表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
テスト2
37/62

第三十七話 パートナー

 自分は、一体どうしたいのか?

 ロディの言葉を受けた戒斗は、思い悩んでいた。


『誰かを理由にする事は、決して、してはいけない。すべては、君の生きる道なのだ』

『色々な事を考えて、一生懸命に全力で悩みたまえ。そうして君が出した答えが、唯一の、君だけの正解になってくれるだろう』


 誰かを理由にしてはいけない。全力で悩み、そして答えを出す。

 それが、唯一の、自分だけの正解となり得る。

 ならば、戒斗の中の正解とは、答えとは何なのか。


 何度も、自問を繰り返す。

 自分はどうしたいのか。

 一体、何を求めているのか。

 何が心配で、どのようになればその心配は消えるのか。

 そうするには、自分はどうすればいいのか。


 自分の頭の中を掘り返すような思考は、頭痛と共に深い悩みを戒斗に与えた。それでも、戒斗は考える事をやめたりはしなかった。

 スマートフォンを取り出すと、電波の入らないそれを起動させて、メール画面を開く。そうしてそこに自分の考えをいくつも箇条書きにしていった。


 頭の中だけでは溢れてしまいそうな思考の一端を、指を走らせて記す。


【何がしたいのか】


・母を心配させたくない。

・この村も護りたい。

・勿論、戦うのは恐いし死にたくはない。

・父さんが立派であったことを、母に伝えたい。

・手記も見せたい。いや、父さんが守ったこの村を見せたい。

・母、父、村、……葉山さん。全部心配だし全部大事にしたい。


 思いつく限りに書き記した考えは理路整然とはしていない。

 だが、その分自分の願望は正直に書き出せたのではないかと思えた。

 母を大切にしたいし、村も護りたい。

 父の事も話したいし、手記も見せたい。

 戦うのは恐いが、戦いに赴く鏡花は心配である。


 あちらをたてればこちらが立たずという思いは、だからこそ自分で決める必要があるのだろう。


 ヒーローはどんな時も逃げ出さない。

 憧れていた言葉は、こんな時には随分と虚しく響く。

 何かを選ぶという事は、他の何かから逃げることなのではないか?

 戒斗の心の問いに、答えは見つからなかった。

 全てが欲しいという、取り留めのない欲望だけがずっしりと横たわっているだけである。


「自分のわがままってわけでも無いのにな」


 画面を見つめて、戒斗がぽつりと零す。

 苦労をしたくない。頑張りたくない。

 そういう無茶を願っているつもりはない。

 全力で戦う事も、いとわない。いとわないし、懸命にもなろうとしている。それでもこの思い全てをかなえる事は出来ないのだ。


 父の事を思った。

 きっと、彼も今の自分と似た状況なのだろう。

 あの時にはロディたちはいなかったのだし、もっと村の方が切迫していたかもしれない。そんな中で、悩みぬいた末に、父はここで戦う事を選んだのだ。

 その葛藤の深さの一端は、戒斗も手記の中で垣間見ている。


「俺、どうしたらいいんだろう。どうしたらいいのかな、父さん……」


 目の前の十字架に、何度目になるかわからない問いかけの言葉を投げた。

 物言わぬ十字架が、静かに戒斗を見守っていた。

 その横には、鏡花の愛犬の十字架が立っていた。鏡花の決意を示すように、墓には矢が立て掛けられている。これほどに、揺らがない程に思い定めることが出来る鏡花を、戒斗はただただ尊敬した。


