第十七話 追いかけた人の果ては
「お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
女の子は二人が座っている場所まで走ってくる。
二人は立ち上がり、飛びついてくる子供を受け止めた。
「良かったぁ! 無事だったんだな、ったく。心配したぜ!」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「本当に、無事で良かった」
女の子を抱き寄せて、鏡花が顔をよせ言った。
「申し訳ありません、妹のルシーがとんだことを」
奥から出てきたアルコが、二人に深々と頭を下げる。
ロンメルも頭をさげた。
「ちょ、ちょっと。どういう事だよ?」
「あの、とりあえず、ご存知の事をお話頂けませんか?」
「わかりました、お話いたします」
居住まいをただすと、アルコがゆっくりと語りだした。
「まず、あなたたちをこちらの世界に呼んでしまったのは、恐らくはこの子、ルシーであると思います。ルシーの話を聞いても、まず間違いない事かと思いますわ」
「この子……、ルシーがどうやって?」
「はい。この村には一つの言い伝えがあります」
「言い伝えですか?」
「そうです。ただ、言い伝えと言いましても、この数十年の間に出来た言い伝えとしては新しい物なのですが。月夜の晩、森の泉に流れ石と呼ばれる特別な石を投げ込み、月の女神に祈りを捧げると、異なる世界から救世主が現れる、と」
「そんな、祈っただけでそんな事が」
戒斗の疑念に、アルコも首を縦に振る。
「私も、そう思いました。ですが、実際にこの村にはかつて、救世主が現れたのです」
「救世主が?」
「ああ、サムライだ」
鏡花の疑問にアズールが答えた。
サムライ――鏡花を助け、元の世界に送り届けたという男。
アルコが続ける。
「十年程前です。言い伝えを知った私が、月夜の晩に流れ石を持ち、泉の奥で願いを捧げた事がありました。すると、今アズールが話した、私たちがサムライと呼んでいる方が現れたのです。本人はどうやってこちらに来たかは解らないが、急に強い眩暈に襲われたとおっしゃっておりました。ちょうど、今鏡花さんが仰っていた事と同じです」
「やっぱり、サムライさんは私たちと同じ世界からこっちに……」
「それで、そのサムライって人は今どうしているんですか? 俺、話を聞いてみたいです」
戒斗が身を乗り出して言うと、鏡花も頷いた。
しかし、誰からも返事は無い。
アルコは下を向き項垂れ、ロンメルはテーブルに組んだ手の甲に額を当てている。
アズールは、小さく首を左右に振った。
鏡花はテーブルに両腕をつき立ち上がった。
「お願いします。私はかつてこの世界に迷い込んだ時に、そこに居るアズールさんとサムライと呼ばれる方に助けて頂いているのです! あの時は怪我がひどく、きちんと御礼も言えていません。知っている事があれば、教えてください!」
ルシーが、立ち上がった鏡花の腰にぎゅっと抱きついた、目には涙をためている。
「ルシー?」
「お姉ちゃん、サムライさんね、死んじゃったの」
「死ん、だ……?」
震える声で、ルシーが言葉を綴る。
アズールが感情を押し殺すようにしていった。
「つい、十日ほど前の事だ。村を襲ってきたゴブリンと戦ってな。俺とサムライなら、あんな奴らの一匹や二匹どうってこたぁ無かった。けど、あの晩、あいつらはすげぇ数で村に押し寄せてきやがってよ。あいつは、無茶をしやがって」
アズールのコップを持つ手が震えていた。
「ゴブリンの、群」
あの恐ろしい化け物が、集団で襲いかかってくる。
戒斗は想像しただけで背筋に冷たい物が流れてゆくのを感じた。
ゴブリンたちに囲まれて、アズールとサムライは血で血を洗う死闘を繰り広げたというのか。
そして、サムライは……。
「どうしようも、無かった。追い払えただけでも奇跡だ」
服の袖をまくったアズールが、二の腕をなでる。腕に巻かれた包帯には血がいくつも滲んでいた。
腕を組んでいたロンメルが、項垂れたまま言った。
「サムライ殿の死を、ルシーはうまく理解出来ていなかったようです。遺体も、子供らの目に触れる前に我々が埋葬いたしました。すると子供たちの間では、サムライ殿は帰ってくるという話になっていたようです」
「あたしね、昨日の夜、サムライさんがやってきたっていう泉に行ったの。そこで月の女神様にお祈りをして、石を投げたんだよ。もう一回お祈りしようとしたら、そこにゴブリンがやってきて凄く怖かった。だけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんが助けてくれた」
「泉にお祈り……。そこから、昨夜の戦いに繋がるわけか」
どういう仕組みかは解らないが、かつての幼い鏡花や、サムライという人間が祈りによってこの異世界に呼ばれたらしい。
そして、サムライはこの村を守るために戦い続け、死んだ。
いなくなったサムライを蘇らせようとして、ルシーが言い伝えにあった祈りを実行し、戒斗と鏡花を呼んだという事か。
しかし、なぜ自分と鏡花なのか。
思い当たるとすれば、あの泉である。
どこから水が沸いているか解らない、自分たちの世界にも、この異世界にも存在する泉。
この泉にこそ、何かあるのかもしれない。
「葉山さん、あの泉やっぱり何かあるのかな? どうおもっ……」
戒斗は泉の事にも詳しかった鏡花の意見を聞こうと顔を向けると、鏡花は元々白い顔を真っ青にさせて、震えていた。
命の恩人であるサムライの死に、大きなショックを受けているのであろうか。
だが、今はここで立ち止まっていても仕方が無かった。
せっかく訪れた謎を解く機会に、震えているだけでは話が進まない。
「葉山さん……、つらいだろうけど、うまく言えないけどさ。今は……」
「わかってる」
ぶっきらぼうに返された言葉は、力無く震えていた。
唇を噛みしめた鏡花が、真っ白な肌に一筋の赤い雫を流していた。