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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
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第二十九話 馬蹄の響き

 鏡花が弓を引き、アズールが武器を構えて立つ。

 すでに、ホブゴブリンの立てるけたたましい足音は届いている。

 じっと目を凝らす。見えた、

 そう思った時には坂を登り切り、こちらに向けて駆け出している。

 速い。

 普通のゴブリンよりも二回り近い巨体が、鏡花目掛けて疾駆してくる。


「このっ!」


 身体の中心目掛けて矢を放つ。

 脇腹のあたりに矢が突き立ったが、ゴブリンは意に介した様子も無く走り込んで来る。二射目は足の付け根に突き立った。

 貫通し、ホブゴブリンがかすかによろけた。


「おおおおおっ!」


 掛け声。

 アズールが上段に構えた棍棒を振り落ろし、叩き付ける。

 しかし、ホブゴブリンの左腕ががっしりと棍棒を止めた。右腕が素早く伸びアズールに向かう。その手に握った巨大な木片を突き出して、アズールを思い切り後ろに突き飛ばした。


「ぐおっ!?」

「アズールさん! こいつ、これでどう!?」


 アズールが吹き飛ばされて空中に浮き上がり、後方に激しく転がる。

 鏡花は、ホブゴブリンが攻撃後に止まった一瞬を見逃さなかった。

 弓を少し下に向け、右手を思い切り引き絞り矢を放つ。寸分たがわず、ホブゴブリンの左足の甲と地面を貫き通した。

 地面に足を縫い付けるような一撃は、ついさっき仕留めたゴブリンで学んだ方法である。


「これで……」


 だがホブゴブリンはそれすらものともしなかった。

 血にも傷にも厭う事無く、地面に刺さった矢を足で強引に引き抜く。

 唸り声をあげ鏡花に向き直った。ゴブリンよりも赤みがかった眼が、鏡花を捉えた。動き出す。危険を察知した鏡花が横に飛びのいた瞬間、ホブゴブリンの巨体が今まで鏡花が立っていた場所を通り過ぎ、教会のドアにその身をぶつけた。


「こいつ、なんて速さなの! 門は突破させない!」

「嬢ちゃん、避けろ!」


 鏡花が体制を立て直し弓を構える間に、教会のドアに二度三度と木片を叩きつけていたホブゴブリンが、ドアから離れる。幸い教会のドアは破られていない。

 しかし、その標的が鏡花に変わった。

 なんとか身を起こしたアズールが叫ぶと同時に、再びホブゴブリンが動き出す。


(逃げきれない!)


 スピードは向こうの方が上だ。

 このままズルズルと逃げ回っていても、いずれやられる。

 ならば一か八か、相手にも致命傷を……。

 迫りくるホブゴブリンに弓を引いた。

 狙うのは頭である。

 叩き潰してもなお動き続けるゴブリンの生命力は脅威だが、頭を貫けばどうか。やってみるしかなかった。


 ホブゴブリンの額に狙いを合わせた鏡花の視界の片隅で、何かが動いた。

 背の高いホブゴブリンの頭に後ろ。

 バルコニーの上、そこに何かいる。

 ちらりと見えた影が、いきなり跳んだ。その手には、木刀が握られている。

 戒斗であった。


「雨宮君!?」

「うぅおおおおぉぉ!」


 掛け声。

 ホブゴブリンが振り返る。

 身構えようとした脚に矢を見舞う。

 呻き声をあげ、ホブゴブリンの動きが止まった。バルコニーから飛び下りた戒斗の一閃が、その頭部に振り下ろされた。


・・・


 バルコニーに立った戒斗は、眼下に広がる光景に絶句した。

 アズールは血を流して倒れ込み、鏡花もまた地面を転がっていた。

 鏡花に出血は無い。

 だが弓を構える鏡花に、丸太のような巨大な木片を携えたホブゴブリンが迫っている。決断は、自分でもあっけない程に簡単に出来ていた。


 見下ろすすぐ下にいる化け物、その頭を狙う。

 全身が震える。武者震いか、戒斗は固い笑みを浮かべる。

 ホブゴブリンは今にも鏡花に襲いかかりそうだ。やるしかない。


「うぅおおおおぉぉ!」


 腹の底から声をあげ、バルコニーの手すりを蹴った。

 予想通り、ホブゴブリンが鏡花に向けていた歩を止め、こちらに振り返った。視界に、ホブゴブリン以外のものが消える。

 

