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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第三十二話 異世界の日記

「あの人の、日記……」


 立ち上がりかけたアルコは、思い直してまた椅子に戻った。

 読めない言葉で綴られた書物の事は、勿論アルコは知っている。

 ただ、サムライが来てから数年、この世界の文字を覚えた後も、自らの世界の言葉で綴っていたもの達なのだ。


 それに、自分が触れて良いのか、内容を知ってしまっていいのかわからなかった。、怖くもあった。

 もしも、この世界に来たことを嘆き、サムライを呼び出した自分を責めるような事が書いてあれば、自分はきっと耐えられないだろう。


 すべてを捨ててこの村に来たはずのあの人が時折見せた、遠くを見るような目。

 その瞳の中には、決して自分が映る事は無かったのだ。

 最後の時まで、ずっと……。

 頬を伝う一筋の涙。何故自分が泣いているのかもわからないまま、アルコは一人になった空間で、涙を流し続けた。


・・・


 戒斗は部屋に入るとベッドの奥の本棚に直行する。

 背表紙に日付を記した、大量の書物が入った下段を確認し、鏡花に指で示す。鏡花も戒斗の横、ベッドに腰かける形で本棚をのぞき込んだ。

 改めて見ると、およそ十年前の日付から書物は続いている。

 この書物たちを書いた人物がサムライだとすれば、こちらに来た年から、ずっと書き続けていたという事になるのか。


 どこから手を付けたものか、伸ばした手の置き所に迷う。

 そんな戒斗の横で、鏡花は素早く日付の古い一冊を手に取った。


「日付の古い物から調べていきましょう」

「古いほうから? それはどうして?」

「剣道で戦う人が、ゴブリン相手に真剣を使おうと考えるのは至極当たり前の事なんじゃないかと思うの。だから、真剣を手に入れるために、早い段階で一回は世界を行き来しているんじゃないかしら」

「そういう事か、なら俺もこっちの方から」


 戒斗は確認出来る範囲で最も古い冊子を取り、表紙を開く。

 2004/06/25という数字が目に入った。

 手記はこの日から始まっているのか。自分ならば、ここでゴブリンと戦い続ける事を決めたらいの一番に刀は欲しい。そう考えた戒斗は、日記の先頭から丁寧に読み進めていった。


 横から鏡花がページをめくる音が聞こえる。

 静かな部屋に、二人のかすかな息遣いと、紙のめくれる音だけが繰り返し流れる。日記の最初には、この世界の不思議さ、驚き、それにゴブリンの恐ろしさや強さが書かれていた。

 確実に面打ちを決めてもなお立ち上がる頑強さも書き記してある。

 戒斗は内心大きく頷く。


 同じ戦い方をするものとして、この日記には自分も今までの戦いで思ったことが多々記されている。

 次第に、戒斗はこの同じ世界から来た人間の手記にのめり込んでいった。


 数日分の記録を読み進めていた手が、とある日の記録で止まる。

 そこには、ゴブリンとの戦いやこの世界に感じた事とともに、日記を書いた人物が向こうの世界に残して来た家族への思いが、綴られていた。


・・・


『2004/06/29


 ゴブリンが村に一匹潜入する。仲間たちとこれを殲滅した。逃がさずに殺すという指示の元戦っているが、この生物の生命力の強さには驚かされるばかりだ。私やアズール、それにハインリヒ、ピピンも戦いには慣れてきたものの、浅手を負う事も多い。皆傷だらけである。彼らは私が来る前から、ずっと戦い続けているのだ。


 やはり、日本刀が必要だ。家族に残すための金を切り崩すのは甚だ遺憾だが、このまま木刀で戦い続けては、無駄に戦いが長引くだけである。私は、今でもこの選択を迷っている。何度も何度も考えて自ら決めたことだ。それでも、眠っているとまぶたの裏に家族の顔が蘇ってくる。


 まどろみの中で、妻が笑っている。寂しそうに微笑んでいる。息子が、泣いている。いつも一緒に遊んでいた公園で、一人きりで涙を流している。これで良かったのか。わからない。会いたい。二人をこの手で抱きしめたい。今ならまだ、戻れるんじゃないだろうか? 皆が寝静まったときに、そっと石を持って、あの泉に行けば、元の世界に戻れるだろう。そして、何事も無かったかのように元の生活を送れるだろう。それでいいのではないか? だが、私はそれをがえんじる事が出来るのだろうか?


