


 急に名前を呼ばれ、戒斗は地図に落としていた視線をあげた。


「戒斗はどうするんだ? 鏡花と一緒に戻るか?」

「俺は……」

「泉を使うんでしょう? 向こうの世界は平和って聞いたけどさ。村までの道のりは安全なわけじゃないんじゃないの? 一緒に行ってきなよ」


 口ごもる戒斗に、レイムーンが言う。

 確かに世界への行き来は不確定なうえ、森の中に入っていく必要がある。行きは頼めばロディたちも見送りに来てくれるかも知れないが、帰りは自分たちだけで村まで来ないといけない。

 鏡花一人にしておくのは心配であった。


「レイムーンさん、ありがとう。ロディさん、俺も一度戻ります」

「それがいい。悩んでいる事も、また向こうの世界では違う見え方があるかも知れない。結論は急がず、もう少し考えて見るといい」

「はい!」


 微笑みかけるロディの目を、戒斗はしっかりと見つめて頷いた。

 確かに、ここでは見えないものが向こうでは見えるかも知れない。


「もしも、私たちが向こうの世界に戻った翌日、夜になっても帰ってこなかったら、誰かに泉まで来てほしいのだけれど……」


 鏡花が申し訳なさそうに言った。皆が首を傾げる。


「今、雨宮く……、ううん。戒斗とサムライさんの手記を読み返しているの。この世界への行き来に石を使っているのは確実なのだけれど、ちょっときちんとした移動方法までは確認出来ていなくって。大丈夫だとは思うけど、念のために」

「石?」


 首を傾げるロディとレイムーンに、アルコが手短に儀式の話しや石の説明をした。テーブルに出されたコンクリートの欠片を、ロディとレイムーンはしげしげと見つめている。


「なるほどな。異世界の行き来に使用される、向こうの世界の石か。興味深いな」

「時間があれば泉の方もあたしが調べてみるよ。とりあえず、もしも二人が丸一日待って戻ってこなければ、あたしが石を投げに行く」

「お願いね、レイムーン」

「任せておいて、鏡花」


 レイムーンと鏡花が笑顔を交わす。いつの間にか二人は仲良くなっているらしい。

 扱う武器も似た二人である。気が合う所があったのかもしれない。

 アズールは少し心配そうに鏡花を見ているが、言葉は発さなかった。ロディが短刀を置き、場をまとめる。


「では、村の人間は教会の準備を。まずは食料品や医薬品を運び込む。レイムーンは深入りしない範囲で森の方の調査にかかってくれ。アズールはレイムーンと打ち合わせだ。戒斗、鏡花はサムライ殿の手記を調べ、何かわかった事があれば報告してくれ。夜、ここを出る時は私も見送りに出よう」

「よし、おっさん。ここの森には詳しいんだろう。話を聞かせてよ」

「おうよ。嬢ちゃん、ガキ。また後でな」


 レイムーンとアズールが連れたって部屋を出ていった。

 ロディも、ロンメルと何かを話し合っている。

 アルコとルシーは食事の支度をしているのか、居間にはよいにおいが漂い始めた。


 戒斗はもう一度地図に目を落とす。

 そこには、自分の街と同じ作りの地図があった。

 不思議なものだ。幼い頃に作った、これとよく似た地図は、部屋の物置でホコリをかぶっているだろう。

 見慣れた見知らぬ場所で、命懸けの戦いを行う。

 そんな事は、あの頃は考えもしなかった。

 いや、今だって夢を見ているようであった。


「良い夢なのか、悪い夢なのか……」

「戒斗? どうかした?」


 横に居た鏡花が、小首を傾げる。

 出会ったばかりの頃は冷たいばかりだった鏡花の表情も、この世界に来てからは幾分か柔らかくなったのは気のせいであろうか。

 ほんの数日の間に鏡花の存在が、そしてロディやアズール達の存在が、ただの悪夢というには暖かい思いを、戒斗の中に植え付けていた。


「何でもない。夜までに、出来るだけ多く父さんの手記をチェックしておこう。鏡花、手伝ってくれるかい?」

「勿論。行きましょう」


 小走りに奥に進んでいく鏡花の後を追い、戒斗も奥の部屋に入っていった。

 空は、まだほのかにオレンジ色を帯び始めたばかりである。


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