 絶対に、当てる。


 腕、胸、背中。

 すべての筋肉を使い、渾身の一撃を見舞った。

 手に衝撃が走る。

 確かな手応え、両手がビリビリと痺れて、痛み以外の感覚が無くなっている。飛び降りた衝撃で地面を転がりながらも、目はホブゴブリンを追う。

 頭部がひしゃげ、その中心には矢が突き立っていた。

 後ろから走り込んだアズールも、棍棒の一撃を加えた。


 ホブゴブリンの頭部から、噴水のように血が吹き出し、ゆっくりと崩れ落ちた。


「やった!」

「雨宮君、怪我は!?」

「ガキ、無茶するじゃねぇか! 見直したぜ」


 なんとか身を起こした戒斗に、鏡花とアズールが駆け寄ってくる。


「俺は大丈夫、葉山さんは?」

「私は平気。アズールさん、手当てを……!」

「俺はこんくらい。ん? どうした嬢ちゃん?」


 言い掛けた鏡花の言葉が止まった。

 教会のドアの前、倒れ込んだホブゴブリンが、その身を起こしている。


「こ、こいつ……」

「まだ動けるの?」

「ガアアアアァァァァ!」


 ホブゴブリンの咆哮がこだました。

 血まみれのまま、遮二無二戒斗たち目掛けて突進してくる。


「いい加減にくたばりやがれ!」

「くっ……」


 突進を遮ろうとしたアズールが武器ごと弾き飛ばさる。

 弓を構えた鏡花も巨大な体にぶつかり倒れ込んだ。


「ぐうっ!」

「きゃあああ!」

「アズール! 葉山さん!」


 ホブゴブリンは勢いそのままに戒斗に走り込んで来る。

 横から振るわれる攻撃。

 戒斗は左手を木刀の柄に、右手を剣先にそえてなんとか止めようと姿勢を低く構えた。武器同士がぶつかり合う。再び凄まじい衝撃が戒斗の腕を襲った。


「つぅっ!」


 組み合うが、圧倒的な力の差があった。

 めきめきという音が耳と身体に伝わる。

 木刀が度重なる酷使に耐えきれず、中心からへし折れかけていた。


「そんな……」


 不意に両腕を襲っていた重圧が消えた。

 木刀が真っ二つに折れたのだ。そして、身体を持ち上げるほどの一撃が戒斗の全身を打った。吹き飛び、教会の壁にその身を叩きつけられた。


「げほっ! ぐっ、あ……。く、くっそぉ……」


 壁に寄りかかりなんとか身を起こす。

 しかし武器が無い。ホブゴブリンが迫って来る。

 アズールも鏡花もまだ立ち上がれていなかった。

 どうすれば……折れた木刀を握ったまま、戒斗が立ち尽くす。


「戒斗さん!」


 アルコの声。

 どこから聞こえてくるのか、戒斗が耳を澄ませた。

 上、バルコニーからアルコが身を乗り出していた。


「このお! お兄ちゃんに乱暴するなー!」


 ルシーがバルコニーから石を投げつける。

 一瞬、ホブゴブリンの注意が逸れる。


「これを使ってください!」


 アルコが戒斗のすぐ上の位置まで駆けつけ、戒斗に向けて布にくるまれた筒状の物を投げ渡した。


「これは……」


 戒斗がなんとか受け止め、布を解く。

 中には一本の刀が入っていた。鞘から抜き払う。

 青白い冷たい光を放つ刀身が露わになった。


「日本刀……? よし、これで」


 ずっしりと重みのある刀を両手で構え、駆け出した。


「こてぇ!」


 足音に振り返ったホブゴブリンの腕を、思いきり切りつける。

 叫び声と同時に切られた腕が地面に落ちた。

 のけぞったホブゴブリンに思い切り踏み込み、その腹部目掛けて刀を横に払った。


「はああぁぁぁぁぁ!」

「ギィィィ!」


 野太い胴の三分の一ほどを切り裂き、刃が止まる。

 腕に力をこめて押してゆくが、かすかにしか切り進まない。


「この! このぉ!」


 ホブゴブリンの残った腕が恐ろしい力で戒斗を掴んだ。

 刀を持った戒斗が必死に抵抗するが、怪力に引きはがされ、抗い切れずに投げ飛ばされる。武器を失った戒斗が橋を転がった。


「どれだけしぶといんだ! こいつは!」


 頭を潰されかけ、腕を一本切り落とされ、その上腹部に刀を受けつつも、ホブゴブリンはなおも活動をやめない。

 口と腕、腹部からとめどなく赤黒い血を流し、荒い息を吐きながらなおも戒斗に向けて歩き出した。


「ちくしょう、ここまでなのか……」


 血と泥で汚れた戒斗がホブゴブリンを見上げる。

 やられる、そう思った瞬間、ホブゴブリンの目に矢が刺さった。


「ギギィ!」


 地面が揺れた。

 戒斗が矢の飛んできた方向に視線で追う。

 二頭の馬がこちらに駆けてきている。馬上にはそれぞれに甲冑を着込んだ人間が跨っていた。矢は後ろを走る馬に乗っている者が放ったようだ。

 鏡花が使うものよりも、ずっと短い弓が見て取れた。


「おおおぉぉぉぉ!」


 前を走る騎馬の男が雄叫びをあげる。

 手にした長大な剣を、片手で存分に振るう。

 矢を受けて身悶えているホブゴブリンの残った腕と首を、その一撃で宙に跳ね飛ばした。

 首の無い巨体が、重力に導かれるようにゆっくりと地面に倒れた。

 恐ろしい手並みである。


「小物、二匹」


 後ろで弓を構えた髪の長い女が声をかけた。

 二頭の馬が再び走り出す。

 橋の先端でようやく身を起こしかけていたゴブリン二匹を、弓と剣で倒してゆく。大剣がゴブリンを貫いたかと思えば、思い切り振り上げその身体を空中に放り投げる。


 浮き上がったゴブリンの身体に、女が二本の矢を同時に射掛ける。落ちて来たゴブリンはピクリとも動かない。逃げ出したもう一匹を、駆け出した男が追う。

 坂を下る前に追いつき、あっという間にその首も飛ばした。


「すごい……」


 身を起こした鏡花が、ぽつりとつぶやいた。

 突如現れた二人はゴブリンたちを瞬く間に打ち倒すと、戒斗たちの前まで駆けて来た。馬を下り、兜を外す。目の下まで伸ばした赤い髪が揺れる。

 その奥で、意思の強そうな目が、戒斗たちに真っ直ぐ向けられた。


「私は騎士ロディ。このメイルローズの村を救うため、仲間と共に駆けて来た。ゴブリンとの戦いに加勢させて貰う」


 ロディと名乗った青年騎士は、倒れている戒斗に手を差し出した。


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