表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
テスト2
27/62

第二十七話 新たなる敵

 待つという事がこれ程辛いと思ったのは初めてであった。

 坂道を駆け上り、橋に仁王立ちしてゴブリンを待ち構える。

 どれ程の時間がたったのか。まず、戒斗が駆け込んできた。その左の二の腕は真っ赤に染まっていた。顔色も悪く、目には落ち着きが無かった。


 鏡花は努めて冷静に振る舞った。

 すぐにゴブリンも来るはずだ。弓を思い切り引いた。

 戒斗に連携を頼むべきか。しかしどうも様子がおかしい。

 それも無理はなかった。戒斗の心情からすれば、いきなり戦場に放り込まれたようなものなのだろう。ここで、二人を待つ間に気持ちを整える事が出来た自分とは違うのだ。


 アズールの背中も見えてきた。かなり傷を負っているようだ。

 顔を少しだけこちらに向けた。弓の射程を開けるように、アズールは大きく横に飛びずさる。

 その後を追うようにして、ゴブリンたちが姿を現した。


 瞬間、手前に出てきた一匹に目掛け構えていた矢を放つ。

 鋭い空気を裂く音が響く。

 真っ直ぐに飛んだ矢が、ゴブリンの肩口に決まった。

 もう一撃。

 急いで弓を引く。引き絞る。

 射撃場の的よりもずっと近い、連射でいける。

 瞬き一つせず、右の手を離した。

 鋭い音が響く。命中か、ゴブリンの動きが鈍くなる。

 緊張のためか、鏡花は矢の軌跡を途中で見失った。


「貰ったぜ!」


 アズールが思い切り踏み込んでゆく。

 ゴブリンは動かない。いや、動けない。


(右足を貫通して、地面に……)


 自分の放った矢が、ゴブリンの足を貫通して地面に突き立っていた事に、鏡花はようやく気がついた。

 足を射抜かれて動けないまま無防備なゴブリンの頭部に、アズールの棍棒が思い切り振り下ろされた。


「もう一匹!」


 石斧を持ったゴブリンが、こちらに駆け出してくる。

 弓、間に合うのか。間に合うはず、そう信じ弓を握りしめる。

 腰の矢筒から矢を抜き出し、番えて引く。

 目の前に迫っていた。それでも、やるしかない。

 ゴブリンの鳴き声。鏡花のたつ橋に、ゴブリンが迫っていた。


・・・


(ヒーローは、逃げ出さない……。逃げ出しちゃ、ダメなんだ。でも、もう腕が……こんなに血まみれで……)


 呆然としていた戒斗の後ろに、ゴブリンが走り込んで来る。

 視界の隅にゴブリンが入り込んだ瞬間、戒斗の足がガクガクと震えだした。

 自分は、この化け物に負けたのか。

 木刀を手にしながら、何もする事が出来なかった。相手の突きを腕にくらい、こうして血を流し戦意を失っているのだ。


(俺は、負けたんだ……。逃げなきゃ……)


 殺される、逃げなくては……。

 いやだ、負けたくない。立ち向かうんだ。

 もう無理だ、血が止まらない。このままでは、死ぬ……。

 死、死ぬ、死……。全身から血の気が引いた。


 戒斗の頭の中で、恐怖が駆け回る。

 もはや逃げ出そうにも足が震えて動けない状態であった。

 そんな中でかすかに残った戦う意思。

 それは、自分たちの前から消えた父のように逃げたくないという、幼少の頃から胸の奥に抱いていた反発の思いであった。


 だが、死の恐怖はその反発する心さえ押さえ込んでしまう。

 それほどに、この異形の化け物が怖かった。ゴブリンが目の前を駆け抜けてゆく。もはや敵とすら認識されていないのであろうか。ゴブリンは一直線に弓を構える鏡花の元へとむかっていった。

 鏡花はまだ、弓を引けていない。


「葉山さん!」


 仲間を呼ぶ叫び声は、情けないほどにうわずっていた。

 木刀を手にした右腕を、なんとか伸ばす。

 しかし、恐れで力の入らない腕から伸ばした木刀は、ゴブリンの身体をほんのすこし掠めただけで地面に落ちた。

 木刀を弾かれた反動で、戒斗は地面に膝から折れて座り込んでしまう。ガタガタと震える身体を抑えるように、右腕を身体に回した。


(俺、俺は、俺は……)


