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切先の向かう異世界  作者: 緒方あきら
テスト2
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第十九話 生き残った戦士

「こちらの部屋です、どうぞ」


 アルコに案内された部屋にはベッドが二つ、少し離れて置かれていた。

 壁際には本棚がいくつか並んでいる。

 少し高い位置にある燭台に置かれたランプの灯りが適度に薄暗く、眠気を誘うかのようにゆるやかに揺れていた。ゆらりと揺らめく灯りに照らし出される木造りの部屋、ましてや異世界の見慣れない家具に囲まれた場所は、何とも言えず戒斗の冒険心をくすぐった。


 男の子ならではの冒険に憧れるような心情を存分に満たしてくれる部屋は、ゆっくりと一晩を過ごすには最適なように思えた。


「私はすぐ横の部屋におりますので、何かありましたら気軽にお申し付け下さいね」

「ありがとうございます」

「あの……」


 アルコが、少し考える表情をした。


「アルコさん、どうしたんですか?」

「アズールの事です」


 戒斗の問いかけに、小さな声でアルコが答える。


「それは、別にもう……」

「でも、彼の事も少し知って欲しくって」

「知って欲しいと言うと?」

「はい。アズールは、村でもどちらかと言えば嫌われ者なんです。ああいう風に、いつも皮肉屋で人をからかったりしますし、村のための農作業などにも協力してくれませんから」

「……やな奴」


 戒斗が小さく言葉をこぼす。

 鏡花はじっとアルコの話しを聞いている。


「それでも、村にとって彼は大事な人間なんです。アズールは、村のためにもう何年も命をかけて戦ってくれています。ゴブリンにしてもそうですし、かつて村に盗賊がやってきた時も、彼だけが戦ってくれました」

「私も、あの人に命を救われた」

「アズールは不器用なんです。本当は村の事を大切に考えているんだと思います。けれど彼は、自分は暴れるしか能が無いといつも言います。そうして、村を守るために危険を顧みず戦い続けています。彼と、サムライさんと、そしてかつてはいた村の自警団の皆……。今はもう、彼一人になってしまった。きっと、サムライさんの事、誰よりも悲しんでいるのはアズールです。でも、それを表に出すまいとして、今もああして一生懸命に皮肉屋を装っているんです」

「あいつが、そんな風に……」


 たった一人で戦い続けている男。

 村のために一人傷つき、仲間を失い、それでもなお戦い続ける男。

 全身の包帯と傷痕が、その歴戦を物語っていた。

 無神経な言動や、言われた内容を許せるわけではない。それでも、アズールに対する見方は、アルコの話しを聞くと変わってくる。


「あ、勿論、だからって失礼な事を言ったのを許せっていう訳じゃないんです! でも、少しでもアズールの事も知っておいて欲しくって、あの、うまく言えないんですが」


 考え込んでいた戒斗を見て、アルコが慌てて手を振って言う。

 その様子が可笑しく、少しだけ笑って戒斗が言った。


「アルコさん、話してくれてありがとうございます。少し、機会があったらアズールとも話をしてみようと思います。もう、あいつに襲われるのもこりごりですし」

「戒斗さん……。ありがとうございます」


 なんとか、うまく返せたであろうか。

 戒斗の言葉を聞くと、アルコはにっこりとほほ笑み一礼し、部屋を出ていった。鏡花はいつの間にか奥のベッドに陣取り、ベッドの上に弓を置き弦の張りを調べている。


「弓の弦は外さないの?」

「迷ったんだけど、張ったままにしておくわ。村の様子を見ても、かなりゴブリンに警戒しているみたいだし、いざという時はいつでも戦えるようにしておく」

「そっか。確かに随分と警戒していたね。ついこの間も大きな戦いがあったっていうし」


 戒斗には不安もあった。

 もしも今夜、十日前のような話に聞くゴブリンの群がやってくれば、自分は恐らく戦うしかないだろう。

 自分が拒んだとしても、周囲の目はアズールと戦った戒斗を戦力と見るはずだ。

 その時、戦いの先に果たして活路はあるのか。


 ヒーローは逃げ出さない。

どんな困難にも立ち向かい、決して自分に恥じる事はしない。

 そんな風に自分を鼓舞してみても、未知なる恐れは消え去らない。


 乗りかかった舟は、ルシーの無事を確認する事で約束を果たした。

 この後、鏡花はどうするつもりなのか。

 アズールと共にこの村のために戦っていくのであろうか。自分は、どうするべきなのだろう。いくつもの疑問が、頭に浮かんでは消えた。


 纏まらない頭で空いているベッドに腰かけ、ぼんやりと本棚を見回す。

 綺麗に立てかけられている本の背表紙には、戒斗の読めない文字がずらりと並んでいた。言葉が通じるだけでも奇跡的であったが、残念ながら文字は共通ではないようだ。


 薄暗い灯りの中で、本棚を目で追ってゆく。

 ふと、とある一角に見慣れた文字が記された本を見つけた。

 ヒモで紙を閉じてあるだけの手作りにも見える冊子には、数字で2014.0513と記されていた。

 これが日付を指すものであれば、かなり最近になって記されたものと言う事になる。


「二千十四……」


 戒斗は声に出して背表紙の一部を読む。

 西暦がこちらの世界で使用されているとは考えにくい気がした。

 という事は、これはサムライか、または他にもいるのかもしれない自分たちの世界から来た人間が書いたものなのであろうか。


 ページをめくってみるが、か細いランプの灯りだけではいまいちはっきりと字が読めない。

 刀などの絵も描かれており、武器の手入れについて記してあるもののようだ。

 本棚に目を戻すと、年号の入れてある本は、戒斗の腰かけるベッドのすぐ横の棚にかなりの数並んでいた。


「雨宮君、どうかした?」

「あ、いや。ちょっと本を読んでいただけだよ」


 サムライっていう人の手記かもしれない。

 その言葉を、戒斗は飲み込んだ。

 軽く見ても何十冊と有りそうなこの手記を、サムライが書いたかも知れないと教えれば、鏡花は無理をしてでも夜通し読み漁ってしまうだろう。


 ロンメルが言ったように、休む時は休むべきであった。

 この手記の存在は、明日の朝に鏡花に知らせればいい。

 鏡花は自分と同じように、武器を構え警戒しながら夜の森を歩き、更にサムライの死を聞いてショックを受けている。疲れているはずなのだ。今は、出来る事ならば休んで欲しかった。


本日更新分はこれでおしまいです。

また明日以降もよろしくお願いいたします。

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