 その意思は何よりも強いのだろう。

 幼い頃に降りかかった不幸、そこから逃げることはせず、むしろたった一人、次の時に備えて九年の間自分を鍛え続けたのだ。

 だが、そんな鏡花にもたった一つ、サムライの死という誤算があった。


 精神的な支えとしていた人物の死。

 それでもなお、彼女は戦うのであろう。

 十字架に置かれた矢が、彼女の闘志を物語っていた。


「未来の自分に恥じない選択、か」


 父は、家族に金銭を残し、働き手の役目は全うして去ったようだ。

 手記にも金銭を残したという記述があったし、戒斗も金銭で苦労した記憶はない。

 そうして、自身は戦場に赴いた。

 父は、金銭を残す事で父親としての役目を放棄したのであろうか。それとも、父として子に道を説いたからこそ、厳しい道を自ら歩んだのであろうか。


 父は、自分にも家族にも恥じない選択をしたのか。

 本当に父の十年は、この村で息づいているのであろうか。見知らぬ世界で戦って死ぬ事を、自分はがえんじる事が出来るのであろうか。


 母には黙って戦い、勝利して家に帰る。

 母を心配させず、村も鏡花も護る方法。父の事も話せ、手記も見せることが出来、ここに母を連れてくることだって出来るかもしれない、唯一の方法。


 わかっていた。だが、それは可能なのかと自分に問う。

 その道を目指した、自分よりもずっと強かった父はどうなったのかと思う。その覚悟が、自分にはあるのか。


「闘わなくてはいけない時……」


 幼い頃の、父の教え。

 自分で背負うと決めた責任。

 ルシーを護る、そう決めてここに来たのは自分自身だ。その約束は、まだ道半ばなのかもしれない。何よりも、ここで逃げれば、もう胸を張って前を見て歩くことが出来なくなりそうであった。


 生きながらの死。

 自分が自分で無くなった時、雨宮戒斗という人間は無くなるのではないか。

 愚かな意地かもしれない。

 だからこそ、自分がこだわるしかない。

 自分だけは、騙すことも出来ない。自分からは、逃げることは出来ない。


 刀に手を掛けた。

 ずっしりとした重みのある刃を抜く。

 白刃が、陽を浴びて青白く輝いた。自分の顔をその刀身に映し出す。

 自分に恥じない選択。

 それを選ぶ時は、間近に迫っている。いつ、再び戦いがはじまるかもわからないのだ。


 刀に映る自分が、ぼやけていた。曇っているのは刀身か、自分の目か。それとも、決心か。わからないまま、戒斗は刃に映る自分を見つめ続けた。


「戒斗、くん」


 不意に名前を呼ばれて、戒斗は顔をあげた。

 目の前に、少し頬を赤らめた鏡花が立っていた。どれほどここで座って刀を見つめていたのだろう。すでに、かすかに陽は傾きつつあった。


「葉山さん?」


 帰りが遅いので呼びに来たのであろうか。

 鏡花は目を合わせようとせずに、短く要件を告げた。


「ロディさんがロンメルさんの家まで来ているわ。作戦を説明したいって。だから、戒斗くんも……」

「ロディさんが? わかった。……ん? 戒斗くん?」


 戒斗は不意に感じた違和感に気がついた。

 鏡花に呼ばれる名前が変わっていた事であった。鏡花の顔を見返す。

 鏡花は元々逸らしていた顔を、さらにぷいとそらして歩き出した。


「じゃあ、伝えたからね」

「あ、ちょっと。葉山さん、俺も行くよ!」


 刀を鞘に納めて立ち上がり、戒斗はすでに歩き出した鏡花に続いて坂道を下ってゆく。

 半日前に死闘を繰り広げた道は、今は平穏である。二人で並んで、静かな村を眺めながら歩く。この村の静けさを、守り切ることが出来るだろうか。


「レイムーンが」

「レイムーンさん?」

「一緒に戦うパートナーなのに、呼び名が堅いって。だから」

「ああ、そういう事」


 自分がここでロディと話している間に、鏡花もまたレイムーンと何かを話していたのかもしれない。

 確かに呼び名はお互いに堅いとも言えた。

 しかし、馴れ馴れしい呼び方は、鏡花が嫌いそうな雰囲気もあったのだ。その鏡花が歩み寄るようにしてくれるのであれば、戒斗には願ったりである。


「そっかぁ。じゃあ、よろしく、鏡花!」

「よ、よろしく……戒斗、く」

「んん?」

「……戒斗」


 赤くなりながら目を背けた鏡花の姿が、いつもの冷静な様子と違い愛らしく、戒斗は頬を緩めた。

 鏡花も、普通の女の子なのだ。そんな当たり前の事を思う。

 少しでも自分に心を開こうとしてくれているのであろう。

 それが、戒斗にはとても嬉しかった。


「ありがとう」

「……別に」

「嬉しいんだ。ありがとう」

「……ん」


 鏡花が髪を揺らして、こくんと頷いた。

 そうこうしているうちに、ロンメルの家はもう目の前まで迫っていた。戒斗は軽く自分の頬を叩いた。


「よし、いこっか」

「ええ」


 気合いを入れて声をかけると、いつもの静かな声が返ってくる。

 パートナー。

 心強い称号じゃあないか。

 戒斗はもう一度大きく頷いて、玄関のドアを開ける。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