 何も出来ずに座り込んだ戒斗が、空を見上げる。

 雨が、戒斗のほほにつたう何かを隠してくれた。

 どうしようもないほどの情けなさに、戒斗はここが戦場であることも忘れて蹲まる。

 その耳に、聞きなれない大きな音が響いた。


・・・


 戒斗の差し出した木刀を弾き飛ばし、ゴブリンが目の前まで迫ってくる。


「くっ、速い! 間に合わない!」


 それでも、戦うしかない。

 無理やりにでも矢を放とうと力をこめた刹那、鏡花の後ろから大きな音が響いた。その音に驚いたのか、目の前のゴブリンが動きを止めた。


「これ……。教会の鐘? 動きが止まった。それなら、今!」


 殆ど頭上から聞こえてくる鐘の音に、ゴブリンは驚いたように顔を動かし立ち止まっている。

 無防備なゴブリン目掛け、鏡花は思い切り弓を引き絞り、矢を放った。

 相手は目の前で止まっている。

 外す距離でも、間違って戒斗を射るような距離でも無かった。


 ゴブリンの額を、寸分たがわず矢が貫き通す。

 二の矢を引き、至近距離から連続で射掛ける。

 びくびくと身体を震わせているゴブリンの喉元を貫くと、三本目の矢をゴブリンの腹部に射かけた。橋の上に、二匹のゴブリンが横たわっていた。


「やったの……?」


 ゴブリンたちは二匹ともかすかに痙攣している。

 恐らくまだ生きているだろう。とどめを、そう思い弓を引いた時、村の入り口のほうで大きな音がした。倒れているゴブリンに素早く矢を放つと、村を見下ろせる場所まで走った。


「おい、マジかよ……」


 横に立っていたアズールが唸った。

 門を破壊した、今まで見たゴブリンよりも一回りは大きな化け物が、こちらに向けてゆっくりと進んでくる。


「ありゃあ、ホブゴブリンだ。やべぇぞ」

「ホブゴブリン?」

「ああ。ゴブリンどもの中に、たまにでかくて動きはいい奴が混じってる事があるんだ。そういうのをホブゴブリンっていうらしいが……。あいつはつええぞ、くそ!」

「まだ……」


 戒斗が左の二の腕を抑えて座り込んでいた。

 鏡花は矢を確認した。まだ、十五本以上ある。つまり、戦えるという事だ。


「アズールさん、私は戦える」


 アズールが頷く。


「よし、橋の一番奥で迎え撃つぞ。俺が正面に立つ。嬢ちゃんはその後ろだ。ホブゴブリンが坂を登ってきたら撃てるだけ撃ってくれ。ガキ、出血がひでぇ。それじゃあ武器を振るってもすべっちまう。一旦教会に下がってこいつをつけて血を止めろ」

「お、俺は……!」


 アズールの言葉に戒斗が声をあげる。

 それを手で制して、アズールが続けた。


「最後まで聞け。血が止まって、まだ戦えそうだったら俺と一緒に前衛だ。頼りにしている、だがまずは治療だ。万全の状態で戻ってこい。いいな?」

「……で、でもあんたの怪我は?」

「俺はこれくらいの傷は慣れっこだ。治療は戦いが全部終わってからでいい」

「だけど! ……だけど俺……」


 なおも食って掛かる戒斗を、鏡花が抑えた。


「雨宮君、ここはアズールさんに従いましょう」

「……ああ、そう、だね」


 アズールが戒斗に粉の入った袋を渡す。

 教会に向けて手で合図をすると、バルコニーに立っていたアルコとルシーが何かを叫んだようだ。教会の門がゆっくりと開く。


 戒斗は、ゆっくりとおぼつかない足取りで教会に向かってゆく。


「雨宮君。待ってる」


 鏡花は小さな声で呟くと、少し下がり倒れているゴブリンたちに二矢ずつ追撃を放った。アズールもそれに倣う。

 決して気持ちの良い事ではないが、あのホブゴブリンとともにこの二匹まで相手にする事など、考えたくもなかった。

 顔をしかめながら、矢でゴブリンの足と地面を貫通させる。

 これで立ち上がろうにもすぐには動き出せないだろう。


「よし、急ぐぜ。嬢ちゃん」


 橋を渡る。

 大した距離も無い橋だ。それでも、坂を登り切ったホブゴブリンに奥まで走り込まれる前に、数本の矢を射こむ時間はあるだろう。

 こわばる右手をもみほぐす。力強く弓を握り過ぎていた左の腕が、数か所赤くなっていた。弦が当たったのだ。こんなミスは、もう何年もしていなかった。


(これが、実戦……)


 腫れ上がった赤い筋を指でなぞり、雨のやまない空を見上げた。

 視線を戻す。まだ終わっていない。

 鏡花はもう一度気持ちを引き締め、全力で弓を構えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