 自分が背負うと決めた事からは逃げてはいけない。自分が自分で背負うと決めた責任、一度決めたら、その責任からは決して逃げちゃいけない。何度息子に言い聞かせた事だろう。今、その言葉が自分に問いかけてくる。


 私は、決めたはずだ。選択したはずだ。戦うと決めたんだ。無残に、人が化け物に殺されていく。そんな危機にあるこの場所を、見捨てる事は出来ない。ここを見捨ててしまったら、この危機に背を向けて逃げ出してしまったら、私は息子にもう何も言えなくなってしまう。父として、一人の男として、息子に顔を合わせる事が出来なくなってしまう。


 この選択は、夫として、父親として、失格なのだろう。それでも人として自ら決めた、子に教えてきた、人の、男の道を違えるわけにはいかない。いつかまた家族と笑って会える時がくるのだろうか。その時は、この不思議な世界の事を話そう。息子を、戒斗をこの世界に連れてきてもいい。一刻も早く、この戦いを終わらせ、そして家族の元に帰るんだ。


 そのためには、武器も揃えよう。後ろを振り返り、迷っている場合では無い。置いて来た家族のためにも、全力で前に進んでいくしかないのだ。ゴブリンたちの巣。あそこさえ叩けば、或いは……。これでいいのだろうか。この生き様は息子が憧れる「ヒーロー」になり得ているのだろうか。いつか、息子にそれを聞けるときが来るはずだ。それまで、恥じる事無く、強い父で、強い男であり続けよう。それが私の道だ』



「え……。戒斗って……」


 息子を、戒斗を。

 何度もその文字を読み返す。

 偶然なのか、それにしては、余りに多くの事が一致する。父の失踪した十年前から書かれている日記。父に教えられた、生き様。倣い続けた剣道。一緒に遊んだ公園、泉……。

 これは、偶然なのか。


「そんな、事……。でも、ヒーローって、俺……」


 本当に、そうなのか。そんなことが、あるはずがない。

 アズールが教わったという構えを思い出す。

 父が素振りをしていたときも正眼の構えであった。

 誰でも使う構えではある。それでも、そうだとしても――。


「雨宮君、どうしたの?」


 鏡花に呼ばれた気がした。

 だが、聞こえているはずの声は耳には届いても、頭には入ってこない。

 震える指先で、手記の表紙や裏を確認するが、名はどこにも記されていない。クラクラと眩暈を覚えながらも、さらに読み進める手を止める事は出来なかった。

 数日に一回は家族の事が書かれているようだ。

 時には毎日、一ページ以上かけて記してある事もあった。


 ゴブリンの村への侵入を出来るだけ防ぐために、柵を囲い、門を作る計画も書きこまれていた。

 確かにあの鳥居のような門の作りは、自分たちの世界の人間の発想だろうと思わせるものがある。


・・・


『2004/07/09


 ゴブリンの村への侵入が多発している。ハインリヒと森の調査に出た結果、動物たちの数が減っている事に気付く。奴らは森を喰い尽くし、食物を求めて村にやってきているようだ。今の村の作りでは、侵入を防ぐことは出来ない。そもそも、何かから守るという発想で作られた場所ではないのだ。


 今、村人総出で木材の切り出しに着手して貰っている。これが集まり次第、防柵を作り外周部を囲み、杭を尖らせて周囲に張り巡らせる。単純な作りではあるが、破るのは手間であり、無理に超える事も出来ないだろう。しかし、一か所はどうしても開けておく必要がある。商人や物売りたちまで出入りが無くなってしまえば、村はすぐに干上がってしまうという話しだ。大きな門のようなものを創り、奴らが嫌う音や光、それに火をおこせば侵入を防げるだろうか……。


 こちらの世界には四季という概念はあまりないのかも知れない。向こうの世界はもう夏の盛りであろう。夏祭りには行けそうに無い。毎年、家族を連れていくのが楽しみであった。そういえば、今年は戒斗の宿題を手伝ってやることも出来ない。一人できちんと出来ているだろうか。家族に会いたい』



『2004/07/10


 村に柵を巡らせる計画のために、村長より地図を見せられる。店の位置や細かい通路まで書きこまれている地図で、今まで知らないような場所も知る事が出来た。しかし、どこかで見たような地図である。それが日中からずっと気になっていた。今、前の日記を読み返して思い出した。


 この村の配置は、私が住んでいた街にそっくりなのだ。真っ直ぐに進んだ先にある居酒屋、そこを右に曲がった所にある、居酒屋に気を使って酒類を扱わないコンビニ。奥の教会の位置は小学校があるところだ。そうやって見ていくと、村の横にある森と泉は、泉ノ公園とその先の開発予定が棚上げになった山である。その向こう側には王国があるというが、向こうの世界では丁目の境となっている場所だ。


 去年の夏休み、戒斗の自由研究で、戒斗と一緒に街中を走り回った。様々な店の写真を取り、紙で書いた地図に写真を張り、手書きの地図を完成させていったものだ。あの時の道筋を思い出すと、驚くほどにこの村の店や家々の位置づけと重なる。まるで裏側の世界に入り込んだようだ。


 泉を介して世界の行き来が出来るのも、この地形の一致があるのだろうか。そう考えるのは飛躍しすぎかもしれないが……。とにかく、明日からは外周を囲む作業がある。しっかりと周囲を警戒しなくてはいけない』


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