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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
テスト2
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第二十話 ランプが映し出す夜

「ふう、少し横になろうか」


 ちょっとわざとらしすぎだったかもしれないが、戒斗はそう言ってごろんとベッドに横になった。

 自分が休めば、鏡花も休むかもしれない。そんな事を考えたのである。


「そうね、休める時に休んでおくことも大切ね」


 鏡花も頷き、ベッドの中に入った。

 ゆらゆらと揺れる灯りを、ぼんやりと二人で見上げる。

 鏡花とは知り合ったばかりで、友人とさえ呼んでいいのかはわからない。

 だが、学校の人間と同じ天井を見上げて横になるという状況は、なんとなく戒斗の気持ちをくすぐった。


「なんか、修学旅行みたいだ」

「修学旅行?」

「うん。学校の人と一緒に見慣れない場所で眠るって修学旅行っぽくない?」

「言われれば、そうかもしれない。でも、修学旅行にしては、ここはちょっと危険ね」

「ははっ、違いない。ちょっとどころか、すっげー危険」


 戒斗はすっと天井に腕を伸ばす。

 ランプの灯りが、戒斗の腕を大きく映し出した。

 まるで自分のものではないような巨大な影が、おぼろに揺れる。


「思い出すなぁ、修学旅行。楽しかった」

「私は少し、面倒だったわ。弓の練習も出来なかったし」

「葉山さんらしい理由だなぁ」


 思えば、突然出会ったこの少女の事を、戒斗は何も知らなかった。

 聞いていいのかもわからない。

 鏡花の性格を察するに、多くの事は語らなそうでもあるし、詮索されるのは嫌いそうでもある。

 それでも、戒斗は、知りたいと思った。

 同じ異世界を体験し、こんな、化け物さえ出ないならば奇跡のような空間を共有出来た相手なのだ。


 ただ、そんな事を真っ直ぐに言うのは気恥ずかしい。

 ならばせめて、自分の事を話そうか。戒斗はそう思った。

 普段口にしないような事を、話してみたくなる夜なのだ。

 そう、それこそ修学旅行の夜に、真っ暗な中で枕を突合わせて話すような事を、語ってみたくなる夜だ。


「さっきは、急に怒鳴ってごめん」

「別に。気にしてないわ」

「うん……」


 そっと視線を鏡花に向ける。

 鏡花は、戒斗と同じように灯りで揺らめく天井を見上げていた。

 今のところ、眠たそうにはしていない。もう少し、話をしても大丈夫そうだ。



「俺の父さんはさ、十年前に失踪したんだ。その前からなんか、ちょっと様子が変わっちゃっていたんだけどね。今思うと、何か思い詰めていたのかなぁ」

「そう。どんな人だったの?」

「様子が変わっちゃう前は、優しくって強くって、俺にとってはヒーローみたいな父親だったよ。仲も良かった。今日案内した稽古場あったじゃん。あそこも、元々父さんに教えて貰った場所なんだ」

「じゃあ、お父さんも剣道を?」

「うん」


 懐かしい記憶がよみがえる。

 戒斗は目を閉じ、浮かび上がってくる記憶の映像を思い描きながら喋り続けた。


「とても強い人だった。二人で一緒に素振りをしたりもしたけど、未だにあの時の父さんのようには剣を振れない。うちの近所の道場で師範代をしたりしてさ。なんだかんだ、自慢の父親だったのになぁ」

「いなくなった理由は、解らないの?」

「全然解らない。父さんと母さんは凄く仲が良かったし、仕事についても、子供の記憶ではあるけれどそんなに苦痛にしているようには思えなかったな。手紙とか、そういうのはあったのかなぁ……。母さんとは、父さんがいなくなってから父さんの話しはしていないから、俺が知らない事もあるかもだけど」

「帰ったら、聞いてみたらいい」

「今更、聞くのもね」


 布がすれる音に、戒斗は目を開いた。

 鏡花が姿勢を変え、戒斗のほうに顔を向けていた。


「聞いたらいい。もう十年も経っているんでしょ」

「そうだけど……」

「お父さんを嫌ったままで居たくないでしょう? 自慢のお父さんだったんでしょう」

「あ……」

「気がついたら、信じられないような知らない世界に居た、なんていうとんでもない事だってあるんだし。聞けることは聞けるうちに、ちゃんと聞いておいたほうがいい」


 嫌ったままで、居たく無い。

 まさしく、そうだ。

 自慢の父親であったからこそ、裏切られた時の苦しみは大きかった。

 嫌いたくないからこそ、失って傷ついた。

 だが、あの頃よりは、自分だって物事は解るようになっているはずだ。


「そうだね。うん、全くその通りだ……」


 戒斗も、鏡花のいる方向に向き直る。

 一瞬だけ合った視線を、鏡花がそっとずらした。


「嘘みたいな世界だよな」

「でも、雨宮君は信じてくれたじゃない」

「それは、だって、俺も体験したから」

「それでも、すぐに信じてくれた事、嬉しかったわ」


 鏡花がそっと毛布を引上げ、その顔の半分が隠れた。


「ありがとう」

「え……?」


 くぐもった声が聞こえた気がした。

 毛布に潜り込んだ鏡花の表情は見えない。


「おやすみなさい」

「……おやすみ」


 鏡花の言葉に、戒斗が返事をする。

 少しだけ、鏡花は心を開いてくれたのではないか。

 そんな気持ちが、不安で満たされていた胸を、そっと暖かくしてくれた。

 戒斗は先ほどの鏡花と同じように毛布を引っ張り上げ、口元まで被ると目を閉じた。


 二つのベッドの膨らみは、すぐに動かなくなった。

 ランプの灯りだけが、いつまでも微かに揺れ続けている。

 異世界の夜が二人を包み、静かにその闇を深めていった。



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