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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第三十一話 交錯する世界

 ロンメルが指示を出し、村の人間を家に戻らせていた。

 戒斗たちも、アルコやルシーと一緒に一度アルコの家まで戻る事にする。

 鏡花がアズールも一緒にと誘ったが、自分の家で一眠りするといって先に教会の席を立った。


「嬢ちゃん、ガキ! 二人とも良く闘ったぜ。とは言え、あまり無茶をするなよ。お前さんたちは危なくなったら逃げたっていいんだ」


 去り際に二人の頭に軽く手を置き、アズールが笑って言った。

 戒斗は曖昧な笑みで手を振りアズールと別れた。

 気になる事はいくらでもある。様々なことの優先順位をはっきりさせなくてはいけない。アルコの家につき、椅子に腰かけた戒斗が、大きく息をついた。

 ふと、持ったままであった日本刀に気がついた。


「あ、そうだ。アルコさん、これお返しします。さっきは助かりました」


 奥から衣類を抱えてきたアルコに、戒斗が両手を添えて刀を差し出す。

 アルコは寂しそうに笑って、首を横に振った。


「それは、戒斗さんが使ってください。もう、その刀を振るう人は、この村にはいませんので」

「この刀は、やはり、サムライと言う人の?」

「はい、サムライさんの遺品です。アズールさんは扱いが難しいからと、サムライさんのお墓にそなえておりました。でも、二日に一回は私が手入れをしていましたから、きっときれいですわ」

「アルコさんはなぜ、手入れを?」

「そうしていると、いつも刀を大切にお手入れしていたあの人の事を、思い出せますので。あの人が手入れをしているのを、いつも傍で見ておりました。あの人の動きをなぞりながら、数回手入れをいたしましたわ」


 目を伏せると、長い睫毛が憂いの色を帯びる。

 アルコは、村を護ってくれる人という以上に、一人の人としてサムライに何か思いがあったのかもしれない。


「そんな大切なものを、受け取れません」

「ケンドウ、と言いましたか? サムライさんがいうには、そういう訓練を受けているものじゃないと扱えないと仰っていましたから」

「それでも、俺には扱い切れませんよ」


 本音であった。

 真剣の扱いについて、戒斗も剣道を学ぶものとして多少の知識はあった。基本的には引いて切る事が刀の扱いの基本で、剣道も意識すればそれに通じる動きもある。

 流派で様々な工夫もされていた。


 だが、先ほどの実戦の中、戒斗はゴブリンの腕を切り落とす初太刀こそうまく振るえた物の、二の太刀で敵の胴に叩き付け、そのまま食い込ませてしまっていた。

 もしも一対一の闘いであったなら、恐ろしい生命力を持つゴブリンに敗北していたであろう。

 それに、戦い続ける事を決めかねている戒斗には、受け取る資格などそもそもありはしないのだ。


 しばし二人の間で行き来した刀を、アルコが根負けして受け取った。


「いつでも、持っていってくださいね。戒斗さんにしか扱えない物ですから。それに……」

「それに?」


 言いよどんだアルコに、戒斗は首を傾げる。


「これを受け取ったからといって、戒斗さんに何か義務が生まれる訳じゃあないんですよ。そうですね……。一番この刀が活きる場所に置いてあげたい、そう思っただけなんです」


 戒斗は自分の葛藤を見透かされたようで、胸を衝かれた。

 鏡花は静かに二人のやり取りを見ている。

 ルシーは疲れているのか、眠そうにして自分の部屋に引っ込んでいった。それを見届けると、アルコが二人に先ほど持ってきた衣類を差し出した。


 戒斗も鏡花も、着ている服は泥と血と返り血に汚れている。

 二人がそれぞれに衣服を受け取ると、アルコは慣れた手つきで刀を鞘から抜いた。


「色々とお話もありますが、まずはこの子の手入れをしてよいでしょうか? さっきの戦いでも傷んでいると思いますので」

「はい。もしよかったら、俺にも手入れのやり方を教えてください」

「喜んで」


 アルコがテーブルの上に刀を置き、奥から布や油を運んでくる。

 重そうな壺を、戒斗は駆け寄って一緒に運ぶ。

 なぜ手入れを教わる気になったのか。理由もわからないまま、相変わらず痛み続ける胸を抑えるように、重い油壺を運んだ。


・・・


 鏡花は奥の部屋でアルコが用意してくれた衣服に着替えると、刀の手入れを始めた二人を視界の端に収めつつ、自分自身の武器のチェックを始めた。

 教会前の戦いで使用した矢の状態が思わしくない。

 すべての矢を引き抜き回収してきたが、一本は真二つに折れてしまっている。何本かはいびつに曲がっていて、使い物にはなりそうにない。


 矢筒一杯に詰めてきた二十数本の矢も、これではかなり心許なかった。

 ましてやロディたちの作戦を行うとすれば、次は魔物たちとの決戦かというタイミングである。矢はいくらあっても多すぎるという事はないだろう。


(一度、あちらに戻って矢を買い足さないといけない……)


 木を切り出し矢を作るのは、少なくとも自分には不可能だ。

 矢を渡せば、いずれは村でも誰かが作れるようになるかもしれない。

 しかし、今すぐにというのは無理な話であろう。

 決心をしてこちらに来た手前、一度戻るというのも億劫ではあった。そもそも、世界の行き来は確実に出来る方法が確立されているわけではない。


 気になるのは九年前の事である。

 サムライとアズールは、意図的に自分を元の世界に送り返している。少なくともサムライは、何かしら世界を行き来する方法について、手段を見つけていたのではないだろうか。


 アズールに聞きに行きたい所だが、一眠りすると言って別れている。

 かなりの怪我を負っていたアズールにはゆっくりと休んで貰いたい。

 時刻もまだ昼になってさえいない。急ぐ気持ちは置いておくとしても、慌てる時間では無い。


 水場を借りて、汚れた足袋を洗い持ってきた新しいものに替える。

 弦の張りはまだ問題無いが、一度外し持ってきた新しいものに張り替えておく。戦いの最中には到底変えられるものでは無い。出来る時にやっておくべきなのだ。

 必要な事を指折り数えている間に、アルコと戒斗が刀の手入れを終えたらしく腰をあげた。


 アルコが大事そうに抱えている刀。

 あれが、自分を九年前に救ってくれた時のものなのであろうか。サムライの遺した物を見ると、切ない気持ちが蘇る。

 残された者の勤めを、自分は少しでも果たせているのであろうか。


「アルコさん、ちょっといい?」


 鏡花は、刀を鞘に納め大切に棚の上に置いているアルコに声をかけた。

 アルコは軽く頷くとすぐにテーブルに戻ってくる。戒斗も近くに腰かけた。


「鏡花さん、なんでしょうか?」

「装備、特に矢が少し不足しています。私は出来るだけ早いうちに一度元の世界に戻り、矢を補充してきたいと思っています。確実な方法はあるのでしょうか?」

「まあ、元の世界に? そうですか。いいえ、確実な方法というものは私にもわかりかねます。昨夜もお話しいたしました方法、月夜の晩に流れ石を泉にいれて、祈りの言葉を唱える、というものしか……」

「そう……」


 難しい顔をしている鏡花に、戒斗が問う。


「葉山さん、どうしたんだ? アルコさんの言う方法じゃあ、いけないわけ?」

「そうじゃないわ、雨宮君。ただ私は、昔こっちに来ている。その時にね、私を送り返してくれたサムライさんは、特に呪文は唱えていなかった気がする。最も、記憶はとても曖昧なんだけど」

「というと、呪文はいらない?」

「そうなのかもしれない。ううん、もっと言えば、最初に私とレオは何故この世界に迷い込んだのか、という疑問が残るの。九年前、あの場所には私たちしかいなかった。それだけじゃあない。昨夜だって、私たちは二人だけだったわ」

「言われてみれば……」

「九年前。それに、昨夜。世界の移動に必要なものは、何?」


 アルコも難しい顔をしている。

 記憶を辿るように、途切れ途切れに言葉を続ける。


「私も、九年前の事はさすがに昔過ぎて自信は無いですけど……。九年前に少女を助けたという話はアズールから少し聞いた位です。村でも話題になってさえいないでしょう」

「というのは?」

「はい。その時の世界移動に関しては、村人が関わっていない可能性が高いと思います。あの頃はまだゴブリンの勢力も今よりは弱く、森や泉への行き来もそれほど危険なものではなかったはずですし、何かあれば誰かがこっそり行くという事も無いんじゃないか、と思います」


 いたずらの可能性はありますが……と小声で言うが、アルコには九年前の事で思い当たる節が無いらしい。

 昨夜の件に関しては、ロンメルが戻ってきたら一度、村に出入りが無かったかを聞いてくれるという。戒斗は流れ石を見つめて眉間にしわを寄せていた。


「私は、サムライさんは何回かこの世界と向こうの世界を行き来していると思うのよ」

「それは、どうしてそう思うの?」


 戒斗の言葉に、鏡花は今さっきアルコが棚の上に置いた刀を指差した。


「あの刀よ。もしも、泉のほとりが二つの世界を繋ぐ場所と仮定した場合だけど、あんなところに刀を偶然持ち合わせるなんて事は、そう無いんじゃない? だとすると、サムライさんは、戦うための武器としてあれを用意して、持ち込んだ事になる。違うかしら」

「確かに。俺は小さなころからあの場所で稽古をしてきたけど、刀を持った人なんて見たことが無いよ」

「そうでしょ。でも、アルコさんにも心当たりは無いとなるとやっぱり、少し不安だけど、今まで通りのやり方で行くしかないのかもね」

「あっ!」


 口許に手を当てて考える表情をしていた戒斗が、大きな声をあげて立ち上がった。


「あの本があった!」

「本?」


 鏡花に顔を向け、やや紅潮した顔で戒斗が数度頷いてみせる。


「すっかり忘れていた。俺たちが昨日休んだ部屋に、日本語で書かれた日記みたいなものがあったんだよ! 日付を記したやつが、何十冊も! 昨夜は暗くて読めなかったけど、この世界で日本語を使うのなんて、きっとサムライって人だけだ!」

「日本語の日記!?」

「ああ。中身まではわからなかったけど、あれを読めば何かわかるかも」


 戒斗の言葉に鏡花も立ち上がった。


「行きましょう」

「行こう!」


 二人は同時に口にすると、居間を飛び出して奥の部屋に向かった。


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